第385話、旧友
「はじめまして――ではありませんね、ジン・アミウール君」
その言葉を受けて、俺は相手の姿をまじまじと見つめた。
黒いローブ姿。頭髪が薄くなりつつある五十代半ば。マスターの称号を持つ魔術師。
「ダスカ氏もお変わりないようで」
俺が答えると、肩に乗っていたベルさんが口を開いた。
「久しぶりだな、ダスカ・ロス。つか、お前、もっさり髭はどうした? 見違えたぜ?」
「あれから髭は剃りました。ベルさんはお変わりないようで」
「ああ、ピンピンしてるよ」
「元気すぎて困る」
苦笑して近づく俺。ひとりユナは状況についていけないようだった。
「いま、俺はジン・トキトモを名乗っている。アミウールの名前を出すのは如何なものかと思うのだが?」
「あなたが名を変えた事情はお察しますが、そこのユナはあなたの正体を知っていると思っていましたから。……まずかったですか?」
「幸い、少し前に俺がジン・アミウールだったことは明かした」
俺はダスカ氏と握手を交わした。
英雄魔術師ジン・アミウール全盛期だった頃の、旅の仲間のひとりが、このダスカ・ロスである。俺が連合国から離脱して以来の再会である。
「姿は変えたんだがな、なんでわかったんだ?」
「懐かしい魔力波動を感じました。会う前に聞いたあなたにまつわる話を総合的に考え合わせると、あなたしかいないと思いまして――しかし、その姿、どうやったんですか?」
談笑しながら、適当な椅子に腰掛ける。
すみません、とダスカ氏は目に浮かんでいた涙を拭う。ベルさんが目敏く言った。
「おいおい、泣いているのかよ?」
「この歳になると涙腺が緩みやすくて。またこうしてジン君やベルさんに会えるなんて」
「そこまで嬉しかったのか?」
「そりゃあもう、友人が生きていたことがわかり、嬉しいに決まっているじゃありませんか!」
まあ、俺も戦友である彼の無事な姿をみて、ホッとしているところはある。
軽い挨拶のような会話の後、ダスカ氏は表情を引き締めた。
「連合国首脳陣があなたを暗殺しようとした、というのは事実なのですか?」
「それを知っているから、ここに来たのではないのか?」
「いえ、ヴェリラルドに戻ってきたのは、ここが私の故郷ですから」
そういえば、ダスカ氏はこのヴェリラルド王国出身だったことを思い出した。俺やベルさんが連合国を離れた後ここを目指したのは、彼から話を聞いていたからだったりする。
「連合国と大帝国の戦争に疲れてしまった、というのもありますが。……まさか、死んだといわれていたあなた方と再会できるとは思っていませんでした」
「疲れてしまったか……」
思わず呟いた言葉に、ベルさんが自身のひげに触れながら言った。
「わかるぜ、その気持ちは」
「正直に言うと、身の危険を感じたからというのもあります」
ダスカ氏は俺を真っ直ぐに見つめた。
「ジン・アミウールは死んだ――そう聞かされた時は、私はショックを隠せなかった。よりはっきり言えば信じられなかった。だからあなたの死の状況を調べていくうちに、連合国の上層部があなたを排除しようとしたのではと思うようになりました」
「それで?」
「私は、あなたを最後に見たと言う騎士隊長ルード・ペザー氏に直接面会しました。彼はあなたは間違いなく死んだと言った……」
「ルードは元気にしていたかい?」
連合国で戦った頃、ルード・ペザーにはお世話になった。いかつい四十代のおっさん騎士で、くそ真面目な堅物だった。だが嫌味なところもなく、とにかく真面目で、関係は悪くなかった。
「辺境の警備隊に左遷されていました。あなたを守れなかったせいと巷では言われてしましたが……。私が彼に面会した二日後、事故で死んだと伝え聞きました」
「死んだ? ルードが……?」
俺は思わず席を立ちかけ、すぐに腰を落とした。そうか、死んだのか彼は。
あの堅物騎士は、連合国の裏切りを告げ、俺を殺さなければならないと泣きながら言った。そして俺は死んだものとして、連合国を脱出した。ルードはその後も、俺の死を公言することで、逃がしたことを黙っていたのだな。
「ルードが死んだのは……」
「あなたの死の真相を探ろうとしていたのを好ましく思わない者が、彼の口をふさいだのかもしれません」
ダスカ氏は肩を落とした。
「私のせいだと思います」
「それで、あなたは自身にも敵の手が伸びる危険を察知して、連合国を離れたと」
「そうです。あのまま留まったら、おそらく真相を知る者たちから狙われたでしょう」
ダスカ氏は静かな、しかしはっきりした口調で言った。
「大帝国との戦争で切羽詰ってきていたとはいえ、あなたを密かに葬ろうとしたことが表沙汰になれば、この劣勢の事態を誰が招いたのか――事は連合国全体にまで影響を及ぼすことになる。そしておそらく連合国の命運はそこで尽きたでしょうから」
「そんなに戦況はよくないのか?」
「ええ、今年の春以降、つまり、あなたが離脱して以後、連合国は連戦連敗。大帝国は魔導兵器を投入して陸戦で連合国軍を撃破。また最近では、飛行する船で空中艦隊を編成して、連合国は文字通り手も足も出ないありさまです」
「空中、艦隊……!」
飛行する船、だと――!? 大帝国は空の兵器を手に入れたのか。俺は背筋が凍るような思いに囚われた。
戦闘機や戦闘ヘリを用意し、制空権を握った上での攻撃を思い描いていた俺だが、大帝国に航空戦力があるというのは想定外だった。
「グリフォンや飛竜を飼いならす程度しか考えていなかったが、まさか空中艦隊とは」
使用している武器や性能については何とも言えないが、現状に胡坐をかいているわけにもいかなくなったな。
「そいつはどの程度のものなんだ?」
ベルさんが立ち上がった。
「オレ様のドラケンで相手できるやつか?」
「ドラケン……?」
「ベルさん、ダスカ氏は知らないんだ」
俺たちが戦闘機を保有していることを。そもそも、戦闘機が何なのかすら知らない。
「ダスカ氏、あなたは大帝国の飛行する船の実物はみたことがあるかい?」
「ええ、二度ほど。といっても遠くから見た程度ですが」
「なら、ぜひともそれについて話をしてほしい。実は、俺たちも大帝国が攻めてきたときのために戦力を準備していたんだが、対抗可能かどうか知りたいんでね」
「もしや、ベルさんの言っていたドラケンとやらは、飛行する武器か何かですか?」
ダスカ氏が目を見開いた。俺は片目を閉じ、かつての戦友である魔術師を見た。
「それも含めて話がしたい。ただ、戦争に疲れたというあなたのことだ。深入りしたくなければそう言ってくれ。そう遠くない未来に、俺たちは大帝国とぶつかる」
「私の力が貸せるのであれば、どうぞ使ってください」
ダスカ氏は腰を上げると、俺に頭を下げた。
「かつての戦友であるあなたやベルさんが戦場に赴くのであれば、私も喜んでお供しますとも。それに、この国は私の故郷ですから」




