第36話、魔銀鉱山
四脚型ゴーレムが牽く馬車……いや、馬じゃないからゴーレム車か。ゴ車?
語呂が悪いのはともかく、サスペンション装備に、車輪もゴムタイヤもどきで補強してあるため、思ったより快調に平原を走った。
揺れがないわけではないのは、地面がでこぼこしているから。舗装された道路や街道をぜひ走ってみたかった。
とはいえ、ゴーレム自体が歩くと足跡を刻むため、車体がズレるとその足跡を踏んで揺れるという俺にとっては予想外の事態も発生した。おかげで全力疾走は諦めた。生身の動物ではないゴーレムなので、どれくらい飛ばせるか期待していたのだが……。
王都が見える位置まで走った後、人の目を気にして、ゴーレム車をストレージに収容。何食わぬ顔で王都内に戻ると、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに顔を出すと、トゥルペさんから、ダンジョン系依頼のソロ受注が解禁されたことを教えられた。
「あれから冒険者狩りが出たという話もありませんし、犯人と思われる不審者の目撃も報告されていませんから」
「結局、あの冒険者殺人は何だったんだろうな?」
俺は小首をひねり、ベルさんと顔を見合わせる。トゥルペさんも「そうですねぇ」と苦笑いしていた。
何でもダンジョン系のソロ受注解禁を求める冒険者たちは多かったという。俺みたいなソロより、パーティーを組んでる奴のほうが一般的かと思っていたのだが、案外ソロで活動している奴も多いらしい。
トゥルペさん曰く、報酬の低い依頼が多い低ランク冒険者たちが、自分の取り分を増やすためにソロで動くことが多いのだとか。……先日のホデルバボサ団の連中にも言えるが、人数が多いと取り分が分配されるので、個人での稼ぎはあまりよくないのだ。
なお、本当なら徒党を組むべき低ランク冒険者たちがソロで動くのは、冒険者狩りの餌食になるだけでは、と危惧する声がギルドではあるらしい。
「ジンさんは大丈夫だと思うのですが、ソロ解禁になったのは決して安全になったというわけではなくて、冒険者狩りなんて現れた時は自己責任だから、という意味合いが強いみたいですよ」
ソロ受注解禁を、と叫んだ冒険者たちへの声を汲んだのだから、何かあってもギルドは知らないからね、ということだろう。……割とお優しいギルドなんだな、王都ギルドってのは。他所だと、お前ら勝手に受けて、勝手に死ね、みたいなところもあった。当方は一切責任がありません、とか何とか。
「それはそうと、何か話題になっていることはある?」
聞いてみれば、トゥルペさんは手元の書類をペラペラとめくる。
「そうですねぇ……。あ、そういえば大空洞ダンジョンで、ミスリル銀が大量に含まれる『鉱山』エリアが発見されたそうですよ」
「……本当か?」
ミスリル銀――魔力を含んだ魔法鉱物。それ自体が硬く、軽い。ミスリル銀で作られた武具は大変高価な代物で、冒険者や騎士などにとっては一種の憧れを抱かせる。魔力に干渉する効果からか、不死者に強い力を発揮するとも言う。
「それは、皆、群がりそうだね」
加工前のミスリル鉱石でさえ、そこそこの値がつく。低ランク冒険者が一攫千金を狙って鉱山エリアに向かう、というのは想像に難くない。
トゥルペさんは首を横に振った。
「誰でも行けるところならよかったのですが、大空洞内でも、上級冒険者向けの危険階層を越えないとたどり着けないところにあるんです」
ビルド系の職業から、ミスリル採掘依頼が出始めているが、用意された報酬があまり高くないために、正直微妙なものになりそうらしい。
危険を冒す分、冒険者は高い報酬金を期待する。だが、依頼側は予算とミスリルから得られるだろう売り上げを秤にかけて、ある程度の利益を得なくてならない。採集依頼の報酬を高額にしたせいで、赤字になるようでは意味がないのだ。
せっかくミスリル銀が掘れるのに。もったいないことだ。これはあれかな。ギルドに依頼を通さずに、直接掘ったものを持ち込んで買ってもらったほうがお互いに得かもしれない。
「ちなみに、その発見されたミスリル鉱山は、大空洞のどのあたり?」
俺は大空洞の地図を出しながら問う。トゥルペさんは目を丸くする。
「……十三階層って聞いてますけど、何ですかジンさん。この地図は!」
「マッピングは基本でしょ」
「なんで、ちゃっかりその十三階層の地図が出てくるんですか。ってまだ他の階層の地図持ってますね? いったいどこまで入ったんですか大空洞」
「企業秘密」
DCロッドでズルしました。実際に歩いていないところの地図だってあるよ。……とはもちろん言えない。
「それ、売ったらいい値がつくんじゃないですか?」
トゥルペさんが、どこか引いていた。
「結構、精巧な地図みたいですし、上司に話したら買いたいって言うかも」
「じゃあ、内緒で」
「……わかりました。ここでのことは、私の中で留めておきます」
「ありがとう、トゥルペさん」
そのあと、ちゃんとミスリル鉱山の大体の場所――トゥルペさんは直接行ったことがないから地図を見せられても、おおよそしかわからなかった――を教えてもらった俺とベルさんは、早速、大空洞へと向かった。
・ ・ ・
やっぱり危険なのは十三階層に行く途中にある第十階層が、通称『ジャングルエリア』だからではなかろうか。
人食い植物や昆虫が跋扈するジャングルと形容してもよい深い自然地帯。……ここ、地下ダンジョンなんだけどなぁ……。
逆に何でもありなところが、ダンジョンコアを有しているダンジョンと言えるかもしれない。深く考えても無駄だろう。世の中にはわからないことのほうが多いのだ。
「誰か、ここを焼き払おうとか考えないものかね」
思わず愚痴がこぼれる。圧倒的な緑色の中から、突如、巨大な口を持つ食人植物が伸びてくる。その名もズバリ、マンイーター。人喰いだ。その口の大きさは、一口で人間の上半身を咥えこむほどだ。
「インビジブル・ウォール」
見えない壁が、俺に向かってくるマンイーターに正面からぶつかり、弾き飛ばす。何が起きたかわからないまま、逸れていく食人植物。その先には頭蓋骨を模した面貌の兜をした暗黒騎士、ベルさん。
デスブリンガーが一閃すれば、マンイーターは体液をぶちまけながら、真っ二つになった。
「どうだろうな。このあたりの植物は少し焼き払った程度では、またすぐに息を吹き返すかもしれん。なにせダンジョンだからな」
ベルさんは、大剣についた体液を振り払う。いつもの猫姿ではないのは、このジャングルエリアの敵に備えてだ。小動物は、ここで真っ先に狙われる。間違っても猫や犬を連れてくるな。やられるぞっと。
「ああ、ファイアーウォールしてぇ……」
突っ込んでくる敵が勝手に燃え上がる防御魔法であるが、周囲の植物に引火しての大火事は、自滅するだけなので自重である。
「ところで、ジン。このまま真っ直ぐでいいのか?」
「ああ。もう少ししたら、氷結エリアだ。ミスリル鉱山は、その先らしい」
地図で確認しつつ、洞窟内のジャングル草を踏みしめる。天井が高い。蔦がいっぱい垂れ下がっているせいで、木はなくても森の中にいる気分だ。
「おや、これはひょっとしてマンドレイクか」
扇状に葉を茂らせ、紫色の花を咲かせているそれに、俺は見覚えがあった。ヤバイのも含めてさまざまな薬の材料になる。引っこ抜くと聞いたものを即死させる悲鳴を上げるとかそんな伝説があるが……。
「おい、ジン、そいつを抜くつもりか?」
「せっかく来たんだ。お金になりそうなモノは持っていくさ」
おっと、沈黙の魔法を展開。マンドレイク周囲の大気の震動を遮断。根元を掴み、土に埋まっている本体を抜く!
引き抜かれたマンドレイクが震える。何もしないと、聞く者をせいぜい気絶させる程度の大音響を発するが、音の伝達を遮断してしまえばいいのだ。
しばらく悶えるように震えていたマンドレイクは、やがて動きが止まった。悲鳴じみた音も止まった証拠である。……収穫収穫。
「ジン、ちょっと厄介な奴らの登場だ。頼めるか?」
ベルさんの声。見れば、暗黒騎士の向こう側に、体長50センチほどの馬鹿でかいハチ――キラービーの集団。
きもいし、いちいち相手するのも面倒な昆虫型。あれで結構、硬いうえに、例によって毒針を持っている。
「オーケー、ベルさん。こっちへ下がってこい。……サンダーバインド!」
電撃を網状に放つ。大型の魔獣の動きを電撃で止める魔法だが、キラービー程度の大きさのモンスターなら、その身体を焼いて殺す程度の威力にすることもできる。一個一個狙うと面倒なら、まとめて捕まえればいい。
電撃網の魔法に引っかかった殺人ハチの集団はたちまち焼け焦げて死骸となった。
キラービーが比較的群れて飛んできたということは、近くに巣があるのかもしれない。……うーん、あまり近づきたくないな。ちょっと想像してほしいが、体長50センチものハチが大挙しているような巣がどんな大きさで、どういうことになっているかを。
「……先を急ごうか」
俺とベルさんは進んだ。途中、巨大アリだったり芋虫だったりと遭遇したモンスターを片付けて進むことしばし、エリアの境界が変わり、あれほどいっぱいだった蔦などが見えなくなった。
この先が、『氷結エリア』だ。
ファンタジーRPGでの定番、ミスリル銀。
元をたどれば某指輪の物語。




