第433話、ゴーゴンとラミア
「そういえば、ゴーゴン討伐がどうとか言ってませんでしたっけ?」
冒険者ギルドのフロアにも届いた親子ゲンカで、ヴォード氏が言っていた言葉を俺は思い出した。
間違いでなければ、俺のいた世界ではギリシャ神話に登場する女の化け物の名前だ。三姉妹で、そのうちのひとりが、かの有名な頭髪が蛇で石化の魔眼を持つメドゥーサである。
「ボスケ大森林地帯の一角に、ラミアの群れが住み着いたらしいのですが」
ラスィアさんはカウンターまで歩み寄ると依頼書の束を漁りだした。
ラミア。上半身が女、下半身が蛇という姿が、ファンタジー界隈では有名な姿だったりする。
この世界でもそれは同じで、ラミア自体は俺も戦ったことがある。なおラミア種の個体はすべて雌だ。
「そのラミアの中に、ゴーゴンがいるらしいのです」
彼女がいうには、ここではゴーゴンはラミアの亜種という位置づけらしい。
下半身が蛇型で上半身は女。目を見ると石化の魔法がかかる魔眼を持っている。その石化の眼があるせいで、モンスターランクはAの危険種と見なされる。
「で、そのゴーゴンの討伐依頼が冒険者ギルドに寄せられている、と」
「そういうことです。近くを通過した隊商が襲われて、調査したらその存在がわかったんです」
見つけた依頼書の複製を、ラスィアさんは俺に見せた。
「隊商のほかには、魔獣狩りに森に入った冒険者や狩人が数名行方不明になっています。おそらくラミアないしゴーゴンに襲われたとみています」
「犠牲者が帰ってこないから、被害届が出ないパターンかよ」
ベルさんがカウンターに飛び乗って、俺の手にある依頼書をのぞき見た。
「で、ルティはこの討伐依頼を受けたんだな?」
「ええ。彼女のパーティーが。つい先ほど、ゴーゴンを討伐したとその首を持ってきたのですが、ゴーゴンではなくラミアだったので、まだ依頼は解決していません」
間違いどうこう言っていたのはそれか。
「ルティはBランクでしたよね?」
「依頼はAランク。一つ下のBランクなら受けることができる依頼です」
なるほど。俺は依頼書をラスィアさんに返した。ダークエルフさんは眉間にしわを寄せた。
「本当はAランク冒険者の方に討伐を依頼したかったのですが、都合がつかなくて」
「アンフィたちのアインホルンは?」
「リーダーのアンフィさんとナギさんの間でトラブってるらしく、それどころではないと」
チームの内紛か? この前、なんかやる気でないって顔してたもんなアンフィは。
「クローガは?」
「いま別の依頼で王都を離れているんです」
他にもめぼしいAランカーは、概ね忙しいらしい。
「いまはルティさんが依頼を受けているので、他の方にお願いするわけにもいかないんですけどね」
いわゆる二重受諾を避ける処置だ。早い者勝ち指定がない限り、どちらが損をするような依頼の出し方はしない冒険者ギルドである。
そんなわけだから、ルティたちが未帰還にでもならない限り、俺のところにお鉢が回ってくることはないだろう。……何か、一瞬舌の先がざらつくのを感じた。
「あれ、ジンさん?」
後ろから声をかけられた。見れば、わんぱく小僧がそのまま成長したような冒険者、ルングだった。Cランク冒険者にしてマジックフェンサーである彼は、初めて会った頃に比べると少し落ち着きがでてきていた。
「よう、坊主。元気そうだな」
ベルさんが気安く返事すれば、ルング少年は苦笑した。
「相変わらず、態度でかいっスね……。あ、そうそう、うちの姉御、見かけませんでしたか? ここで待ち合わせの約束だったんですけど」
「姉御というのは、ルティか?」
確か、ルングは今、幼なじみのクレリックのラティーユと、ルティのパーティーにいるんだったな。
「彼女なら、ギルマスと派手にやり合って、出て行ったぞ」
「ええーっ? また喧嘩したんスか!?」
「またやらかしたらしい」
俺が頷いてやれば、ラスィアさんがヴォード氏とルティの一部始終を説明した。
「――あー、やっぱあの首、ゴーゴンじゃなかったんスね」
困ったように頭髪をかくルング。
「じゃあまた、ボスケ大森林に戻るってことか……はぁ」
ルングは深々とため息をこぼす。
「前回は不意打ちで倒せたけど、次はこうはいかないんだろうなぁ」
「わかってると思うが、ゴーゴンの魔眼には気をつけろよ」
確認のために言えば、ルングは「はい」と答えた。
「わかってます。正直、正面からはやり合いたくないですけどね。目を合わせたら石になっちゃうなんて、どんな化け物っスか……」
「まさに、化け物だ。気をつけろよ」
ベルさんがエールを送る。どうも、と応じてルングは立ち去った。心なしか背中から哀愁のようなものを感じた。
「おい、ルング!」
俺は革のカバンから黒い魔石を取り出すと、ルングに放った。不意を突かれながらもキャッチしたルングは眉を動かした。
「何ですこれ?」
「お守りだ。持って行け」
「……どうも」
ルングは背を向けた。リーダーがゴーゴン退治に行くというので、仕方なく付き合うみたいな心境だろうか。
嫌ならやめてもいいんだけどな。冒険者は命がけ、その行動は自己責任が大半なのだから。
「なあジンよ。おまえさんなら、ゴーゴンとどう戦う?」
「目を合わせたら石になっちゃうんだろう? 目をつぶって戦うよ」
「だよなぁ」
俺の答えにベルさんは同意した。
「ま、オイラには効かねえけどな」
・ ・ ・
王都の魔法甲冑製造工房にて、正式量産型の魔法甲冑が完成した。
三号魔法甲冑こと『シュタール』と名付けられたその機体は、モデルとなったヴィジランティをより簡素にしたような外観を持つ。
全高は2.6メートルとほぼ変わらず。搭載している魔石動力はCランク。そのためブーストジャンプの性能はヴィジランティには及ばず、また稼働時間も短くなっている。
だが人型という利点があるので、様々な武装を装備することが可能だ。設計したエルフのガエアが、ウィリディス製パワードスーツと手の規格を同じにしたので、こちらで作った武器も使用が可能になっている。
基本装備は、スティールブレードとタワーシールド。剣には火属性魔石を仕込んでいるのでヒート剣として使用できる。魔法甲冑用サンダーバレットをサブウェポンとして携帯している。
前衛型が剣と盾を装備する一方、それを援護する支援型があって、そちらはマジックロッドと呼ばれる大型魔法杖をメインに、肩にサンダーキャノンを1門ずつ装備する。
このサンダーキャノンはウィリディス製の同武装をデチューンしたものだ。搭載魔石のランクが低いために、稼働時間に影響する魔力消費を抑える意味でわざと落としてあるのだ。
まず王都騎士団に初期生産分である12機が配備された。
一号甲冑で魔法甲冑の感覚を慣らした操縦者たちが、さっそく三号甲冑を使った訓練を開始した。
だが腕の制御に関しては一号甲冑と違い、レバー式だったので慣れるのに手間取った。一方で足運びや浮遊移動についてはすぐに対応していた。
なお、王国騎士たちの魔法甲冑の扱いや訓練は、傭兵であるマッドハンターの指導による。一部の者しか知らない秘密であるが、マッドは異世界からの転移者である。
ロボット兵器に関して精通しているマッドに鍛えられた彼らの上達は、目覚ましいものがあった。
シュタール:ドイツ語で『鋼』の意。




