第429話、難破船
浮遊群の中をポイニクスは逃げる。
追ってくる60メートルクラスのカブトガニを連想させる浮遊物体。その一番高い場所についている砲台が、砲身をガトリングガンよろしく回転させながらオレンジ色の光弾を放つ。
ポイニクスの防御障壁が敵弾を防いでいるが、それもベルさんが魔力を補充し続けているからで、それがなければとうに撃墜されていただろう。
掩護のトロヴァオンが到着するまで、あと1分ほど!
追ってくる敵の姿を機外カメラの映像で見ていた俺の耳に、アーリィーの緊迫した声が届いた。
「!? 正面から、また魔力サーチらしきもの!」
「正面!?」
この浮遊群の中に、まだ敵が潜んでいたのか!? 俺が視線を操縦室の窓の外に向けたその時、前方から青い閃光が瞬いた。
あっ、と声を上げる間もなく、青い光線はポイニクスの上をかすめて通過した。
「後ろ――!」
青い光は、追尾物体の正面に着弾した。対ワイバーンミサイルで傷しかつかなかったその装甲を穿つ。次の瞬間、カブトガニもどきが爆発四散した。
「やったのか……?」
言ってからフラグじゃないかと思ったが手遅れである。俺たちを攻撃してきた謎カブトガニが、別の何かの攻撃で吹き飛んだのだ。
いや、ポイニクスを狙った一撃がはずれて、同士討ちした可能性も……ないか。駆け抜けた光弾は青かった。追尾していたやつはオレンジ色。使用武器が違う。
「なあ、ジン、何だったんだ?」
ベルさんが珍しくポカンとした顔だった。俺もそんな顔をしているかもしれない。
「アーリィー、魔力サーチは?」
「え? あ……いや、もう探知できない」
「お師匠、何なんですか?」
ユナが問いかけた時、副操縦席のSSパイロットが遮るように声を発した。
「マスター、前方に発光!」
見れば、確かに前方にあるとある大きな浮遊物から、チカ、チカと光が見えた。まるで信号のような……ひょっとして発光信号というやつか? やばいな、俺、モールス信号はわからないんだ。
フィレイユ姫が操縦席の後ろから窓の外のそれを見ようとする中、SSパイロットが報告した。
「――消えました」
浮遊物から見えた点滅はもう見えない。いったい何だったんだろう……。
「団長、どうしますか?」
「ゆっくり近づけ。……ベルさん、シールドは最大までに」
「おう」
二発目が撃たれないということは敵ではないと思いたい。だがさっきの光点が発光信号だったとして、こっちは応答できないので、もしかしたら敵と判断されてしまうかもしれない。警戒はしないとな。
その時、アーリィーが口を開いた。
「ジン、トロヴァオン3機を確認。リアナたちだよ」
『こちらトロヴァオン5、ポイニクス、無事か?』
魔力念話からリアナの声。俺は魔力通信機のスイッチを入れる。
「こちらポイニクス。何とか無事だ。当面の障害は消えたが、新たなトラブルかもしれない。警戒して待機してくれ」
『了解、ボス』
よし、とりあえず掩護機は警戒配置につかせる。
その間に、ポイニクスは例の浮遊物に近づいていた。そしてその姿を窓の外に見せていた。
「へぇ……」
巨大な岩塊の向こう側に葉巻型の船体があった。連装式の砲塔を備え、艦橋を有するそれは俺の世界での海上を行く軍艦を模した姿。某宇宙戦艦アニメに出てくる巡洋艦を思わせる艦艇が、大岩に寄り添うように鎮座していた。
「あの砲が、カブトガニをやったんだな……」
俺が呟けば、フィレイユ姫が振り返った。
「ジンさま、あれは何なのでしょうか?」
「古い時代の宇宙船、いや空中軍艦と言うべきでしょうか。天空人の艦か、それとも古代文明時代のものかはわかりませんが」
ポイニクスが近づく中、目標の巡洋艦もどきの砲は動かない。こちらを敵と認識していないと見ていいだろうか。目視距離にあるのは向こうもわかっているはずだが、発光信号の類はなし。
ひょっとしたら、大昔のものではなく、つい最近、それこそ宇宙から来たものではないかと思った。
だがそれも一瞬で、岩塊に寄り添う形で動かない巡洋艦もどきが、艦体に損傷を負っているのを見やり、やはり古いものかもと思いなおす。
この浮遊群の中のほかの残骸と同じだ。……もっとも、あの謎のカブトガニもどきのように動くものもあったが。
「マルカス、あの艦に乗り込んでみよう。艦首上面に降りるんだ」
「了解。……大丈夫なんですか?」
マルカスが操縦桿をゆっくり動かし、機体を巡洋艦もどきの正面に回りこませる。
「艦首の砲は左を向いているからな。敵対する意志があるなら、その砲を前に向け直すから、その時は逃げればいいさ」
「あ、なるほど。了解です!」
いきなり撃たれる可能性が低いとわかり、マルカスは力強く答えた。
さて、本来、空母でもない艦艇に降りるなど不可能なのだが、ポイニクスをはじめ、ウィリディス製航空機は、浮遊魔法を応用した垂直離発着ができるので、滑走路がなくとも降りることができる。
ただそれだけだと、高空で吹き荒れる風に煽られ、いくら垂直に降りられると言っても困難なのだが、ポイニクス搭載の浮遊石が風の影響もキャンセルしているため、安定感は航空機とは思えないほど高かった。
……もっとも、逆に言えば本来航空機が飛行するために用いている揚力を利用していないため、浮遊石を搭載している機体には翼が必要なかったりする。
そう考えると、浮遊石があるなら、目の前の巡洋艦もどきや、カブトガニが空を飛ぶのもわかる話である。
測定席でアーリィーが装置を操作して、巡洋艦もどきの記録をとっていた。
全長は185メートルほど。艦体中央よりやや後ろの上下に艦橋とおぼしき構造物。連装式の砲塔を艦首上、下、艦尾上と下に1基ずつ、合計4基8門備えている。艦体中央部には対空用砲座と思われる小型の球形が四基ずつ並んでいるが、その中央部に被弾のせいか大きな穴が開いていた。またそうした傷や穴が、艦のいたるところに見て取れる。
形は残っているが、修理が必要な艦であるのは一目瞭然だった。
測定装置による結果と、艦の外観からのシルエットをもとに、俺はどう中を探索するか組み立てていく。……艦中央から艦尾の機関も気になるが、まずは艦橋だろうな。
「アーリィー、ここの指揮を任せるぞ」
巡洋艦もどきに降りるために言えば、アーリィーが「え?」と振り返った。
「ボクも行くよ?」
「君は副長扱いだから、お留守番」
「えー」
「……ということで、フィレイユ殿下もここにいてくださいね」
好奇心丸出しだった姫殿下も、アーリィーと同じ反応を返した。あわよくば乗り込むつもりだったようだが。
か弱いお姫様を、何があるかわからない場所にいきなり連れていくわけにもいかない。
「マルカス、万が一、砲が旋回して危険を感じたら、即離脱しろ。ポータルがあるから俺たちを待つ必要はない」
「了解。……ということは、おれもお留守番ですね」
やれやれ、と肩をすくめるマルカス。うちの人間は好奇心の強い奴ばかりだからな。俺は苦笑しながら、機長席の黒猫を見た。
「ベルさんは来るかい?」
「もち、行くぞ」
さすが相棒。話が早いね。




