第2話、ちょっとしたお手伝い
ブルート村の怪我人たちを俺は治癒魔法で治した。
さすがに身体の一部を失った人たちの傷までは癒やしてあげられなかった。一応、少量ながら希少な秘薬を持ってはいるのだが、それは今まさに死の淵に立っている人にしか使わないと決めているから使わなかった。許されよ。
村人の生存者は二二名。人間十八人、うち女性七人。亜人、獣人が三人、妖精族が一人だと言う。
襲われる前はこの倍の人数はいたらしい。家はことごとく焼き払われたため残っておらず、食料備蓄もないそうだ。
人間、生きていくためには、衣食住が必要だ。衣服については、最低限あるようなので、あとは食と住である。
何より俺は困っている女性には特に手を差し伸べる主義だ。
革のカバン――アイテムストレージと呼ぶ、収納魔法のかかったそれから、メロンほどの赤い宝石がついた杖を取り出す。
ダンジョンコア・ロッド。英雄時代にとあるダンジョンから回収したコアを杖にした魔法の杖である。魔物を使役し、ダンジョンと呼ばれる地形を自在に作り替えることができる。
「まずは、魔物召喚」
俺は杖を地面に向ける。赤い光が瞬き、次の瞬間、オオカミ型の魔獣が具現化する。突然複数のオオカミ型魔獣が現れれば、周囲が驚くのも無理はない。フィデルさんや見守っていた村人たちが軽く悲鳴をあげ、後ずさる。
「おおっ!? 危ない!」
「ご心配なく、こいつらはあなたたちを襲いません」
俺は周りに告げつつ、安全な生き物だというアピールを兼ねて、オオカミの頭を撫でてやる。もふもふ……。
「さあ、お前たち、ここの村人たちの為に森で狩りをしてきてくれ」
ガゥ! とオオカミどもが弾かれたように村の外へと駆けていった。
「彼らは人を襲わないように調整してあります。村のために食料を狩ってきてくれるでしょう」
「ジン様は魔獣使いでもあらせられるのですか?」
村の女性が聞いてきたので、俺は穏やかに笑ってみせる。
「召喚士みたいなものですね。魔法ですよ」
「召喚士! 幻獣とか精霊とか呼び出せちゃったりします?」
「え? ええ、それくらいは朝飯前ですね」
『おーい、ジン。鼻の下が伸びてるぜ。しっかりしろよ』
ベルさんの心の声が魔力念話という形で聞こえたが、俺はあえて無視。
聞いてきた女性をはじめ、やつれている人が多い。彼女たちのためにも、仮の住処とも言うべき避難所を建てねば!
DCロッドを地面に当て、俺は一言。
「テリトリー」
ダンジョンコアが、俺の命令を受け、この一帯を支配下に置く。テリトリー内の地形を操作するのはダンジョンコアお得意のダンジョン・クリエイト機能である。
それを利用し、ダンジョンの岩壁を使って、避難所の壁を形成する。ゴゴゴッ、と軽い地鳴りと共に、突然何もない場所から壁が現れるさまに、村人たちは仰天する。
床も同様に石を敷いて、天井は……そうだなドーム状にして覆ってしまおう。出入り口と窓も作っておかないとな。
時間にして数分の出来事だった。村人たちを収容する避難所の外が完成。あとは寝床だな。硬い床に寝かせるわけにもいかない。
「あっという間に岩の家が建ったぞ……!」
「信じられん! 夢でも見ているのか……?」
後ろが騒がしいが無視だ無視。俺は杖の先に意識を持っていく。黒いスライム状の物体を想像、いや創造する。DCロッドがほのかに輝き、それが流れ出て、やがてベッドに固まった。
通称スライムベッド。生き物じゃないから喰われたりしないからご安心を。この柔らかくも、沈み込まない程度に反発するベッドの寝心地は最高だぞ。
これで最低限のものは置けた。驚きながら避難所の中に来たフィデルさんに、ベッドを紹介。これで安心して寝られますよ。
「わっ!? なんだこれは! こんな、柔らかなベッドは、初めてです……」
他の者たちも適当なベッドに座ったり横になったりする。髪を三つ編みにした七、八歳ほどの少女がバタバタとベッドの上に寝転び「チクチクしなーい!」と言えば、周囲から笑い声が上がった。うん、とても素敵な笑顔だ。
「何から何まで申し訳ありません、ジン様。住むところから寝床まで用意していただいて。して、このお代はいかほどに?」
「いただけません、というか、ないでしょう。お礼に差し出せるものなんて」
営業スマイルを浮かべて俺は指摘しておく。頼むから、村人の誰かを奴隷みたく差し出すとか言うのはやめてくれよ。俺はあくまでご婦人方が安心して過ごせる場所を作っただけだからな。
「というより、まだこれだけでは不十分でしょう。私にできることは大してありませんが、皆様は村を再建するにしろ、どこかへ移住するにしろ、要り用だと思います」
ということで、ストレージから金貨を50枚ほど取り出す。
「これを村のために使ってください」
「え、いやいや、ジン様!? この期に及んで村のためにお金までいただくなんて、とんでもありません!」
「あー、いえ、ダンジョンでの拾いモノなので、お気になさらずに」
「いえいえ、お気にしますとも!」
「受け取りなさい」
笑みの中に、少々の威圧が混ざる。……遠慮は美徳かもしれないが、女子供がいるんだ、遠慮するな。
フィデルさんはびくりと肩をすくませ、受け取った。実際、生存した人たちのためにもお金はあって困るものでもない。
『ジ~ン?』
ベルさんの魔力念話。
『お前さん、女が絡むと見境ないからな。そういう人助けはほどほどにしておけよ』
くぎを刺されてしまった。
そりゃ、俺は女の子には優しくするよ。俺のことより、困っている女性優先。
『だいたいその金、最後に温存しておいた金だろう?』
『いや、ちゃんと残してあるよ。……少しね』
大丈夫、その気になれば稼ぐのなんてわけないからね。こちとらSランク冒険者で、伊達に英雄だったわけじゃないんだからな。
・ ・ ・
食糧確保のオオカミたちが四本角の鹿を仕留めてきた。さっそく村人が解体して、当面の肉を確保した。
備蓄こそないが、森に入れば果物などがあるから、しばらくは大丈夫だろうというフィデルさんの話だった。
村人たちに活気が少しずつ見え始めた頃、俺はひとりの女性に気づいた。
手当てした中にいた、確か、反乱軍の襲撃の際、新婚だった旦那を殺され、自身も目を失った女性だ。ついでに連中に暴行された。
名前はオリーさん。避難所に運ばれはしたが、誰もそばに寄ろうとしない。だから俺は声をかけることにした。
「こんにちは奥さん。先ほどあなたを手当てしたジンです」
「あぁ、魔術師様ですね」
目が見えないせいで、オリーさんは俺のほうを見ていなかった。声に覇気がなく、心身共に疲れ果てているのがわかる。
「何か、必要なものはありますか?」
水とか食料を取りましょうか、と提案する。しかし彼女は首を横に振った。
「いいのです。私に構わなくても……」
か細いその声。活力を失っているように思えて、俺は胸の奥が苦しくなってくる。
「いえいえ構いますとも。放っておくわけにはいかない。あなたの悲しみを癒やしてあげることはできませんが、何か、俺にできることはありますか?」
「お気持ちは嬉しいのですが、おそらく魔術師様でも不可能でございましょう」
「何です? 言ってみてください」
彼女の言うとおり無理かもしれないが、聞いてみないとわからない。オリーさんはしばし躊躇い、やがて重い口を開いた。
「……反乱軍に夫の宝物を持っていった男がいるのです」
反乱軍――自分で聞いておいて何だが、嫌な予感。
「傭兵で、確かコラムと呼ばれていました。その男を殺して、形見の品を持ってきていただけますか……?」
復讐か。それで殺された旦那は帰ってこないが、そんなことを言うのは野暮というものだ。俺はそっと、オリーさんの手を握る。
「わかりました。コラムという傭兵ですね。その依頼、果たしましょう」
目の前の被害者に同情しているのだ。ああ、安い同情だ。甘い人間だと言われても構わない。なにより、こんな若くて綺麗な女性の幸せを奪った悪党を野放しにはしておけない。そうだろう?
・ ・ ・
俺は避難所を出ると、フィデルさんに反乱軍の話を聞いた。
「危ないですよ、ジン様! 奴らとは関わらない方がいい」
「まあ、好き好んで関わりたいとは思いませんが、ご心配なく、荒事には慣れてますから」
「……」
「そうだ、ちょっとあの廃屋に、魔法陣を置いておくので、村人には近づかないように言ってくれますか?」
「魔法陣、ですか……? ええ、わかりました。それくらいお安いご用です」
首をかしげながらもフィデルさんは同意してくれた。これまでの行為から信用されたのだと思う。
「では、ちょっと行ってきます」
俺はフィデルさんや村人数人の見送りを受けつつ、魔法車に乗り込んだ。
「行くのか?」
ベルさんの問いに、俺は頷いた。
「俺が女性の頼みをどうするか、知ってるだろう?」
「やれやれ。面倒はご免だぞ……」
ベルさんは専用席で丸くなった。
「お前のことは知ってたけどさ。相変わらずのんびりできない奴だなぁ」
「退屈はしないだろう、ベルさん?」
「……」
ベルさんは尻尾だけ振って答えた。
ブクマ、感想などお待ちしております。