エピローグ その4
Sランク冒険者、ジン・トキトモの名は王都中に知れ渡っていたが、闘技場での騎士姿と普段の魔法使い姿が、なかなか結びつかないようで、王都を歩いていても、割と気づかれないものだ。
もちろん、顔見知りは誤魔化せないし、声もかけられるのだが。
ともあれ、Sランク冒険者である俺は、昼間までは学校、それ以降は冒険者ギルドと、それなりに多忙な日々を送っている。
王都冒険者ギルドへ行けば、大半の冒険者が俺の顔を知っていて挨拶される。王都ギルドでの知名度では、ギルド一階ホールにいることが多いラスィアさんが一番なのだろうが、その次のヴォード氏に続くくらいに俺がいる。
いつものようにカウンターで冒険者の相手をしている受付嬢のトゥルペさんやマロンさんに声をかける。俺宛に何か依頼がないかの確認である。上級冒険者ともなると、指名依頼がくることもあるのだ。
「今日はないですね」
トゥルペさんが穏やかに即答する。俺がちょくちょく来るので、そのあたり受付嬢たちは確認済みなのだ。
「ただ、ラスィアさんが、ジンさんが来たら奥へ、と言っていましたよ」
「やれやれ、またぞろ新人教育かな?」
「でしょうね。たぶん、魔法指導のお話じゃないですか?」
初めて会った頃は、ここまでフレンドリーではなかったトゥルペさんだが、今ではすっかり角がとれたと評判だったりする。
「ジンさんの魔法講義、大好評ですものね」
「やれやれ、学校でも教えているのに、冒険者にも教育とはね」
「仕方ありません……。かの大『英雄』に魔法を教えてもらえるなら、もっと受講者増えるでしょうし」
俺のことをジン・アミウールと知っているトゥルペさんは意味ありげに言った。そこへ隣の席のマロンが口を挟んだ。
「ジンさん、解体部門のソンブルさんから、来たら寄ってくれないかと伝言を受けてるので、後でそちらにも顔を出していただけますか?」
「……そっちは、この前のヒュドラ絡みかな」
実はヒュドラの首を数本引き渡さずに、ストレージにしまっていたりする。討伐した冒険者の権利だから何も悪くないし、文句も言われる筋合いはないが……。いや別件かもしれないな。
まずはラスィアさんに会いに行く。談話室で一対一の面談。ダークエルフの副ギルド長は、もとから冷静な知的美人なのだが、最近、艶っぽいというか、心なしか親密度が上がってきているような気がしないでもない。
内容は、予想通り新人冒険者への魔法講義。……なおギルドはその講義で冒険者たちから金を取っている。お金のない新人から金を取るのかよ、と思うのだが、それでも俺の講義だというだけで、受講者が殺到するらしい。いちおう、低ランクほど割引されるサービスがあるようだが……。ちなみに、新人対象としながら中堅どころの受講者も多い。ランクで値段が違うというのを見ても、お察しである。
「たまには、お酒を飲みながら打ち合わせをしませんか?」
ラスィアさんは、そういうプライベートな誘い方をする。そう明らかに誘っている。……うむ。
はてさて、ラスィアさんの次は、ソンブルさん……の前に、ギルマスへの挨拶。ギルドにきて声をかけないと、拗ねるんだよあの人。
他愛のない話や愚痴を聞いたあと、ソンブルさんのもとへ。何故か、マスタースミスであるマルテロ氏がいた。……あっ、察し。
「ジン君、よく来てくれた。君、ヒュドラの首、まだ持っているかね?」
ソンブルさんが聞けば、俺が返事する前にマルテロ氏が口を開いた。
「お前さんのことだから持っているんだろう? 頼むから分けてくれんか? 金は払う」
何か武具に使うためのヒュドラ素材を欲しているのだろう。俺が見当をつければ、ソンブル氏は首肯した。
「うちのギルドには最低限の量を残して、商業ギルドに売却したからね。いま王都では、ヒュドラの鱗を初めとした素材が非常に高値で売られているが、すでに争奪戦が始まっている」
「いや、もう終わっとるわ。今じゃ吊り上げ目的のクソ野郎が売ってる分しか残っとらん」
マルテロ氏はその厳つい顔に青筋立ててお怒りだった。ただでさえ高値なのに、さらにその数倍ふっかけてくるのだから始末に負えないと言う。
「いいですよ。貰えるもの貰えるならね」
俺がストレージから、ヒュドラ素材を取り出せば、マルテロ氏は聞いた。
「お前さん、ヒュドラの素材で何か武器を作ったか?」
「友人用にスケイルメイルと、あと牙を使った槍と大剣を作りました」
「今度、見せてくれ」
「はい」
俺は頷いた。
・ ・ ・
特に用がなければ帰る――のだが、そこは有名人、声をかけられるわけで。
「ジンさん!」
ホデルバボサ団のルングを覚えているだろうか? 茶色い短い髪、悪戯小僧じみた小柄な少年だ。
いまDランク冒険者である彼はCランクへの昇格試験を間近に控えている。
俺の熱心な信奉者であり、最近の俺が指導する講義や実技講習には必ず参加している常連である。さっそく魔法講義の話をすると、稼がないとと声を弾ませていた。
「最近どうだ?」
かつては戦士だった彼も、今では魔法剣士。以前、俺が譲った魔法剣を持ち、装備品も自力で稼いでグレードアップしている。
「まあ、ぼちぼちっス」
ルングは控えめに笑った。さらに話を聞けば、ホデルバボサ団は解散したらしい。
まず猫亜人の弓使いフレシャがダンジョン探索中に命を落とした。初めて会ったとき、ベルさんと戯れていた猫少女。……冒険者は死と隣合わせ、いつ死ぬかわからない職業でもある。
その後、シーフのティミットと不仲になり、彼が団を抜けた。ダヴァンもそれに続き、残っているのはルングと幼馴染みの僧侶のラティーユのみ。
「団はなくなっちまいましたけど、オレにはこの道しかないんで。ラティーユと頑張っていきます」
世知辛いけど、彼は懸命に頑張っている。そういう奴には、応援したくなる主義だ。
ラティーユが待ってるんで、とルングが去る。と、今度はAランク冒険者のクローガに呼び止められた。
ヒュドラ退治おめでとう、と労われた後、近況の報告。武術大会で悪魔にとり憑かれたガルフは、少しずつ体力が戻りつつあるそうだ。あれから結構日付が経っていることを思うと、リハビリに時間がかかっている。……悪魔に喰われた代償は大きかったということだろう。
「あなたも面倒見がいいですね」
「君には負けるけどね、ジン」
そう冗談を言われた。
「で、世間話のついでなんだけど、ヴォードさんとこの娘」
「ルティさん?」
Bランクの冒険者で、長身の女戦士だ。たしか斧戦士だったと思う。バリバリの前衛なのは父親のヴォード氏譲りなのだが、親子関係はよろしくないようだ。彼女とは数度会った程度なので、俺もあまりよく知らない。
「そう。彼女が、パーティーメンバーを募集しているんだけど、誰か心当たりないか?」
「何故、俺に聞くんです?」
「君は新人講習で冒険者を見てるだろう? 誰か適当な人材に心当たりがないかって思ってさ」
一瞬、今しがた別れたルングのことがよぎった。あいつ、パーティー組んだりする予定ないのかな。今度聞いてみようと思った。
エピローグも折り返し地点。




