第422話、帰り道の出来事
ヴェリラルド王国を目指し、闇の中をポイニクスは飛ぶ。
昨日の午後から飛び続けている機体。その機長席にいた俺は、結局、30分程度の仮眠をとった。
ポータルを使ってウィリディスに戻ることもできたのだが、まだやることがある故、残っていたのだ。
かつては別の国、いまは大帝国の領土となった土地の上空を飛び続けるポイニクス。その間も地上の観測と地図作りが行われていたが、適当な地点に到達すると懸架してきたポータルポッドを投下する。
もちろんこれは、領空侵犯の上に、人様の領地で勝手にポッドを落とすのだからスパイ行為に他ならない。露見し、捕まるようなことがあれば、処刑待ったなしである。
夜のうちにポッドを落とし、地上にポータルを無理やり設置すると、そのポータルを通って地上に行く。俺がDCロッドを使って、手近な山林に監視所、兼、秘密拠点を作る。ポータルをウィリディスに繋ぎ、SS兵を置いたら、そのままポータルを使ってポイニクスに戻る。
都合三度、俺は朝までその作業を繰り返すことになる。国際法もへったくれもないが、もともとこの世界の国際法がどうなっているか、王国がそれを批准しているのかも知らないし、そもそもあるのか、という話である。ま、仮にあっても今回は破るけどね。
東の空が明るくなり、高空からの日の出を堪能したのは、俺とマルカス、ダスカ氏だけだった。他の面々はウィリディスでお休み中である。
「学校、どうしようかね……」
機長席で朝食代わりのおにぎりをほおばる。どうせ出席しているだけで、学ぶものもそうないんだけどね。
操縦席のマルカスが振り返った。
「一日くらい休んでもいいんじゃないですか」
「おや、真面目なマルカス君らしからぬセリフだ」
もぐもぐ。
「おれもあなたも、黙ってても卒業は決まってますから」
「君は真面目に学校に通っていたみたいだからね。出席日数も充分足りてるんだろう。だが俺は違う」
「確かに。転校したのが三年の夏前って、都合半年も通ってない!」
マルカスが大げさな調子で言った。思わず俺は笑みをこぼした。
「それでも学校は、俺を卒業生としたいようだ」
「武術大会の優勝者でSランク冒険者。学校に箔がつきますね」
ははっ。皮肉なもんだな、本当。俺はおにぎりの最後の一口を咀嚼する。
そこで測定席についていたシェイプシフター兵が声を発した。
「マスター・ジン。地上で魔法の反応を感知しました」
「魔力サーチか?」
一瞬、高空を飛んでいるこっちを探ろうとする魔力の波動かと思った。SS兵は首を横に振った。
「いえ、演習か、あるいは戦闘かと。爆発を観測」
帝国領の真っ只中だぞ。戦闘だとすれば、支配者に抵抗するゲリラか。そうでなければ演習かもしれないが、こんな朝っぱらから?
「地上の様子は見えるか?」
「望遠カメラを使います。遠視の魔法文字、発動。パネルに拡大――」
SS兵が操作する中、画面がカメラからの映像を映し出す。ポイニクスの下部に搭載されたコピーコア式カメラが地上を凝視し、さらに遠くを見る遠視魔法によるブーストをかける。高空から見渡し、ゴマ粒以下の大きさの地上物を拡大して映す。
「……」
どこかで見たような人が二人。片方が怪我をしているらしく、もう一人に支えられている。
そして、その二人組を取り囲もうと追いかけている複数の人。十、二十――いやさらに多い。それらに追われている二人組は。
「リーレと橿原?」
わかった途端、声に出た。なんでこんなところにあいつらが……?
異世界から転移してきた女戦士と女子高生。それを追う者たち。
追っ手が魔法を放ったらしく、光が瞬いた。二人組の至近で爆発が起き、普通なら吹っ飛ばされるところだが障壁を張ったらしく、そうはならなかった。
だが確実に追い詰められているように見える。リーレは不死身だから、どうということはない。だがか弱い人間である橿原が負傷しているのは、どう贔屓目にみてもよろしくなかった。
追っ手側の動きも気になる。バラけているように見えて、狡猾な狼の群れのごとく、統率されているのが見て取れる。さらに魔法で攻撃する者も複数。どうみても盗賊の類ではない。
「団長、どうしました?」
マルカスが声を聞いてくる。操縦席からでは地上で何が起きているかわからないのだ。
「俺たちの共通の友人が危機に陥っているようだ」
「共通?」
彼は怪訝な顔になったが、リーレの名前を出せば、まんざら知らない仲ではないと気づくだろう。何せマルカスは彼女と武術大会で対戦し惨敗したのだから。
「戦闘配置」
俺が呟けば、機体を制御するコピーコアがポイニクス機内に警報を発した。
「ポータルポッドを落とせ。助けに行く」
「了解」
ポイニクスが積んできた最後のポータルポッドを使う。ポイニクスを他国の人間の目にさらしたくはないからな。
・ ・ ・
まったくクソったれだ。本当にクソだ。浅い積雪の残る平野に足跡を刻む。
「おい、トモミ! 生きてるな!?」
浅黒い肌に、黒髪ショートの女戦士――リーレは肩を支える戦友に声をかける。エメラルド色の魔法鎧もほぼ解除している状態の橿原トモミは背中に喰らった一撃で出血し、その意識も怪しかった。
このままでは彼女は死ぬ。リーレはわかってはいたが、だからといって見捨てることはできなかった。
追っ手は大帝国の人狩り部隊。帝国に反抗する者、いや敵を狩り立て殺していく専門の連中だ。まったく、面倒な奴らに目を付けられたものだった。
一人でなら返り討ちにできたが、敵は狡賢かった。リーレが反撃しようと立ち向かった時、瀕死の橿原を狙うそぶりを見せたのだ。つまり、リーレは橿原から離れることができず、逃げの一手しか打つ手がなくなってしまったである。完全にジリ貧。
「畜生、障壁が弱い……っ!」
しかも悪いことにリーレは毒矢のようなものを受けていた。魔力を阻害するような効果があるのか、魔法の効果が著しく低下している。
これも満足に反撃できない状況を助長していた。いや、むしろ生身の人間だったら完全に魔法が使えない状態になっていたかもしれない。再生能力のある化け物であるリーレだからこそ、威力低下程度で済んでいる。
敵魔術師が氷つぶてを飛ばしてくる。リーレは舌打ちして足を止めると、すでに眼帯をはずしたことで露になった黄金眼を向ける。魔法を解除する魔眼に睨まれ、氷つぶては消滅した。
「おい、トモミ! 死ぬんじゃねえぞ! お前は、もとの世界に、帰るんだろうが!」
異世界召喚された者同士。お互いに自分のいた世界に帰る方法を探していた。人間と化け物、だが想いは同じ。だからこそ、リーレは友とした橿原を見捨てることができないのだ。力には自信がある。橿原を抱えて歩き続けることは屁でもない。
「……!? クソが!」
だが負傷者を支えた状態での逃げ足だけは如何ともし難い。リーレと橿原の正面にも、大帝国の魔術師たちが現われたのだ。
完全に包囲された!




