第407話、エリサの過去話
俺はグリムと別れ、エリサを連れてウィリディスへと向かう。
ただ王城や冒険者ギルドのポータルを使うのは、処刑されたはずのエリサを連れて行くのは無理があるため、ひと気のない場所で適当にポータルを開いて移動した。
「凄いわ! 本物の転移魔法ね」
エリサが青い移動用ポータルの輪を見て、驚きの声をあげた。魔女なんて通り名を持つ魔法使いから、まさかそのような反応が来るとは俺のほうが驚きだ。
「転移魔法の使い手は少ないのは知っているが――」
「少ないって言うけど、私は初めて見たんだけど?」
「そうか。だが転移自体は、ダンジョンとかでも魔法陣があるだろ?」
「そういう魔方陣とは起動方法が違うでしょ?」
まあ、そうか――俺はこれ以上突っ込むのはやめた。
秋に色づくウィリディスの森に出る。泉があり、遠目からは洞窟の壁に見えるそこに作られた地下屋敷へと向かう。
自然あふれる周囲の景色に、しばし心奪われたような吐息をつくエリサ。俺は小さく笑う。
「王都にこもっていると、こういう景色は見れないかな?」
「ええ、まったく。私、小さな頃から都会育ちだったから。こういう森って少し胸が弾むわね」
物理的な表現ではないはずなのに、彼女の豊かな胸に一瞬目が行ってしまったのは悲しき男の性か。
「都会っ子なのか。……そういえば、故郷から逃げ出す羽目になったとか聞いたけど、出身はどこなんだ?」
このサキュバスがどこに住んでいたのか気になる。まあ、淫魔のふるさとを聞かされても、結局はふーんで済んでしまうのだが。
「生まれはディグラートルよ」
「大帝国か?」
「そうよ」
これは驚いた。ディグラートル大帝国は目下、敵国。そこの出身者だったとは。サキュバスの里はディグラートルにあったのか……。
「信じてもらえないかもしれなけれど、私はもともとは人間だったのよ」
「……人間だった? それはつまり――」
どういうことだ? 俺はじっとエリサを見た。風が吹き、彼女の緑色の長い髪をなびかせる。
「私はね、こう見えても帝国貴族の生まれなの」
耳にかかる髪を払い、エリサは告げた。
「生まれは帝都。伯爵家のご令嬢。兄が二人、姉が一人、弟が一人、妹が一人いたわ」
6人兄弟、その四番目か。大家族だな。
「私は、幼少の頃から魔法の才能に恵まれてね。帝国魔法学校に入って、優秀な成績で卒業したわ。魔法に関係する職場ならどこからでもスカウトされる程度の能力はあった。順風満帆だったわ、その頃までは」
懐かしむように細められた目は、憂いの色を帯びる。
「けれど、侵略政策を推し進める大帝国に、私の父は異を唱えた。反戦派とも言われたけれど、それが皇帝陛下の不興を買ったの。直後に起きた破壊活動が反戦派の陰謀とされ、父は反逆者の烙印を押されてしまった。その結果……」
「粛清された、か?」
「ええ。家族もろとも。母や兄弟姉妹たち、私を除いた全員が処刑された。私は、魔法の才能があったから、魔導研究所へ実験素材として送られたわ」
すっと、エリサは告げた。
「キメラウェポン計画。人間と他の生き物を掛け合わせる実験、その素材に私はなったの。私がその身体に宿すことになったのは下級のサキュバスだった……」
「……」
「この手の実験では失敗によって命を落とす場合が多いのだけど、私は数少ない成功例だった。身体能力、魔力の向上、魅了の魔眼、飛行能力を獲得した一方で、一定周期に精を飲まないと生きていけない身体になってしまったの」
自らの身体を抱きしめるようにするエリサ。
「あと、恥ずかしいのだけれど、人と接触をしたいという強い欲求もね。サキュバス本来の習性かしら」
「そう、か……」
俺は思わず天を仰いだ。人と他の生き物を掛け合わせる――そいつは、かのリッチになった大魔術師フォリー・マントゥルも自分の研究所でやっていた。
そこで作られていた異常なモンスター。大帝国は、それと同じようなことをしていたらしい。
「信じられないかしら……?」
「いや、大帝国ならありうるな」
俺も帝国に召喚されたとき、異世界人が魔法武具の素材にされてしまっているのを見たし。もしかしたら、キメラウェポン計画とやらの実験体になった者もいたかもしれない。
「信じてくれるの?」
ああ、と頷いてやると、エリサは自身の指を唇に当てた。
「ヤバい。私、いまあなたに抱かれたいわ」
「うむ、ここで抱きとめるくらいならいいぞ?」
それ以上は、まあ、勘弁してくれ。
「それで、君は魔導研究所だったか、そこから逃げたのか?」
「何度か実験をされたけど、実戦で使おうってことになったのよね。それで施設から移動している時に事故にあった。その隙をついて」
しかしエリサの表情は優れなかった。
「逃げはしたけど、何もなかったから体力が尽きてしまってね。移動する馬車の荷物に隠れたんだけど、それが密輸屋だったの。その後は、グレイブヤードに売られて、いまはこうしてヴェリラルド王国に移り住んだのよ」
「大変だったな」
「簡単に言わないで。……まあ、そうね。ごめんなさい。当たるつもりはなかったんだけど」
わかったように一言で言われるのも癪に障るというものだろう。中々壮絶な経緯だった。
「君が店からあまり出なかったのは、やはり体質のせいか」
「人が多いところだと、発作的に発情する可能性が高くなるの。とくに美味しそうな魔力とか、たくましい男性とか」
ちら、と流し目を送られる。少しは鍛えているけど、この世界のムキムキ野郎に比べたら、それほどたくましくないぞ?
「魔力は美味しかったわよ」
そうですか、と深く追求するときわどい話になりそうなので、これ以上はやめにした。
地下屋敷の入り口にたどり着く。俺の帰りを見ていたか、シェイプシフターメイドのマホンが出迎えた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま。新たな住人を皆に紹介したいから、主な面々を集めてくれ」
「かしこましりました」
SSメイドが玄関を開ける。俺に続くエリサが、きょろきょろと玄関から内部を見渡す。
「外側と内装がまるで違うわね。意外と広くて綺麗。……ひょっとしてあなたも貴族だったの?」
「いや、単なる平民だよ。まあ、下手な貴族よりいい生活をしているのは認める。……さあ、こっちだ」
俺は三階へ行くための階段へエリサを導いた。




