第389話、トキトモ工房製ライフル
魔法甲冑についてをまとめる。
エルフの職人ガエアは、同甲冑をあくまで高速移動能力を持たせたプレートアーマーと考えていた。
一方のジャルジーは、ただの突撃重騎士としてではなく、もう一段階上の、武術大会で暴れまわったマッドハンターのような戦闘力を持った兵器として魔法甲冑を求めた。
それが一号型魔法甲冑に対する両者の反応の違いだ。
うちの軍事顧問であるリアナは、ジャルジーが求めているものを指摘した。
一段上の戦闘兵器――つまり、重騎士でさえ単独では圧倒的不利な魔獣と互角以上に渡り合える性能を求めている、と。
要するに――
「オーガと一騎討ちできるようにしたい、ということだな」
「そういうことでしたか……」
ガエアは顎に手を当て考える。
「承知しました。必要な能力を割り出し、素材や構成を考え直してみます」
「よろしく頼む」
意思の疎通って大事だね、ほんと。
結果的にガエアの仕事を増やしてしまったようで、少々複雑な気分だ。
「何か悪いな、ほんと」
「いえ、ジン師匠。公爵閣下が何を求めている理解できたので、難しくはありますが、挑戦していきたいと思います」
オーガ相手とは我ながら大きなことを言ったな。だいたい高さが2メートルから3メートルほどの巨躯を持ち、その腕力は木すらなぎ倒す。一般的なプレートアーマーですら一撃で潰すような相手を想定とか、うーん……。いっそ近接戦は捨てたほうがよくないか、とも思った。
あと、リアナよ。君は例えに角猪を挙げたが、そんなに鉄馬をスクラップにされたことを恨んでいたのか。
ともあれ、俺たちは、その後ようやく、ドワーフの武器職人であるノークに会えた。
当の低身長ドワーフは、粗末な椅子に腰掛け、煙草を吸って休憩中だった。
「おぉ、ジン師匠、ようこそ」
うん、あなたも俺を師匠と呼ぶのね。特に何かを教えたつもりはないんだけどな。
「こんな工場へ来られたということは、武器を――ゲェ! リアナ、さん……」
俺の後ろにいたリアナに気づき、ノークはパイプを落としそうになる。相当、苦手意識があるようだ。いったいライフルを作らせる時に何をやったんだ、リアナは。
「そうだ、あなたに武器の相談に来たんだ」
俺はさっさとこちらの用件を伝える。
「リアナの持っているマークスマンライフルはあなたがこしらえたそうだね。実に見事な仕上がりだ。実弾系ライフルを作ってしまったあなたの技術には敬服する。ついては、銃身の中にライフリングを彫ったようだが、その技法を伝授してもらえないだろうか?」
「あ、あの溝ですか」
ポカンとした表情で俺を見る髭ドワーフ。……そんなに意外だろうか?
ちなみに、ライフリングとはライフルの銃身の内側に掘られた溝である。銃身内の溝は発射される弾に旋回運動を与え、直進性を高める。これがあるのとないのとでは、銃弾の命中精度に大きな差が出るのだ。
銃といえば狙って撃てば当たるイメージだが、ライフリングがない頃のマスケット(銃)の命中率はそれはそれはひどいものだったと悪評が残っている。
「もちろん、タダで職人の技をもらうわけにはいかない。取り引きとして、俺が知っている中で、何か欲しい技術やモノがあればそれを提供しようと思っている」
どうだろうか、と水を向ければ、ノークは少し考えたあと、頷きを返した。
・ ・ ・
鋼材加工はドワーフのお家芸と言える。
何せ彼らは、人間ではその精練や加工でさえ困難なミスリル銀や、その他魔法金属を扱うことができる。手先は器用で、物作りが得意。
リアナから銃について教えられ、ライフリングや銃弾についての話を聞いて、ものを作り出す程度には器用といえる。まあ、それは武器職人としてノークのスキルが高かった証明でもあるのだが。
俺はノークから、彼の作れる実弾系ライフル、銃身とその内側のライフリング、機関部――レシーバーとボルトの作り方と加工を見学させてもらった。その様子は、コピーコアカメラで撮影した。
実際のところ、銃の構造についてはリアナが把握しているので、ある程度わかれば独自に再現が可能になるだろう。
シェイプシフターとダンジョンコアの協力を得られれば、製造用の道具も含めて準備できると思う。
さて、こちらからのお返しだが、ノークは俺が撮影に使っていたカメラに興味を持ったので、彼用に一台を進呈。映像媒体に残すなり、写真にするなりで専用の魔石や魔力紙が必要になるが、それらは一定量を無料で譲り、それ以上は格安で渡すことになった。
この他に青藍型のバトルゴーレムを一体、作ってもらえないかと頼まれた。コアについてはその製法を含めて明かせない部分があると俺は言ったが、ノークは構わないと言う。
というのも現状の魔法甲冑が、青藍とサイズがさほど変わらないので、専用武器を作る際のバランスをみるのに、ちょうどいいと考えたようだった。
それにすでに完成しているゴーレムなら、ガエアが魔法甲冑製作に手間取っている間にも、武器の実地試験が行えるし、とも。
技術について、特に俺から渡していないのだが、それでいいのかと聞いたら、必要な時に相談に乗っていただければ、とノークは答えた。
武器職人として、自分の思うようにやってみたい、ということなのだろうと理解する。
用件を済ませ、俺たちはウィリディスに帰還。サフィロとシェイプシフターたちを巻き込んで、実体系武器の設計、開発を開始した。
ところがここで、サフィロとシェイプシフターはわけのわからない方法を編み出して、バレル内にライフリングを刻むことに成功した。
まずシェイプシフターが溝付きの芯に変形。そのまわりを、サフィロが魔力生成で金属の筒を作り、覆ってしまうのだ。
これにより中の芯に沿って、バレルの内側に浅い溝――ライフリングが付く。
その後、シェイプシフターは内径よりさらに細くなって、外へ出ることで、バレルが完成すると言う仕組みだ。変幻自在に形を変えるシェイプシフターならではの技である。
ノークにライフリングの刻み方を見せてもらったが、あれは何だったんだろうかと思えるほど、シンプルに実弾銃用の銃身が出来てしまった。まあ、撮影した記録もあったからライフリング用の溝も作れたわけで、まったく無駄だったわけではない。
同様に、実弾を撃ち出すための銃の機関部、その他パーツも図から書き起こし、魔力を引き換えに魔力生成で製造。組み立てが行われた。銃弾もすでにリアナが使っているマークスマンライフル用の銃弾を、サフィロが解析し必要なものを魔力生成で量産した。
先端の弾丸、発射薬を入れる薬莢、雷管をひとつにすることでライフル弾は出来ている。これは俺の世界にいた頃のそれと変わらない。
魔力と引き換えに出来上がる銃とその他部品類を見やり、普段淡白なリアナでさえ、少々呆れを含んだ表情を浮かべた。
「ノークに作らせたものが、こうも簡単にできてしまうなんて」
弾薬ひとつをとっても結構なお金がかかっていたらしい。まあ、あのドワーフが作るのがこの世界で唯一かもしれないから、そうなるのも無理はないがね。
「これなら存分に撃ちまくれる」
そう言ったリアナは、さっそく生産されたテストモデルの一号ライフルを使って試射を行った。
中のライフリングの具合や、空薬莢の排出位置、機関部の調子、射撃精度や反動など、あらゆる項目をチェックし、改良を重ねていった。
泥水の中に銃を放り込むのはどうかと思うが、これも彼女曰くテスト項目だった。汚れたら使えない銃は実戦では役に立たない――これテストに出るぞ。
あまりにも撃ちまくるものだから、気になった王族まで見に来る始末で、専用の防音室をこしらえる羽目になったが、結果的に実弾系ライフルは早期に実用化までこぎつけた。
トキトモ工房製突撃銃、モデル1。TM-1アサルトライフルの完成である。
なお、リアナの提言により突撃銃のみならず、実弾系機関銃、ショットガンの開発も進められた。
TM-1AR:アメリカ軍のM4カービンに似た外観。装弾数は30発。




