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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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318/1944

おまけ話、黒猫魔王とお姫様 

途中からベルさん視点の一人称に変わります(2019/02/12 二話ををひとつにまとめました)


 ヴェリラルド王国王都、その中心部にそびえ立つは、モーゲンロート城。

 ジンやアーリィーが、魔法騎士学校で授業を受けている間、黒猫の姿をしたベルさんは、王城で、エマン王と会食をしていた。


 亡き父、先王であるピレニオの魂が黒猫に憑依していると思っているエマン王。もちろん実際にそんなことはなく、ベルさんが王らしく振る舞えるのは、実際に王だったからに他ならない。


 以前は聞き知ったピレニオを演じてみせたが、今はもう「我が息子よ」などと呼びかけることはしなかった。

 が、今の関係を崩すのも面倒なので、ベルさんは惰性で付き合っている。上等な酒がもらえるから、というのも理由のひとつであるが。


 何でも先王は相当な酒好きだったらしく、その彼の舌を満足させる酒を用意することが、エマン王の密かな楽しみとなっているようだった。


 要するに、対等に近い関係で話ができる相手が欲しいのだろう、とベルさんは分析する。

 こうして話してみれば、エマンが先王と良好な関係を築いていたのも頷ける。妻にも先立たれているから、余計に、ふってわいたベルさんという存在に付け入られたのだろう。


 ――オレ様が強欲な悪魔でなくてよかったな。


 悪魔というのは、この手の人の弱い部分につけ込むものであるが。……まあ、しばらく悪魔業は休業だ。


 他愛無いお話と会食を終え、雑務に戻る王……。王様というのは割りと忙しいのだ。


 一方のベルさんは城内を徘徊する。今では我が物顔で歩いても、城に勤務する者から止められたり、ちょっかいを出されたりはしない。そんなことをすれば、エマン王の逆鱗に触れるからだ。


 と――


「あ、ベル様でございませんか!」


 いた、数少ない声をかけてくる奴。ヴェリラルド王家のひとり、アーリィーの妹であるフィレイユ姫である。確か14歳になったばかりの子供であり、美少女であるが、なかなか活発な娘である。


「お父様との会食はお済みですの?」

「うむ」


 黒猫は、威厳をこめて頷いてみせた。

 子供というのは、猫とみるだけでいきなり抱き寄せたり、頭を撫でたりしようとするものだ。ベルさんの好みでいえば、美人の女子おなごの胸は歓迎であるが、巨乳先生ことユナ・ヴェンダートほどではないにしろ、豊かなお胸に抱かれることを望む。……その点、フィレイユ姫は慎ましいのだ。10年、いや数年後に期待しよう。


「ねえ、ベル様。もしお暇でしたら、わたくしのお相手してくださいませんか? とくにすることもなくて退屈ですの」


 お相手、とは、まあお喋りの類だろう。ベルさんは微妙な表情になるが、目の前の少女が果たして猫の表情がわかるかどうかは別である。


 14歳と言えば、王族貴族の娘なら婚約相手がいて、もうヤッてたりするものだが、聞いたところによればフィレイユ姫は、まだそういう話は決まっていないそうな。……いや、いくらそっちの知識が豊富だったとしても、猫とヤリたがる奴はいないだろう。――いないよな?


 ともあれ、まだ時間があるので、ベルさんはフィレイユ姫のご招待を受けた。彼女の部屋に行き、テーブルに座る――黒猫であるから、椅子だとテーブルに遮られて相手の姿が見えなくなるのである。


「わたくし、喋る猫というのはベル様以外に存じ上げないのですが――」


 オイラだって知らねえよ――ベルさんは心の中で呟く。

 猫の亜人なら普通に会話もできるだろうが、猫が人語を喋るのは、この世界では見たことがない。……仮にいたとしたら、断言できる。そいつは猫じゃない。


「ベル様には、色々噂があるのは存じております。ジン様の使い魔だと言う方もいれば、お父様のように、お爺様の魂が憑依したという話も。あるいはどこか遠い国の王様だったとも……」

「噂は本人の知らないところで一人歩きするものだからな」 

「それで、ですね。わたくし、ベル様のことを知りたいですわ。いまお幾つなのか知りませんから、まずはそこから話していただいてもいいですし、ジン様とお知り合いになる前の話とかあれば、聞きたいですわ!」

「要するに、昔話を所望ということだな?」


 ベルさんは机の上に座り込み、ふむ、と首をかしげた。


 さて何を話したものか。年齢といわれても、もはや数えるのも億劫なほど歳を重ねている。というか忘れた。そんなの些細な問題だ。ぶっちゃけ、自分の話をする必要もないのだが――まあ、いいだろう。こちらも暇だ。 


「まず、前置きしておくと、天使だって嘘はつくし、悪魔は嘘ばかりつく」


 黒猫が言えば、フィレイユ姫はきょとんと目を丸くした。思いがけない言葉だったのだろう。


「さて、オイラ、いやオレ様の話だったな。まず言っておくと、オレ様は黒猫の姿をしているが、本当の姿ではない」

「まあ……! では喋る猫さんではなかったのですね!?」


 フィレイユは驚いたが、騙されていたとかそういう類ではない純粋なものだった。同時に好奇心を抑えられないようで目が輝いていた。


 ベルさんはコホンと咳払いした。


「オレ様は、ここではない遠くの国の王様だった――」


 ・  ・  ・


 黒猫の姿をしているオレ様であるが、本当の姿は別のものだ。

 人間がいうところの悪魔、その数ある王のうちのひとり、それがオレ様だ。


 悪魔と魔族というと、厳密には違うのだが、オレ様のことを知る両方からは『暴食王』との名をもらっている。


 戦場に立てば、ひたすら敵を喰らい、飲み込む――まあ、実際に喰ってしまうことは早々なかったがね。


 さて、この世界には人間どもが住む世界にくっつく形で、天使どもが住まう天界と悪魔が住む悪魔界が存在する。そして天使と悪魔は、多くの時間を戦争に費やしていた。


 人間界ではやたら神聖なものとして持ち上げられている天使どもだが、実際のところそんな高尚な存在ではない。異種族同士の戦争だ。人間同士が争ったり、他の亜人や魔獣が争うのと何ら変わることはない。


 白き翼を生やした騎士と、その人形ども。

 雨の如く降ってくるその天使の軍勢を、オレ様は悪魔軍団を率いて血祭りに上げていた。来る日も来る日も、よくもまあ飽きることなく、戦い続けたもんだ。

 ……いや、正直に言えば、オレ様も代わり映えのしない日々に、内心飽き飽きしていた。いつ終わるともしれない戦いに疲れていたんだな。


 多くの悪魔が死に、多くの天使と人形どもが壊れた。だが終わりの見えない戦いはいつまでも続いた。

 今日は何人死んだ? 何人殺した? しまいには、そんなことすら気にしなくなっていた。



 そんなある日、悪魔界のトップ魔王が集まっての会談があった。


 召集をかけたのは、悪魔界ナンバー1の憤怒の大魔王ではなく、明けの明星ことキザったらしい傲慢を司る悪魔ルシファーだったが。

 見た目は若く好青年に見えるルシファーは、集まったオレ様たち魔王に告げた。


「天界から文句がきた。人間をかどわかすのはやめろ。活動を自粛しろ――」

『知るか』


 オレ様はじめ、残る魔王たちの声は見事に重なった。


 人間界に干渉して、争いや病気をばら撒く悪魔がいる。契約と称して魂を奪い、下僕を増やしたりもしている。

 天界はそれらを快く思っていない。放置すると、悪魔が勢力を増すからだ。


 人間界に手を出している連中もいるが、そもそも悪魔が人間に手を出す原因の一因は、その人間どもの悪魔召喚にあったりする。大半の悪魔は、天使との戦争に忙しい。


「まあ、天使どもの言い分は無視するとして」


 さも当然のようにルシファーは言った。仮に奴らの言い分を呑んでも、どうせ天使どもが手を緩めることはないだろうから。


「むしろ問題なのは、人間による悪魔、ならびに魔族召喚が増えている件だ」


 魔王たちの表情が歪んだ。召集の本題はこちらだろう。


 人間その他の魔術による召喚術。対象とされたものは、都合もお構いなしに呼び出されてしまうらしい。それこそ戦争中だろうが、食事中だろうが、クソしている時だろうがお構いなく、である。

 当然ながら、呼び出されるほうは迷惑この上なく、召喚に好意的な者はほぼいない。


「大事な時に消えられても困る。各々、召喚されても速やかに戻れるように、留意してもらいたい」


 そうは言ってもな――嫉妬王の異名を持つ竜の魔王が鼻を鳴らせば、色欲を司るオカマが同じく眉をひそめた。怠惰王は机に突っ伏している。どうやら飽きたらしい。


 まあ、召喚といっても、せいぜい下っ端悪魔や雑兵程度しか呼び出せないだろう。大悪魔、それも魔王クラスを呼び出す召喚などは、代償や準備が大変で簡単にできないものとなっている。

 つまり、オレ様には関係ないな。


 ……そう思っていたときが、オレ様にもあった。


 それからしばらくして、オレ様は人間界に召喚された。


 ディグラートル大帝国、その魔法省の魔術研究所にな。召喚されたオレ様は、当然ながら不機嫌。人間どもは、オレ様を見るやえらくオレ様を持ち上げ、力を貸して欲しいと跪きて懇願してきた。


 何とも下からの言い分。悪魔は召喚者の望みを叶えれば速やかにもとの場所に戻れるというルールを知っていたから、さっさと終わらせるべく話を聞いてやることにした。

 が、今にして思えば、その場でとっとと潰しておくべきだったと後悔することになる。


 気づけばオレ様は、天使どもが作った悪魔用の檻に閉じ込められてしまったのだ。


 痛恨のミス。人間どもがどこからこんな代物を手に入れたのかはわからないが、大方悪魔の戦力を減らそうという天使の策略も絡んでいたのだろうな。


 とはいえ、オレ様クラスの悪魔を閉じ込めるには、かなりギリギリだったらしく、もう少しオレ様が力を増せば、破壊できそうではあった。……そのあと少しが足りなかったんだがな。


 そこで出会ったのがジン・トキトモ――のちのジン・アミウール。英雄魔術師である。


 この時、奴も別世界から召喚されたばかりの、やや魔力が高い程度の凡人ではあったのだが。

 この男もまた、大帝国の連中にとっ捕まっているオレ様と同じ境遇だったわけだ。


 そうとなれば、ご同輩、ここはひとつ協力しようじゃないか。

 オレ様は、ジンに『契約』を持ちかけた。


 力を少しもらう代わりに、魔法が使えるようしてやろう、と。


 普通、悪魔が契約と言えば、回りくどい約束やら魂を寄越せとかいうものだが、オレ様はここから出られればいいわけで、大きなことは望まなかった。

 それがよかったんだろうな。ジンは了承したが、契約して魔法使いになってくれと言ったら、『詐欺かっ、ちくしょーめ!』と怒鳴られて面食らったがな。


 心外ではあるが、ジンはこちらの姿が見えていない状態にも関わらず、オレ様が悪魔だととっさに看破したんだろうな。


 とはいえ、状況が状況だ。お互いに窮地を脱するため、オレ様とジンは契約し、天使の作った檻をぶち壊し、魔法省を破壊しまくるだけのパワーを得た。ジンもまた初心者とは思えないほど強力な魔法を使い、かくてオレ様たちは脱出に成功したのだった。


 ・  ・  ・


「まあ、そんなことが……」


 オレ様の話を聞いていたフィレイユ嬢ちゃんが、口もとに手をあて驚いた。


 もっとも、オレ様が魔王だったこと、ジンが異世界人だってことは黙っておく。あと契約のことも。結果、遠くの国同士の争いの最中に大帝国に捕まった――という話になっている。いちおう『人間』だったが、呪いを受けて猫の姿になっている、とも付け加えておく。


「ジンとはそれ以来の付き合いだ」


 魔法が使えるようになったあいつは、オレ様でも舌を巻くほど規格外の才能を見せた。しばらく様子を見るつもりだったのだが、気づけばオレ様はジンと共に旅を続ける友となっていた。


「お国のほうはよろしかったんですの?」


 王がいなくなって、その後は? とフィレイユが聞いた。オレ様は目を細める。


「相変わらず戦争していたが、オレ様がいなくても、後継がいてな、ちゃんとオレ様の代わりをしていたよ」


 他にも魔王はいるし、暴食王の後継はきちんと役目を果たしていた。


 来る日も来る日も、天使とその人形どもを相手にする――戦いだらけの日々に飽き飽きしていたこともある。ジンという相棒を得てしまった今、人間界でのんびりするのもいいと思った。……まあ、あいつは中々、のんびりとはいかなかったがな。


 ジンは英雄の階段を駆け登り、オレ様も適度なスリルと冒険を楽しんで今に至る。


「そうなのですか……。それで、ジン様の活躍とは――」


 フィレイユが前のめりになりかけたところで、ドアをノックする音が聞こえた。メイドに通されてやってきたのは、噂をすれば影――ジンとアーリィー嬢ちゃんだった。


「ここだと聞いてね」

「おう、もうそんな時間か」


 オレ様は立ち上がると、ひょいと机から飛び降りた。


「じゃあな、お嬢ちゃん。この話の続きは、いずれまた」

「あら……、今日はどちらにお出かけですの?」

「迷いの森の奥に」


 若き魔術師、ジンは言った。


「これから拠点を作りに行きますので」

「完成しましたら、お訪ねしてもよろしいですか?」

「もちろん。招待します」


 にこり、とジンが言った。オレ様は、アーリィー嬢ちゃんが伸ばした手をつたって登り、そのまま抱きかかえられる。……男装していた時はなかった豊かな胸の感触。ユナやサキリスと比べるのは失礼だが、悪くない。


 部屋を出ると、ジンがオレ様を見た。


「お姫様と何を話していたんだい、ベルさん?」

「昔話さ」


 オレ様が、まだ現役の魔王だった頃の話を少し、な。


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