第39話、マスタースミス・マルテロ
ドワーフ。ファンタジーではおなじみ種族のひとつ。身長は人より小柄だが、力は強く、たくましい。地中や岩穴を生活圏としているために、RPGとか小説などだと属性は土とか大地にされている。
風属性にされるエルフとは、種族的不仲であるとされるが……。こういうドワーフとか見ると、ほんと、この世界がゲームチックだなぁと思う俺である。
ひょっとしたら、俺は異世界転生したのではなく、ゲーム世界に囚われたんじゃないかって思うこともある。死んだら、元の世界の俺の部屋で目覚めるとかな。……やってみようとは思わないが。
「マスター・マルテロ」
ソンブル氏が、やってきたドワーフに、例の淡々とした調子で頷いた。
マスター、ということはそれなりの人物だろうな、と思いつつ、俺のそばに、そのマルテロというドワーフと、もう一人、若干若いドワーフがやってきた。
「コボルトの持っていた短剣ですよ」
「なるほど、コボルトか。それは納得じゃわい」
ソンブル氏からコバルト製短剣を受け取ったマルテロ氏は、それを手にとって検分する。
「せっかくの魔法金属なのに、連中は上手く武器に活かせない。もったいないことじゃ」
「それで、マスター・マルテロ。いつもは工房にいるあなたが、こちらに顔を出すとは珍しいですね。どうされたのですか?」
「うん? 例のミスリル鉱山の話をな。……少し前にあった反乱軍騒動で、ミスリル銀が入ってこなくなっておるからのぅ。わしの工房での作業が止まってしまっておる」
工房……。鍛冶師かな。それとも工芸家か?
「あぁ、あれのせいで、王都にも一部の品が入ってこなくなりましたからね」
ソンブル氏の言葉に、マルテロ氏も頷いた。
「今回見つかったミスリル鉱山で、ミスリル銀が手に入るなら、と思ってな。どんな按配が聞きにきたのだが……まだ、ほとんど何もわかっていない状態でな」
無駄足だったわい、とマルテロ氏はうなった。ソンブル氏は眼鏡を吊り上げる。
「それならあなたは運がいい、マスター・マルテロ。ここにいるジン君は、そのミスリル鉱山に行った冒険者です。……そのコバルトナイフも、そこで手に入れたものですよ」
「なに、本当か!?」
マルテロ氏は、そのごつい顔についた目をギョロリとさせて俺を見た。おっさん、怖い。
「見たところ、お前さんは魔法使いのようだが……」
「見た目はこれですが」
とソンブル氏。
「実力は確かですよ。何せ、先日のワイバーン騒動で討伐したのは彼ですから」
「なんじゃと!?」
マルテロ氏、さらに目が大きくなる。
「あのいつの間にか消えたワイバーン、討伐されておったのか! ……いや、それほどの実力者なら、なんでこんな素人丸出しの安い装備なんだ? わしは色々見てきたが、実力に不釣合い過ぎるじゃろ」
「それは、まあ、訳ありで」
俺は控えめに営業スマイル。ソンブル氏は口が堅い人だと思っていたが、案外喋っちゃうんだな。いや黙っているようにとは言わなかったけどさ。
ベルさんも首を横に振った。
『ジンよ、どうする? いちおう依頼のほうに、ミスリル鉱山の情報関係あったよな? この情報、金になるけど、ぺらぺら喋っていいのか?』
魔力念話。俺も念話で返す。
『確かCランク依頼だったから、俺では手が出ないよ。それより、このマルテロって人、ミスリル銀欲しがってたな』
そのあたり、突付いてみるか。俺はマルテロ氏に向き直った。
「挨拶がまだでしたね、マルテロさん。私は、ジン・トキトモという名の魔術師です」
「マルテロじゃ。マスターの称号を持つ鍛冶師」
なるほど、鍛冶師の中でも最高峰の称号を持っている人物ということだ。俺は流れ者だから知らなかったが、この国では著名なドワーフだろうな、きっと。
「ミスリル鉱山の話をしてもいいですが、少し秘匿性の高い情報も含まれるので、できれば他の人に聞かれないような場所でお話ししたいのですが」
・ ・ ・
冒険者ギルドの談話室。
実際は、個別に冒険者に依頼したり、機密性の高い話をする際に用いられる部屋である。
ソンブル氏が手配してくれたその一室で、俺とベルさんは、机を挟んで、マルテロ氏とその弟子――ファブロという名前――と話し合うことになった。
「では、まずは場所から」
俺は大空洞第13階層の地図を取り出し、机に広げる。
「お、おう、ちょっと待て――」
「何です?」
「この地図は?」
「大空洞の地図ですが?」
マルテロ氏は、顔を地図に近づけて、しげしげと見つめる。机に突っ伏して見えるのはご愛嬌。
「やたら精巧な地図に見えるが……これは魔法か何かが関係しておるのか?」
「ええ、ダンジョン内の地形を魔法による走査をかけてその結果を――」
うんたらかんたら、と適当なことを言って地図について嘘を交えて説明する。はい、本当はダンジョンコアの杖、DCロッドのスキャンした記録を、紙に転写したんです。
「一枚くれ」
「有料ですよ」
「まあ、当然じゃな。とりあえず交渉は後にするとして、話の続きを聞かせてもらおうか」
俺はミスリル鉱山の場所を教え、同時に出現する魔獣の種類やこの階層の様子などを説明した。
「ゴーストは厄介じゃな。魔法が使えるものが欲しいな。そしてフロストドラゴン……こいつが採掘中に現れたら面倒だわい」
「腕の立つ護衛が必要でしょうね」
「お前さんのような?」
マルテロ氏は、腕を組んで俺を見た。
「ゴーストには魔法が有効。フロストドラゴンの素材を売り払っていたところを見て、それを狩れる実力者。……本当にEランクか?」
「訳ありですよ。私には腕のいい相棒がいますから」
ぽんぽんと机の上のベルさんの背中を撫でる。
「ドワーフの採掘団が必要かのぅ」
「採掘団?」
「戦えて掘れる戦闘採掘団じゃ。魔獣がいるダンジョンなどで採掘を行うための専門家どもじゃよ」
さすが地中暮らしのドワーフ。採掘もできる戦闘集団がいるとは。
「とはいえ、連中を呼ぶにしても、すぐに来れるわけでもないし。護衛を雇って、実際に行ってみるしかないか」
ちら、と俺を見るマルテロ氏。
「お前さん、またあそこへ案内してくれと依頼したら、引き受けてもらえるか?」
「報酬次第で」
「ふむ、いくら欲しいかにもよるが、とりあえず、『二度と行きたくない』と言われんでホッとしたわい」
マルテロ氏は心から安堵したようで、いかつい顔を緩めた。
「できれば急ぎでミスリル銀が欲しいのでな。お前さんさえ、問題なければこれからすぐにでも行きたいくらいだが……」
「そんなに急ぎなのですか?」
「作成依頼のある魔法武具製作にミスリル銀が必要じゃが、期限が迫っておってな」
先ほど、ソンブル氏との話で、反乱軍騒動でミスリル銀がこの王都に入ってこないという話を聞いたばかりだ。当面、調達する目処が立っていないなら、確かに発見されたミスリル鉱山に自ら赴くというのもわからないでもない。
「でもマルテロさん、鉱山で採掘といっても必要量を採れるとは限りませんよ?」
鍛冶師である彼に、採掘からの鉱石の確保量を語るまでもないとは思うが。
「お前さんに言われんでも理解はしておるよ。じゃが、何もせず待っておるわけにもいかん」
それほど急を要するということか。……しかたない。革のカバンに、俺は手を突っ込む。ベルさんが顔を上げた。
『いいのか?』
俺は頷くと、カバンから、ミスリル銀のインゴットを出した。
「ここに、ミスリル銀がありますが。……売るといったら、いくらで買ってくれますか?」
「「はぁ!?」」
マルテロ氏と、先ほどから黙って話を聞いていた弟子のファブロが同時に立ち上がり驚愕に目を見開いた。
マルテロ=ポルトガル語で『鎚』




