第400話、工房襲撃作戦
行動は開始された。
ポータルを使い王都へ移動する。夜間とはいえ王都内。しかも建物を強襲するので、ヘリや車両は使わない。いや、使えないだな。
シェイプシフター兵をメインに、先日製作したパワードスーツ『ヴィジランティ』を投入する。車両や航空支援が使えない代わりではあるが、おそらく出番はあるまい。
リアナを主導に部隊の編成。彼女の指導でコマンド部隊として仕上がったSS兵たちが、装備を整える一方、そのシェイプシフターの生みの親であるスフェラは王都展開のシェイプシフターを動員し、行動に必要な情報のまとめを行っていた。
俺とベルさんは、王都で作戦行動をとる旨、エマン王に報告をする。さすがに勝手に部隊を動かすのもよろしくない。
が、何故かその場にはジャルジーも来ていた。
「よう、兄貴。どうした、これからどこか出かけるのか?」
「お前は何しにここにきた?」
「ご挨拶だな。何でも明日、サキュバスを処刑すると聞いてな。その前に実物を見ておきたくて、クロディスから飛んできた」
「……それはさぞ貴重な経験になるだろうな。義父上、例のグリグの製造工房を発見しました。今から部隊を率いて制圧にかかりたいのですが」
「なんだと!?」
エマン王は、飲もうとしていた酒のカップを落としそうになった。ジャルジーも目を剥く。
「今から?」
「明日には、そのサキュバスが処刑されるからな。その前にケリをつけておかないといけない」
「王都騎士団を出動させるか?」
エマン王が真面目な調子で言った。酔ってはいないようだ。
「いや、しかし今から召集をかけても――」
「その必要はありません。すでにウィリディスの兵を準備させました。義父上の許可さえいただければ、すぐに行動できます」
「急を要するのか?」
「逃げられると厄介です」
連中が逃げ支度をしているわけではないが、嘘は言っていない。逃げられると厄介なのは間違いない。
「わかった。許可しよう。だが王都への被害は極力さけたい」
「お任せください、陛下。もちろん、そのつもりです」
部下になったつもりはないが、それらしく振る舞っておく。ジャルジーが席を立った。
「お、オレも行くぞ、兄貴!」
「……来るのか?」
「おうよ。グリグの話は聞いた。オレたちの国の問題だ。黙ってみているわけにもいかん!」
と、未来の王様はおっしゃっている。心意気は買うが、そんな未来の国王をあまり危険な場所に連れて行くのも――まあ、いいか。
「こっちの指示には従ってもらう。それが条件だ」
「わかった。兄貴の指示に従う!」
よろしい。油断はするつもりはないが、総動員をかけなければならない現場でもない。つまり、面倒をみてやれるということだ。
それもこれも、優秀な部下がいるおかげであるが。……昔の俺とベルさんだけだった頃なら、そんな余裕はなかっただろうな。
来るべき大帝国との戦いを前に、シェイプシフターたちにはいい実戦経験になる。今回彼らをメインとして投入する意図がそれである。訓練されたSSたちがどこまで働けるかを見るいい機会だ。
話がまとまったところで、俺たちは地下格納庫へ。そこへはグリグ製造工房襲撃のための準備が進められていた。
スフェラから王都の地図を受け取る。南地区――とくに貧しくも豊かでもない一般民が多く住む地区。そこより南側にある商店用の倉庫や工房が多い場所の一角に、例のグリグ工房がある。
リアナがブーツの踵を鳴らした。
「団長、現地まではどう行きますか?」
「夜にゾロゾロ行くのも何だしな。……俺が現地へ行って、そこでポータルを使おう」
「了解しました」
頷くリアナ。俺はスフェラを見た。
「工房の内部地図はあるか?」
「現在、製作中です。間もなく完成します」
工房に潜入させた小型シェイプシフターが内部の見取りを把握して、地図に起こす。同時に工房にいる人数や配置なども報告があるという。
「よし、俺がポータルを構築するまでに、突入部隊にまわしておけ。リアナ、突入プランを頼む。何か質問は?」
「突入時、工房内の人間について。殲滅しますか?」
「できれば捕虜に」
グリグ製造に関しての証言を引き出す情報源となるだろう。
「ライトニングバレットのスタンモードで無力化させる」
「スタンが効かない場合は?」
敵が対魔法対策を施していた場合の処置だな。
「捕まえられれば理想だが、抵抗するようなら殺害もやむなし」
「承知しました」
軍曹の返事はよどみがなかった。
俺はベルさんと、工房のある南地区に一番近い冒険者ギルドのポータルを経由して王都へ移動した。
夜勤の受付嬢のクレアに会釈だけ挨拶すると、俺はギルドを出て、現地へと向かう。
真っ暗な王都。そのあかりはまばらで薄暗い。寒々しい空気は、秋も半ば。もう後は寒くなっていくだけと言っていたのはアーリィーだったか。
今夜は雲が多く、ときどき月が隙間から覗いては、青く視界を染め上げたが、わりと頻繁に闇にお隠れになる。
これだけ暗いと出歩いている人の姿はなかった。とはいえ、暗がりに潜んでいる輩はいるもので、滅多に通らない通行人を待ち伏せしている盗賊まがいもいたりする。
『マスター・ジン』
魔力念話で無機的な声がした。おそらくシェイプシフター兵だろう。
『工房近辺にいる部外者は、沈黙させてあります』
王都にいるシェイプシフター・チームは、目標周辺の掃除を済ませたようだ。……うん、関係ない強盗野郎と出くわしたりする面倒はないということだな。
「本番前に、楽ができるのはいいな」
と、黒猫姿のベルさんが言った。まったく同感。
地図はあるが、初めて足を踏み入れる地では、しょっちゅう確認する性分である俺だ。
だが、にらめっこするでもなく、現地シェイプシフターが一体、俺たちを案内してくれた。
「至れり尽くせり」
住宅街を抜け、静かな倉庫、工房街にやってくる。さすがに夜に作業する者はほとんどいない……と思うのだが、例のグリグ工房はグリグの増産を命じられて作業をしているんだっけか。
そうこうしている間に、現場に到着。工房の外に敵性存在はなし。俺はポータルを展開、ウィリディスで待機している突入部隊を呼び寄せた。
メインの突入部隊は、リアナが率いるSS兵1個小隊30名。10名ずつの分隊に分かれ、突入は第一、第二分隊が担当。第三分隊と王都SSチームが、工房の外を固め、建物の外へ逃走する者があれば捕らえる。
他にヴィジランティが二機、火力や支援が必要になった場合の保険として工房の外に待機する。乗っているのはアーリィーとマルカスだ。……相変わらず、この二人は新しいものに積極的に関わり、すでに実戦投入が可能なレベルになっている。
スフェラから説明を聞いている俺の視界の中、ポータルからパワードスーツが現れる。石畳を踏んだが、その足に防音魔法で対策したことで足音がほとんどしなかった。
ただ関節が駆動する時の音が周囲に結構反響した。物音で溢れる昼間は気にならないが、夜ともなると少し気になるな。特に今みたいな隠密行動時は。
スフェラが事務的に報告する。
「アウラ・ボナは今は工房を離れています。おそらく自宅に向かったと思われ、王都チームが追跡中です」
「彼女がいない、か。……まあいい、まずは工房を押さえよう」
俺がため息をついたとき、観戦武官ポジのジャルジーとその護衛のフレック、サキリス、ダスカ氏やユナがポータルから現れたが、俺はそこで目を剥くことになる。
なんと、エマン王までポータルを潜ってやってきたのだ。




