第29話、ホデルバボサ団
冒険者ギルドに赴く俺とベルさん。
まずは依頼掲示板を眺めるところから始まり、何か適当に受けられる依頼がないか探していると、受付嬢のトゥルペさんに声をかけられた。
「バーティーメンバーの募集?」
「ええ、魔法使い系の職業の冒険者を探しているパーティーがあるんですけど……。ジンさん、いま空いてます?」
「空いてるって言えば、空いてるけど」
依頼を探しにきたわけで。そう答えるとトゥルぺさんは、ギルドの休憩所の一角にいる冒険者たちのほうへ視線を向けた。
「なら、一度、お話を聞いてはどうでしょう? いまソロだとダンジョン絡みの依頼を受けられないですけど、パーティー組んだら受けられるようになりますし」
「わざわざ、ありがとう」
皮肉でも何でもなく、俺はニコリとトゥルペさんに笑みを返した。……俺がソロってダンジョン系依頼を受けられないから、受けられるように探してくれたのか。単に、魔法使い系クラスの冒険者を探しているそのパーティーの話を聞いて、候補として俺を当てただけかもしれないが。
俺とベルさんは、メンバー募集中の冒険者パーティーと会うことにした。とりあえず話を聞いて、条件や環境などを精査する。折り合いがつかないようなら、さよならである。
ホデルバボサ団。Eランク冒険者五人組からなるパーティーである。
本当は六人組だったらしいが、一名がしばらく離脱することになり、その欠員を補うべく短期の募集をかけたということだった。なお、その欠員が、メイジ(魔法使い)だったらしい。
リーダーは、ルングという戦士。茶色い短い髪、悪戯小僧じみた顔つきの小柄の男で、歳は17か18といったところだろう。この団の連中は軒並み若いメンツで構成されているが、リーダーが背が低く少年にしか見えないとあって、何となく素人パーティー臭さが抜けなかった。……もちろん、外見で人を判断するのは控えるべきだが。
「あんた、歳いくつ?」
「今年で30」
「みえねぇー! 嘘つくならもっとマシな嘘つけよ。どうみてもオレとタメくらいだろ」
言葉遣いも含めて、ガキ大将というか、近所のチンピラもどきにしか見えない。
「短期の人員補充って話だが」
「ああ、いま抜けてる魔法使いが戻ってくるまでの繋ぎだ」
ルングが言えば、「戻ってくるのかよ」と痩せ型、鋭角的な鼻や顎の持ち主である軽戦士が、吐き捨てるように言った。「ティミット」とルングが睨めば、痩せ型の戦士は肩をすくめた。
何やら事情があるようだ。が、まあ、そこは知らなくても問題ないだろう。
ここらでメンバーを紹介しておこうか。
リーダーはルング。クラスはファイター。
ティミットは今年二十歳のシーフ。
「正直、あんたも駆け出しみたいだから、あまり期待はしないが、まあよろしく」
皮肉屋だろうか。嫌味っぽく聞こえるのは、まあ俺のこの初心者スタイルがいけないんだろうが、まあよろしくな。
「……」
ダヴァン。大柄でやや腹の出ているふくよかさん。素朴な顔立ちの青年で、歳は団最年長の22歳。クラスはアーマーウォリアー。重装備でパーティーの盾となり前衛を務める重戦士だ。……何と言うか、喋らないなこいつ。
青い帽子に、神官を連想させる服をまとう女性が、ペコリと会釈する。
「ラティーユと申します。よろしくお願いします」
ラティーユと名乗った。おしとやかな雰囲気漂う少女で、クラスは治癒魔法を得意とするクレリック。ルングとは幼馴染みだという。彼同様小柄であるが、意外に巨乳だ。
そして最後に。
「フレシャ。どうぞよろしくー」
黒髪短髪の女の子、フレシャ。他のメンバーが人間であるのに対し、彼女は獣人だ。頭頂部に猫の耳を持つ猫人だった。クラスはアーチャー。ほっそり小柄だが、ラティーユと違い、胸はぺったんこである。年齢は最年少の16歳。
「にゃー、ベルさん、よろしくにゃー」
「おう、よろしくな!」
つんつんと、突かれながらベルさんが答えた。するとまわりの面々が目を丸くした。
「この猫、喋ったぞ!?」
「にゃー、猫が喋るとは珍しいにゃ」
「おう、お前だって猫のくせに喋るじゃねーか!」
突っつきを続けるフレシャに、ベルさんが器用に前足で猫パンチで反撃する。ラティーユが両手を胸の前で合わせ「可愛いっ!」などと目を輝かせている。
以上の五人が、このEクラス冒険者集団のメンバーだ。
「で、俺がこのホテルバボサ団のヘルプ入っている間の、当面の団の目的は?」
「ホデルバボサ団な」
言い難いんだよ、この名前――というのは心に秘めておこう。
「とりあえずはダンジョンで、金になる依頼を果たして装備を整える。実は、オレたちの装備、まだ借り物がいくつかあって装備を自力で揃えたいんだよな」
駆け出し冒険者にありがちな金銭面の問題。冒険者は、ギルドに登録すれば即冒険者を名乗れるが、装備品の支給はなく、自前で揃える必要がある。魔物を狩るような依頼をこなそうとする者たちには、そこがまず第一の障害となる。中古といえど、武器や防具はそこそこ値が張るので、貧乏人から一攫千金を狙うような者にとっては、そこで躓くのだ。
ギルドでは武器や防具をレンタルしているので、冒険者をしながらお金を貯めて、自力で装備購入できるようになって、初めてスタートラインなんて言葉もある。このホテル――いやホデルなんちゃら団の面々はEランクではあるが、まだまだお金に余裕がないようだった。
「分け前は均等になるように六等分。きっちり六に割れないようなら、話し合いによって決める」
「……」
このホデルなんちゃら団が、金銭的に余裕がない理由がわかった。低ランクの安い仕事を人数分分けていると、個々の稼ぎが低くなるために、ちっとも装備に回せる金がたまらないのだ。下手したら生活費稼ぐので精一杯の可能性も……。
ひょっとして魔法使いが抜けた理由というのは、そのせいでは……? マジックポーションは、通常のポーションより高いからなぁ。
せめて、この半分くらいの人数なら、もう少し余裕が出てくるんだろうが。俺のようにソロなら、依頼を果たせば全部自分の取り分になるのだが、人数がいるとそうはいかない。
「そんなわけで、これから早速ダンジョンに行こうと思うんだけど……」
ルングが俺を見た。
「ジン、今からでも問題ないか?」
「あ? ああ。どのみち何か依頼を受けるつもりだったから。ちなみに、ダンジョンはどこの?」
「大空洞だ」
・ ・ ・
いつもはベルさんに乗ってダンジョンまでひと飛びなのだが、さすがにホデルバボサ団の面々がいては無理なので、徒歩で現地まで移動する。
「まったくクソナメクジだわ、これは」
ベルさんが、珍しくそんなことを言った。……いったいどこから、クソナメクジなんて言葉が出てくるのか、俺にはわからなかった。
途中の森を通過することも含めて、およそ四時間ほどの移動。到着する頃には昼を過ぎていた。
ダンジョン『大空洞』に突入。
ホデルバボサ団の依頼は、小型竜のラプトル狩り、スケルトン討伐と、最近集団でダンジョンに現れるゴブリンの集団の排除の三つだ。複数人のパーティーだと同時に複数受けられるんだなぁ、と思っていたら、主な依頼はラプトルとスケルトンで、ゴブリンは遭遇したら、という条件らしい。要するにおまけクエストだ。
さて、Eランク冒険者たちパーティーでの俺での仕事だが、ルングはこう言っていた。
「スライム出たらジンに任せる。あとは適当にオレたちを魔法で支援。簡単だろ?」
ああ、実に簡単な仕事だ。物理で殴るホデルバボサの戦士たちには、スライムが厄介な敵なのだろう。
前衛は、ファイターのルング、シーフのティミット、アーマーウォリアーのダヴァンが務める。後衛は俺、アーチャーのフレシャ、クレリックのラティーユ。ベルさんは戦力としてカウントされていない。いちおう使い魔ということで索敵や補助を担当している。
大空洞に入って、一つ下の階層に降りたところで、さっそく動く骸骨――スケルトンと遭遇した。その数ざっと十体。
リーダーであるルングは早速指示を飛ばす。
「ティミット、ダヴァン! 骸骨野郎を叩き潰すぞ。フレシャはラティーユのガード。ジン、後方から支援できたら魔法で援護!」
行くぞオラァ! とルングがショートソード片手に先陣切った。シーフのティミットがその隣につき、重戦士であるダヴァンは、やや遅れて走る。
魔力によって作られた動く骸骨たちは、思考と呼べるものがあるか怪しいくらいに単純な動きしかしない。要するにこちらに向かってくるだけである。
俺は、フレシャ、ラティーユの女性組よりやや前に出て、戦場を俯瞰する。前衛の野郎どもが、派手にスケルトンに挑むが、まあ、負けはしないだろう。彼らの剣やナイフは、スケルトンの骨を切り裂き、手足を切り落としてその動きを止めていく。
「ハンマーで殴れば、もっと楽だろうに」
ベルさんが、俺のかたわらで呟いた。戦闘形態をとることもなく、黒猫姿である。支援できたら援護と言うが、俺も出番なさそう。
「出番なさそうだよねェ」
そう俺の後ろで、猫娘のフレシャが苦笑する。
「あたしの武器、弓だから、スケルトンにはあまり有効じゃないんだよねェ……。刺すとか突くって相性よくないし」
「ジン!」
ルングが俺を呼んだ。
「スライムが出てきやがった! 頼むっ!」
おや、出番があった。俺はゆっくりと前線へと足を向けた。十体はいたスケルトンがいまでは半分以下に減っていた。
シットスラグ団……。




