第35話、意外な来訪者
王都冒険者ギルドを珍しい客が訪れた。
プレートメイルに、近衛を現す青いサーコート。腰に下げた剣は、どう見ても騎士、それも近衛の人間である。
長い赤い髪の、凛とした顔つきの女性騎士は、油断なく視線をギルド一階フロアにめぐらせた後、迷うことなく窓口へとやってきた。
対応したのはトゥルペだった。
「王国近衛騎士、オリビア・スタッバーンだ。王室より、ある人物を探すよう命じられた。速やかに責任者に取り次いでもらいたい」
「は、はい! ただいま」
トゥルペは席を立つと、直属の上司である副ギルド長のラスィアか、ヴォード冒険者ギルド長を探しに行く。ラスィアに報告するのが一番だが、ギルド長を見かけたらそちらでもいいと思っている。
ヴェリラルド王国の王族を守護する近衛隊が、わざわざ騎士を送るということは、それ相応の重要案件だろう。少なくとも、一窓口スタッフであるトゥルペが、軽々しく案件内容を聞いていいものではない可能性が大である。
王都冒険者ギルドの長、ヴォードは現在王都にいる冒険者の中で唯一のSランクだった。ドラゴンスレイヤー――竜殺しの称号を持つ凄腕。クラスはへヴィナイト。重装備に身を固め、両手持ちの大剣で敵を一撃のもとに切り裂く。重攻撃・重防御型職に就いている。
副ギルド長のラスィアから、近衛から面会を求められていると聞いたヴォードは、ギルド奥の執務室に、騎士を通すように命じた。
今年、44歳になるヴォードは筋肉逞しい大男であり、それが執務室の席についているだけでも、見る者に凄まじい威圧感を与える。……強面だが、根は優しいと評判でもある。
オリビア・スタッバーンと名乗った近衛騎士は、二十代半ばの女性だ。何とも武人然とした顔立ちで、その所作も根っからの戦士だろうことが窺えた。
もうひと回り自分が若ければ、腕試しを挑んだだろう、とヴォードは目の前の女性騎士に思った。
「――天下のドラゴンスレイヤー、ヴォード殿とは個人的にもお話をしたいと思っているのですが、今回は我らが主、アーリィー王子殿下の遣いゆえ、単刀直入に申します」
何か危険なモンスターでも出たか。あるいは凶悪な犯罪者討伐か――ヴォードは頷いたが、オリビアのそれは、まったくの予想外だった。
「冒険者?」
「ジンという名前で冒険者らしいのですが、名前はそれしかわからないのです」
「人探し、か」
ヴォードは思わず自身の髪をかいた。副ギルド長のラスィアに、冒険者名簿を持ってくるように言えば、ダークエルフの副ギルド長は執務室を一旦退出する。
「その冒険者は何かしたのか?」
「あいにくと、私も事情がのみこめておりません。王子殿下が、そのジンという冒険者を探して、会いたいとおっしゃられておりまして」
「その口ぶりでは、何か殿下に無礼を働いたとか、それらの類ではなさそうだな……」
オリビアは頷く。
そこへ、ラスィア副ギルド長が紙の束をもって戻ってきた。
「わかったか?」
「現在、王都近辺に登録されているジンという名前の冒険者は、五人――」
「五人……」
「なにぶん、ジンだけでは……」
ラスィアはその形のよい眉をひそめた。オリビアが口を開いた。
「殿下のお話では、ここ最近、王都に来た者らしい」
「つい最近と言いますと――」
ラスィアは名簿へ視線を落とす。
「ジン・トキトモという東方人がいます。クラスはマジシャン。ランクは……つい先日Eランクになったばかりの新人です」
「それは違うな。王子殿下曰く、凄腕の魔術師という話だ。そんな低ランクの冒険者ではない」
「そうなりますと……申し訳ありませんが、該当する者はいませんね」
ラスィアが眉をひそめれば、オリビアは唸った。
「このギルドに来ていない、ということか……」
無駄足だったか――赤毛の女性騎士は席を立った。
「ヴォード殿、お騒がせしました。他所を当たってみることにしますが、もしジンという凄腕の冒険者が現れたり、話題でもあれば、報せていただきたい」
「承った」
ヴォードは頷いた。ちら、と褐色肌の副ギルド長を見やる。
「ギルドの職員にも伝えておけ。それらしい冒険者を見たら、知らせるようにと」
「かしこまりました」
・ ・ ・
俺とベルさんは、狼狩りをしたり、ボスケ大森林地帯に行ったりしながら、日々を過ごしていた。
日銭を稼ぎ、素材を獲得しつつ、先日拾った馬車の改修作業をコツコツとやっている。そのボスケ森林地帯に出向いて。ここなら、DCロッドや合成魔法を使っても目撃される危険性がほとんどないからね。
まあ、本当は魔法車のほうをどうにかしたいんだけど、コアとなるエンジン用の魔石が手に入っていないのでね。他の魔力伝達線などの製作は、細々と実施中ではある。
さて馬車の改修作業は、まず折れた車軸を、鉄製に交換。客車部分の床はストレージに溜め込んでいた木材を加工して張り替えた。
地面からの衝撃を抑えるためのサスペンションは、DCロッドからスライム床素材を出して、緩衝材として設置。
補足しておくと、このスライムは、ダンジョントラップの一種であり、床や壁に設置して使う。例えば脚を止めたり、クッションのように使ったり、または触れるものを跳ね飛ばしたりと用途はさまざまである。なお生き物ではない。
この世界では、どう考えても舗装された道以外を走る機会のほうが圧倒的に多い。それゆえ長時間乗るのであれば、揺れや地面のおうとつ対策は必要だ。……馬車というのは、案外乗り心地がよくないのだ。
「車輪にも細工しておくか」
馬車の四つの車輪に、魔法車のタイヤにも使ったゴムのようなものを想像魔法で作り出し貼り付けた。車輪を保護し、同時に幅を増やすことで安定性を増す。
「とりあえず、これで走れるようになったか……?」
「まあ、足回りさえできてりゃ、上はボロでも走るっしょ」
ベルさんが、どこか適当な調子で言った。
「それで、こいつを牽く馬は?」
「実は迷ってるんだ」
俺は、DCロッドで自身の右肩をポンポンと叩く。
「馬でもいいんだけど、こう、フェンリルっぽい狼みたいなのに牽かせるってのもありだと思うんだ」
「おう、狼か。強そうだな」
「あとは、ゴーレムとかもいいかなと」
「ゴーレムに牽かせる……そいつは思いつかなかった」
ベルさんはわざとらしく言った。
「確かに召喚生物と違って、ゴーレムなら魔力さえ供給できれば疲れ知らずだ。……傍から見ると車じゃなくて、人力車っぽいが」
二足歩行の巨人じみたゴーレムが馬車を牽く光景……確かに、人力車っぽいな。いや、そうじゃなくてだな――
「ベルさん、ゴーレムって人型だけだと思ってない?」
「ん? 違うのか?」
「コアとなる部分と、身体を構成する素材があれば、形は自由だと思うんだ。人型でなくても、四足の魔獣型とか。……イメージできるならどんな形でも」
やってみようか――俺は革のカバンから、適当な魔石を取り出す。
赤い魔石。以前、エスピオ火山で倒した魔獣から拾ったやつだ。まあ、ゴーレムのコアとなる魔力源になれば、何でもいい。
周囲の土を魔法で持ち上げ、魔石の周りに配置。俺は頭の中で、作り出すゴーレムの形を想像する。
四脚、トカゲ型……いや、頭と尻尾はいらないか。
「クリエイト!」
青白い光が、魔石と土塊の周りに円を作り、俺の想像を形に変える。見えない手で組み上げられていく土塊は、やがて、胴体と脚が四本生えただけの、異形となった。
ベルさんは小首をかしげる。
「ゴーレムか、これ?」
「ゴーレムだよ。これ」
俺は答えると、さっそく異形の四足ゴーレムを貨車と繋げた。
「ようし、ベルさん、試し乗りだ。これで王都まで行こうぜ」
ゴーレムとはいったい……。




