第401話、グリグ工房襲撃
ポータルから出てきたエマン王の姿に、俺はビックリしてしまう。
そりゃそうだ。来るとは一言も言っていなかった国王陛下が、現場へ出てきたのだから。
ベルさんが口もとを歪めた。
「まあ、言ったら止めてたろ、お前」
「そりゃな」
ジャルジーが未来の王で、現国王のエマン親父まできて、万が一何かあったらどうするというのか。
「それだけ信頼されてるってことだろう?」
「信頼が重い」
いまさらどうこう言っている時間も惜しいから、作戦は始めるが。
「ベルさん、工房周辺を断絶結界」
「あいよ」
別名、ボスフィールド。ベルさんの魔王フィールドが、一定範囲の出入りを不可能にする。
例えるなら、テレビゲームにおける戦闘において、主人公パーティーが撤退不可な状況と言えばわかりやすいか。
言い換えれば、閉じ込められたってやつだ。エマン王から周囲に被害を出さないように、と注意を受けているからね。
なお、ベルさんはフィールド操作で、フィールド外への音も遮断することができる。音が外に漏れなければ、派手に武器や魔法を使っても周囲も気づかないだろう。
リアナ率いる第一分隊と、別働の第二分隊は、工房にある表口と裏口にそれぞれ分かれる。
工房自体はありふれた四角形の建物だが、デカい。学校の体育館並みの大きさはある。
外壁は石造り、倉庫のようにも見えなくもない。馬車が出入りできる大型の鉄扉があるが現在は閉ざされている。また窓もあるが、木板で閉じられている。
俺は魔力念話で呼びかける。
『リアナ、準備は?』
『配置につきました。いま、入り口周りを確認中。……クリア。合図を待つ』
『了解した。第二分隊?』
『こちらも準備完了です』
シェイプシフターの分隊長からの念話での返事。俺は誰も見ていない中、頷いた。
『突入だ』
・ ・ ・
第一分隊を率いるリアナは、ジンからの突入の合図を聞くと、入り口ドアの前に立っていたSS兵に合図した。
ドアノブに鍵が掛かっていないのは確認済みである。SS兵が、ゆっくりとドアノブを捻り、静かに、ゆっくりドアを開ける。
その隙間に割って入るようにリアナがするりと工房内へと入る。それに後続のSS兵らも続く。
短銃身型ライトニングバレットを構え、リアナは素早く室内を進む。入り口正面は壁なので通路にそって左折し、足音を忍ばせながら前進。
そこへふらりと警備員が現れる。とくに防具の類はないが、腰のベルトに短剣と警棒を下げている。
視界に入った途端、リアナは足を止めることなく即座に発砲。スタンモードにセットされた光弾は、麻痺弾となって警備の男に命中する。
ビリビリと痺れて、膝から崩れる警備員だが、彼が床に激突する前にリアナがその身体を支えてやり、音を立てることなくその場に横たえた。
リアナと入れ代わる形で、後ろのSS兵がライトニングバレットの銃口を前方に構えながら通路を進む。
事前の潜入情報による報告によれば、正面が警備員の詰め所。その前を右折すると作業場に着く。二人のSS兵が警備員室の扉、その左右で伏せる。後続はそのまま工房の中央、作業場へ。
中央の部屋は大きく、作業台と薬剤器具を扱う作業員、そしてグリグの原材料の入った木箱が積まれていた。
一種の倉庫であり、また外から馬車を入れて、荷物の積み込みが可能になっている。SS分隊はそれを見下ろす形になっている細い通路を素早く、影のように駆けた。
やれ。
展開したSS兵たちは、手元に集中する作業員たちを一斉にスタンモードで射撃していった。
あ、と声があがったが、次々と作業員たちは倒されていく。
同時に、警備員の詰め所入り口に待機していたSS兵は、扉を少し開け、閃光の魔法を仕込んだフラッシュグレネードを中に放り込む。扉を閉めた直後、中にいた者たちが声をあげ、次の瞬間、フラッシュの魔法が発動した。
SS兵二人は詰め所内に踏み込む。突然の閃光で目潰しされて、呻き声を発する警備員たちを麻痺弾で次々に無力化していく。
・ ・ ・
外にいたのでは中の様子はわからない。
突入部隊が侵入した直後、俺はDCロッドを使い、ベルさんの断絶結界内をダンジョンテリトリー化した。
何故、突入後かと言えば、テリトリー化の魔力変動を感知されたら、奇襲の効果が薄れるからだ。もっとも、腕のいい魔術師や、あるいは魔力気配に敏感な亜人や獣人がいた場合の話であるが。
その間に、俺はまさかここに来たエマン王に声をかけた。
「義父上が来られるとは思っていませんでした」
「うむ、ジャルジーではないが、グリグに関しては王国の重大事だからな。私も安穏としているわけにもいかん。それに、お前の手際も見ておきたかったというのもある」
「そうですか」
エマン王は杖を持っているが、間違っても突撃するような格好ではないので、ダスカ氏やユナに守ってもらえばよかろう。
ジャルジーは帯剣しているから、前に出ないように注意しないといけないが。
その間に、DCロッドがテリトリー化を完了させた。
さっそくホログラフ状に表示させる。工房内の地形や障害物、中の人員や、突入部隊員の動きが青白く浮かび上がった。それを見ていたエマン王、ジャルジーが「おおっ」と声をあげた。
「この青い点が味方、赤い点は敵性存在です」
DCロッドの表示をいちおう説明しておく。工房内の赤点が、暗い赤に変わっていく。これは無力化された敵の意味だ。
光を失っていく赤点、機敏に青い点が動きまわるのを見て、制圧が順調にいっているのがわかる。
「まさに手にとるようにわかるな!」
ジャルジーが興奮を露わにした。エマン王がすっと指を出した。
「この天井に近い部屋に、敵がいるぞ」
工房を見下ろす位置にあるが、二つの突入部隊からはやや離れた位置にある。もし弓などの投射武器があれば広い射線が確保できる。
「そうですね。『リアナ、工房上部に部屋、敵兵の動きがある。確認しているか?』」
『ネガティブ。こちらからは見えない――』
かすかに彼女が苛立ったような声を出した気がするが。……そういえば潜入したSSの事前情報でこの位置に部屋なんてあったか?
『セイバー1-2、そちらから上方の部屋は確認できるか?』
『見えません。階段を発見、確認させます――』
リアナが第二分隊に呼びかけ、分隊長が応える。俺はスフェラを見た。
「部屋なんてあったか?」
「潜入した個体は気づきませんでした」
シェイプシフターの魔女は答えた。
「魔術的な隠蔽がされていた可能性があります」
「リアナや兵たちは『見えない』と言ったが……」
物理的に見えない、擬装魔法の部屋があったということか。……そういえばボナ商会は魔法具も扱っているって言っていたな。いざという時のための隠し部屋を用意していたかもしれない。
その時、DCロッドのホログラフ状表示に変化が現れた。工房の中央、ほぼ無力化された敵が横たわるそばで、新たな敵性反応が三つ、突然現れたのだ!
第9話『ベルさんの本性』以来の撤退不可ボスフィールド。




