第434話、魔法甲冑、演習す
魔法甲冑シュタールの話を聞かされた俺は、王城へ足を運んだ。
エルフのガエアから、性能については聞いていたが、王国騎士団の騎士たちの手によってシュタールが動いているのを見るのは初めてだった。
王都騎士団の聖騎士ルインが俺を出迎え、案内してくれた。
「三号甲冑はいいものですよ」
涼やかながら真面目なルインは言った。違和感をおぼえた俺だが、すぐに答えに行き当たる。
「なぜ敬語なんですか?」
前回会ったときは、先輩騎士らしい調子だったのに。聖騎士と称され、人気も実力も兼ね備えたルインは微笑した。
「それはあなたが、この国でも珍しい賢者殿だからですよ」
「賢者?」
俺、いつの間に賢者になったんだ? 驚いていると、ルインが首を傾けた。
「ここではもっぱら、あなたのことは賢者となっていますよ。技師のガエアも、フィレイユ姫殿下も、あなたのことをそう呼んでいる」
「……」
たぶん、あのお姫様だろうな、賢者とか言い出したのは。
「シュタールの基本設計も、あなたが作ったとか」
「設計はガエア。俺が作ったのは彼女が参考にしたヴィジランティですよ」
「そうなのですか」
ルインは頷いた。
通路の先から機械音と足音が聞こえた。王城の中庭に出る。
そこでは白と灰色で塗装された魔法甲冑が、僚機と軽く大剣で打ち合っていた。
「だいぶ腕の動きにも慣れてきたところです」
聖騎士殿は、俺を見た。
「そろそろ本格的な戦闘訓練をしたいところです。なにぶんシュタールはパワーがありますから本気で殴り合えば、相手を壊してしまいかねません」
「冒険者ギルドに、演習場の件を相談していたとか」
「その通りです。ただ、いきなり実戦というのも怖い。魔獣が徘徊する場所に行っても、望みの相手がいるとも限りませんし。まさか、ホーンラビットを相手にするわけにもいきませんから」
「普通に戦った方が楽ですね、角ウサギなら」
俺が苦笑する。ルインは姿勢を正した。
「今回、ジン殿が演習地と演習相手を提供してくださると聞いております」
「王国軍にとって魔法甲冑は主力となる兵器のようですから、経験は必要ですよね」
エマン王とジャルジーの強い意向である。大帝国が攻めてくることを前提にしているのは俺だけではなく、この国のトップも危惧を抱いている。そのための準備をしたいと思っているのは彼らも同じなのだ。
「有意義な戦闘合宿になるでしょうね」
「はい」
「……そういえば、ルイン殿はポータルを通過するのは初めてですね?」
「はい。陛下が利用されている話は存じていますが、私自身は初めてです」
「そうですか。部下の方々も含めて、機密なので他言はしないでくださいね」
「もちろんです、ジン殿。誓約書も書きました。騎士として誓いは破りません」
大変結構。正直どこまで信用できるかわからないが、気休めにはなる。
「では、今回の演習に参加する部下の方々を集めてください。我が領地にご招待しましょう」
・ ・ ・
領地といっても、要するにウィリディスである。
ポータルを通過した先は自然広がる土地。すでに冬も近く、肌寒いのは王都と同じだ。
ルインら王都騎士団の魔法甲冑部隊は、ウィリディスという名前は知っていても、ポータル経由なので場所がどこにあるのかわからない。
少なくとも、ここを取り囲む迷いの森の内側に入った者はいないので、地形を見てどこか割り出される心配はない。ただ『迷いの森』というワードは場所を特定されるので、禁句ではあるのだが。
今回はウィリディスの東側の演習場を用いる。森があって、その先に岩地がある、起伏の多い場所だ。戦闘ヘリや戦闘機の対地攻撃演習の的を置いたりして、ウィリディス勢にはおなじみの場所である。
演習の主役である王都騎士団はシュタール12機全機を投入する。指揮官機にはルイン自らが乗る。指導教官として雇われていたマッドは不参加だ。
演習期間は三日間。
俺はルインと演習内容の確認を行う。手順、仮想敵の扱いなどなど。
打ち合わせが終了した頃、エマン王とジャルジー公爵が王国初の魔法甲冑部隊の演習を視察にやってきた。
聖騎士ルインは、部下たちに演習の目的やルールについて説明する。
「我々に課せられた任務は、敵陣地へ乗り込み、その護衛を排除することにある!」
少々演説がかった調子で、ルインは声を張り上げた。
「敵はゴーレムだが、その形は様々だという。人型ゴーレムもいるが、本気で潰してしまっても問題ないので、遠慮は無用とのことだ。実戦だと思ってかかってもらいたい」
演習だからと、相手に手加減する必要はないことは強調してもらう。
「今回、エマン国王陛下、ジャルジー公爵閣下が観覧なされる。無様なところは見せるなよ!」
部下たちに活を入れる聖騎士殿。一通りの説明が終わり、騎士たちはそれぞれの魔法甲冑へ乗り込む。
俺はその様子を眺め、エマン王とジャルジーと共にテントを使った簡易的な観測席へと向かった。
今回の演習は、我がウィリディス勢も地上観測や、王都騎士団の部隊運用を記録し管制モデルを作るという裏の演習も兼ねている。せっかくの機会なのでこっちの都合で利用するのだ。
俺は複数のモニターが置かれた観測席につく。
このモニターは、コピーコアカメラが収めた映像を魔力によって転送、モニター側のコピーコアがそのまま映し出すという代物で、テレビの形をしているがその内部構造は驚くほどシンプルだったりする。実際、魔法の類だ。
エマン王やジャルジーは、大きな観戦モニターを使うが、映し出す映像は、こちらが指定してやれば内部のコピーコアが切り替えるようになっている。なお同時進行で記録もとっている。
「初日は接待です」
実戦形式の本格的な戦闘をするのは初めてだから、いきなりラスボスぶつけて自信を喪失されても困る。うちの実戦経験豊富なバトルゴーレムや、例えばリアナさんとかリーレさんとか……。
「仮想敵となっているゴーレムは、動きも鈍く、一撃を与えても追撃はかけないように設定してあります」
うむ、とエマン王は頷いた。俺はちら、と控えているリアナを見た。
「軍事顧問殿、採点を頼むよ」
「はい、団長」
無表情を絵に描いたような少女軍曹は、そのマリンブルーの瞳をモニターへと向けるのだった。
〇本編にいられなかった小話:大帝国の脅威が迫るヴェリラルド王国ほか西方諸国。現状、諸国の反応は鈍く、軍事同盟や協調の動きは見られない。
その理由をあげると、ヴェリラルド王国以外の各国の内政が不安定なことに起因する。裏では大帝国の諜報、工作が機能しており、ある国では権力争い、また別の国では大帝国に降る陣営と反対勢力で衝突したりしている(ヴェリラルド王国にしても、ジンがいなければそうなっていた)。
また一部の国では事なかれ主義と楽観主義で、大帝国は連合国を相手にしていて、西方に来るのは数年先と考えたり、大帝国が来てから交渉しようと思っている国もある。




