第34話、王子様の憂鬱
序盤はアーリィー視点の三人称になります。
王都東地区の一角に、アクティス魔法騎士学校がある。
ヴェリラルド王国における魔法騎士養成学校。貴族や魔法使いの子女が多く在籍し、魔法騎士になるべく勉学、修練を重ねる場所だ。
魔法騎士とは、魔法を操るのみならず、剣技などの武術にも長けた戦士、いや騎士だ。より高度な魔術を身に付けた魔法騎士は、距離を問わず戦うことができる万能のクラスであり、通常の騎士よりも上位に位置し、待遇もよい。
魔法騎士というだけで、エリートとして見られ、また箔が付く。ゆえに貴族は自身の子らをこぞって魔法騎士学校に送り込む。もちろん、貴族以外にも魔法使いの弟子や、魔法に才が見られる者も在籍する。
だが、実際のところ、真に魔法騎士としての実力を持って卒業する者は多くはない。エリート待遇に目がくらんだ貴族生たちには魔法の才能に疑問符がつく者が多く、また自らの優位を作り出すために一般生を蹴落とす傾向にあるために、本当に才能のある者が学校を追い出されるという本末転倒な事例も見られたのである。
アーリィー・ヴェリラルド王子は、このアクティス校の魔法騎士生だ。ヴェリラルド王国の王位継承権第一位。涼やかな美形の王子は、中性的でどこか女性のような印象を与える。
が、実際のところは、女である。王子だが、本当は王女であるはずなのに、家庭の事情で王子を演じている。
魔法騎士学校内にある、王族専用寮の一室に、アーリィーはいた。
窓側に寄せた椅子にすわり、外を眺めてはため息がこぼれる。温かな日差しが差し込み、快晴の空が広がっていても、王子は退屈そのものといった表情。
遠くから、騎士生たちの掛け声が聞こえる。いまは授業中であるが、アーリィーは休んでいる。
サボっている。サボタージュ。いや、引きこもっているというのが正しい。
先日、王都に迫る反乱軍を迎撃するために編成された討伐軍の指揮官に任命されたアーリィーだったが、肝心の戦いは討伐軍の完全敗北に終わった。一度は反乱軍に捕らえられたアーリィーだったが、旅の冒険者ジンと、黒猫のベルさんによって救われ、王都に帰還した。
「ジン……ベルさん。今頃、どうしているかなぁ」
何度目かわからないため息がこぼれる。
この魔法騎士学校まで送ってくれた黒髪の魔法使いの少年と黒猫は、突然、アーリィーの前から姿を消した。
本当はお礼もしたかったし、もう少し一緒にいたかったが、忽然といなくなってしまった。まるで初めから存在していなかったかのように。
――いや、確かに存在していたんだ……。
アーリィーは自室の中、壁際の机の上へ視線を投げる。
そこには黄色い塗装のクロスボウ――エアバレットが置かれている。さらに視線を少し上げれば、壁にかけられた一振りの剣――ライトニングソードがある。
ジンが、ボスケ森林地帯を抜けるにあたり、アーリィーに貸してくれた武器。魔石の上位、オーブが取り付けられた魔法武器は、高名な魔法技師が製作に携わったものに違いない。そんな高価なものを二つも貸したまま、いなくなったジンとベルさん。
思い出せば、不思議な人と猫?だった。
近接武器の扱いに長けた魔術師。反乱軍を一掃した大魔法。そして……そして――!
思い出しただけで、アーリィーは顔が真っ赤になった。ジンからは消耗した魔力を回復させるため、と言われたが、あれは、その……あれだ。
顔から湯気が出るかと思うくらい熱く、そして赤くなるアーリィーである。しばらく悶えた後、幾分か気持ちが落ち着いた頃、ぽつり。
「会いたいなぁ」
アーリィーは孤独だった。
王子であるだけでなく、自身が女であることを隠している身の上。心からの友人と呼べる者はなく、アーリィーに王子であることを押し付けている父王もまた、最近とくに関係がよろしくない。
生きて帰ったことで、討伐軍とその後の反乱軍についての報告をしなければならない立場であるアーリィーは、父王と面会。その際、反乱軍に従兄弟であるジャルジー公爵がいたことを告げたが、父はそれはあり得ないといい、まともに取り合ってくれなかった。
実際、その後、国王が、ジャルジー公爵やその家に何かしらの制裁を加えたということもなかった。アーリィーの証言だけでは、証拠不十分と見たのかもしれない。……実の子の言うことも、もう少し耳を傾けてくれてもいいと思う。
扉がノックされた。アーリィーが適当な返事をすれば、扉が開き、初老の執事長ビトレーが入ってきた。
「殿下、お茶の用意ができました」
「ありがとう、ビトレー。……ねえ、ひとつ聞いてほしいお願いがあるんだけど」
「何なりと、殿下」
執事長は頭を下げた。
ここ数日、心の中でくすぶり、口に出そうとしていたこと。今こそ、言ってやる。
「人を探してほしいんだ」
「人、でありますか……」
ビトレー執事長は表情こそ変えなかったが、声には疑問の色。
「ジンという名前の魔法使い。歳はボクと同じくらい。冒険者だって言っていた。この王都にしばらくいると言っていたから、たぶん冒険者ギルドに所属していると思うんだけど――」
「そのジン様をお探しすればよろしいのでしょうか?」
「うん。凄腕の魔法使いで冒険者なんだ!」
アーリィーが言えば、執事長は首をわずかに傾けて。
「殿下を王都までお連れしてきたという方、でしょうか……?」
「ビトレー」
少女王子の顔がにわかに険しくなる。王都へたどり着いた経緯については、冒険者に助けられた、とは言ったが、その素性や行動については、黙秘してきたアーリィーである。
「失礼致しました、殿下。早急に使いを出します。……して、殿下。ジン様を見つけた後は、どのように?」
・ ・ ・
朗らかな天気。吹き抜ける風が心地よかった。
俺とベルさんは、王都より東にあるデュシス村にいた。冒険者ギルドに寄せられた『とある品』を輸送するクエストを受けたためだ。
その品は、箱詰めされており、外から見る限りでは中身がわからない。依頼によれば希少価値のある古い時代の壺らしい。まあ、とにかく派手に揺らすな、乱暴に扱うなという代物だった。
Dランクの依頼……ああ、そうそう、俺、先日ランクがFからEに昇格した。現状、依頼達成率100パーセントだから、案外スムーズな昇格らしい。まあ、E、Fランク依頼で躓いてもいられないが。かくて、Eランクになったので、一つ上のDランクも受けられるというわけだ。
壺の入った箱は革のカバンに入らなかったので、魔法で大荷物用ストレージの入り口を作り、そこに保管。あとは飛行形態になったベルさんの背に乗り、目的地へひとっ飛び。文字通り、簡単なお仕事である。
お届け先であるデュシス村在住の大地主さんは、予定より遙かに早い荷物の到着に驚いていた。中身を確認して間違いなかったらしく、受け取り証書にサインと共に報酬である5000ゲルド、金貨5枚を受け取り、俺たちは帰途についた。
地上を行くより格段に速く、空には脅威が少ない。ワイバーンだってめったに出るものじゃない。空輸のスピードに敵うもの無し。ひょっとしたら運び屋は、俺たちにとっては天職かもしれないと思う。
そういえば、英雄時代に発掘された古代機械文明時代の戦闘機を操縦したことがある。大帝国との戦いで失われてしまったが、独自に作れないものかな……?
と、あれは――
「ベルさん、ベルさん。降りてくれ」
俺は細長く伸びる道の、とある場所を指差す。飛行形態のベルさんが翼を畳み、緩やかに降下した。
平原のど真ん中である。舗装されていない、土がむき出しの道の横に、馬車が一台……いや馬車だったものが捨てられていた。実は来る途中、上から見えて気になっていたんだ。
俺はベルさんの背中から降りると馬車へと歩く。四輪型の荷馬車といったところだ。ただ人や馬の姿はない。馬車自体も右に傾いている。
飛行形態を解き、猫の姿になったベルさんが口を開いた。
「乗り捨てか?」
「たぶん足回りが壊れたんだろうな。……ああ、やっぱり。前輪を繋ぐ車軸が折れてる」
泥濘にはまって動けなくなった可能性も想像したが、車軸が折れていてはさすがに荷物を積んで走れない。修理もできそうにないから放置されたのだろう。俺がじっと馬車の状態を確かめていると、ベルさんが覗き込んでくる。
「なんだ。これ拾うのか?」
「ああ、魔法車はまだしばらく使えないから、代わりのものが欲しいと思っていたんだ。……といっても使うには、修理しないと駄目だけど」
「これの持ち主が取りに来るんじゃね? 修理道具なり、牽引用の馬車なりを持ってきて」
「うーん……それはないな。荷物は全部運び出されているし、それでなくても結構年季が入っているから処分時と見られたかもしれないなぁ、この馬車」
正直、まともに修理とか徹底的なメンテしたら、中古でも買ったほうが安くあがりそうな廃棄秒読みレベルの代物だが。……あくまで普通の手段で手を加えれば、だが。
「とりあえず、確保ということで」
大ストレージを開き、浮遊の魔法を馬車にかけて浮かせると、中へと入れる。入り口を閉じ、俺は振り返る。
「よし、じゃあ帰るか、ベルさん」
車のパーツを手に入れたぞ!




