第33話、雷の余波
一〇〇を超えていたゴブリン集団は、俺の放ったサンダーボルトに恐れをなして逃げた。
気持ちはわかる。ゲームとか雷の魔法って聞くけど、実際の雷って、滅茶苦茶怖いんだよなぁ。
右耳が若干違和感を覚える、間近で雷ぶっ放せば、鼓膜どころか人体の脆い箇所がやられてしまうから、防御魔法も同時展開したが……それでもこれだからな。
「ジン……さん?」
ルングが目をパチパチさせながら起き上がった。
「いまの……なに?」
「雷の魔法だよ。サンダーボルト」
「ま、魔法? 嘘だ……」
声が裏返っている。何故か四つんばいになっているフレシャも顔を上げた。
「こ、ここ、ダンジョンの中なんですけど! か、雷なんて落ちるわけないじゃない!」
「電撃の魔法ってのは聞いたことがあるが……」
ティミットが立ち上がる。まだ片方の耳を押さえている。
「そんなモンじゃないな、いまのは。本物の雷みたいだった」
アンタ、何者だ――シーフの青年は眉をひそめた。
「とてもFランクの魔法使いには思えない。……それにアンタの武器捌きも」
「正真正銘、Fランクだよ」
今はね――俺は淡々と告げた。
「どんな奴でも、ギルドに所属したばかりの時はFランクだろう? どんな能力を持っていても」
「……そう、だな。そのとおりだ」
ティミットは小刻みに頭を縦に振った。俺の言葉で、自身を納得させようとするかのように。
何故かにやにやしているベルさんを肩に乗せつつ、俺はルングを見た。
「ゴブリンが戻ってくる前に、さっさと帰ろう」
「あ、ああ、そうだな」
ルングは広々とした第八階層を見やり、ゴブリンの焼死体しかないそれから、奥の壁に開いた複数の横穴を睨む。
「で、オレたち上から落ちてきたわけだけど……どの横穴が上に通じてるんだ?」
どの横穴が上の階層に繋がっているのか。落とし穴を使った手前、わからない。さっさと帰りたいところだから、別の階層や横道に逸れるわけにはいかない。
俺は革のカバンに手を突っ込み、紙の束を取り出す。ティミットが言った。
「それは?」
「ダンジョンマップ」
「な――!?」
初めてこの『大空洞』に足を踏み入れた時に、DCロッドで走査して把握した内部構造を、地図に起こしてものだ。面倒ではあったが、さすがに人が見ている前で、ダンジョンコアを使った杖を見せるわけにもいかないからね。
「地図なんて持ってたのか!?」
「欲しいのか? まあ、あれば欲しいよな地図。でも高いぞ」
俺は気のない口調でいいつつ、地図と周囲の地形を確認。くるりと反転させて位置関係を合致させた。
「向こうだ」
俺は地図を畳むと、オークスタッフを拾い、さっさと歩き出すのだった。
・ ・ ・
『大空洞』を後にした俺たちとホデルバボサ団が王都についた時、すでに夜になっていた。
「改めて、ジンさん。今日はありがとうございました! おかげでオレたち、誰ひとり欠けることなく帰ってこられました!」
ルングがバッと頭を下げた。あれからずっと、さん付けである。完全に目上の方扱いである。
ラティーユも頭を下げる。
「命拾いしました。ゴブリンに襲われたとき、私、もう駄目かと思って……。このお礼は必ずお返ししたいと思います」
「まあ、皆、無事でよかった」
俺は控えめに応じた。ティミットやフレシャも好意的な視線を向けてくる。ダヴァンは……よくわからないが、コクリと頷きだけくれた。
冒険者ギルドで、依頼の達成と、ラプトルから回収した素材などの買取で報酬を確認。ルングはそれを六等分に分けつつ、割り切れない分を何と俺に渡そうとしてきた。
「あの、少ないっすけど。感謝の気持ちってことで!」
「いいのか?」
「もちろんッス!」
誰も文句は言わなかった。そういえば、ポーションとマジックポーション使ったな。マジックポーション代には足りないが、断ったら彼らがさらに恐縮してしまいそうだから受けておく。……でも、本音を言えば、六等分だとやはり少ない印象だ。
「ジンさん、何か困ったことがあったら、いつでもオレたちに声をかけてください。ぶっちゃけ、力ではジンさんの足元にも及ばないんでアレなんですけど、役に立てることがあれば遠慮なく言ってください!」
別れ際に、ルングは力強くそう言った。……完全に信頼を勝ち得てしまったようだ。まあ、何かあれば、その時は言葉に甘えよう。
宿へ帰る道すがら、俺とベルさんは夜の王都を歩く。
「役に立つことって、何があるかね?」
ベルさんが小首をかしげる。
「実力はまだまだ素人。正直危なっかしい」
「ソロだとダンジョン入れないから、その時に呼ぶ?」
「でもクソナメクジ団の連中と一緒だと移動に時間がかかるだろう? 今日だって、オイラとジンだけなら、丸一日使わなくても行き来できたぜ?」
確かに。移動で時間食ったもんなぁ。俺はしみじみ思う。
魔法車をどうにか修理したいところではあるが、素材がない。こう、集団移動用に馬車でもいいから乗り物を早めに用意しておいたほうがいいかもしれない。
「ところで、ベルさん。気になっていたんだが……」
「なんだ?」
「なんでホデルバボサの連中を、クソナメクジとか言ってるの?」
初見から辛らつだな、と思っていたから覚えていたが、いまも同じことを言ったのでとうとう聞いてみる。
「知らなかったのか、ジン。スペン語で『ホデルバボサ』はクソナメクジって意味なんだよ。ホデルがクソ、バボサがナメクジ」
「なんだって……?」
俺は目を丸くする。
「あいつら、自分でクソナメクジって名乗ってるのか?」
「そういうことになるな。……ただ、意味わかって使ってるのかまでは知らないがな」
「知らずに使ってる……?」
「外国語は、なんか響きがカッコよく感じるものらしいからな」
「ああ、何となく理解した」
外国人が、漢字がカッコいいから刺青にして入れてるとかってテレビで見たことある。意味を知ってか知らずか、日本人からしたら「何でその漢字なの?」と真顔になるようなものとかも。
「ルングは、絶対意味わかってないだろうな。もしわかっていてあの名前なら、センスを疑うね」
なお、英語に直訳したら『シットスラグ』団ということになる。カッコいい……か?
・ ・ ・
自分たちの団が『クソナメクジ』であることを、リーダーのルングは知らなかった。
ジンと『大空洞』に行ってきた翌日、シットスラグ団、もとい、ホデルバボサ団は冒険者ギルドにやってきた。
今日も今日とで依頼探しである。Eランクは、割と真面目に仕事こなしていかないとすぐ生活に打撃が来るのだ。
ところが、冒険者ギルドにいる冒険者たちが少し騒がしかった。またぞろ、冒険者狩りでも出たのかと思って耳を傾けてみると――
「『大空洞』にドラゴンが出たらしい」
「ドラゴン!?」
モンスター界隈で、頂点に君臨するという最強の種族ドラゴン。その鱗は鋼の剣すら弾き、並みの魔法では傷一つつかないと言われる。強力な牙や爪は、鋼鉄すら引き裂き、口から吐くブレスは、凄まじい威力を有する。中には空を飛ぶものもおり、希少なタイプほど強いとされる。生半可な冒険者では返り討ちにあうのがオチだ。
ラプトルなども、ドラゴンの遠縁とか言われているが、それと比べたらトカゲも同じ。格が違う。
そんな恐ろしいモンスターであるドラゴンが、大空洞にいる。……ルングをはじめ、ホデルバボサ団の面々は顔を強張らせる。
「なんでも、昨日、ダンジョン中に響くような咆哮がしたらしいぞ」
「姿を見ていないが、あんな咆哮はドラゴンしかありえねえよ」
「まるで雷みたいだったって言うじゃないか……雷竜か?」
冒険者たちの噂。それを聞くと、どうやら誰もその竜の姿を見ていない様子だった。昨日、その大空洞にいたが、ルングたちはとんと覚えがない。いるとしても上級者向けの下の階層だろう。そうに違いない。そうであってくれ――ルングは思った。
「……なあ」
口数の少ないダヴァンが、唐突に言った。
「ドラゴンの咆哮って……ジンの魔法のことじゃないかな」
「……あ」
ルングをはじめ、フレシャもティミットも固まった。ラティーユは苦笑する。
「もしかしたら、そうかも、しれませんね……」
洞窟内にあんな凄まじい雷が落ちることなどありえない。ゆえに、ドラゴンの声と聞いた者が勘違いしたのではないか。
なお、後日、ギルドから『大空洞に潜む雷竜の捜索』の依頼が出されるが、当然ながら見つけた者はいなかった。
古来より、理由の説明できない事象を、怪物だとか幽霊だと言う人がおりまして。




