第27話、魔女のお姉さんが誘惑してきた話
「身体が冷えるもの?」
薬屋『ディチーナ』店主である、魔女エリサはカウンターで、俺の質問に首をかしげた。
「魔法薬なら『クーラー』があるけれど……どこか暑いところでも行くの?」
「エスピオ火山って、いまも溶岩が流れている暑いところがあるって聞いて、行ってみようかと」
「何をしに?」
「素材とか魔石とか……魔石が目当てかな。火属性のが欲しくて」
「あらあら、魔法具でも作るの?」
カウンターを離れた色っぽい魔女さんは、棚を見ている俺の背後に来ると、そのたっぷりある胸を押し付けて腕を絡めてきた。
気に入られたんだろうか。ここにきたのは三回目だと思うけど、何だか距離が近い。……いやまあ嬉しいけど。
「……簡単な武器を作ろうと思っているんですよ」
「魔石を使った武器? 若いのに、魔法武器作れるんだ、お兄さん」
背中に当たる柔らかいお胸の弾力。……下腹部あたりが熱くなってきた。
「で、クーラーはどこ?」
「いったいどこを冷やすのかしら?」
ふっ、と俺の耳元に魔女さんが軽く息を吹きかけた。ゾクゾクっと背筋にきた。……ねえ、ここそういうことするお店だよね? そうだよね?
甘い言葉で囁かれると、どうしてこう、ムズムズしながらも悪い気がしないのかね。ひょっとして魅了の魔法をかけられているのかねぇ。
「ご想像にお任せするよ」
「ちなみに聞くけどお兄さん、ユニコーン並みの処女信仰者?」
一角獣。あの角をもった白い馬の姿をした『魔獣』。ところによっては神聖な獣と信仰されているが処女厨である。美少女(処女)にしか懐かず、男と来れば角で突き刺し、非処女の女も殺す。筋金入りの処女厨なのだ。
誘っている、と見ていいのかな、これは。
「試してみるかい? 」
俺は振り返ると、正面からエリサさんと向かい合った。
「あなたは、男と見ると構わず密着する人?」
「好みを言えば、若い人」
熱っぽい視線。
「三十代は若いうちに入る?」
「ふふ……。誰でも、ってわけじゃないのよ。若々しくて魔力に溢れている人とは、そういうこともしたいのよ」
そういうこと、とは――うん、聞くのは野暮かな。
「あなたからみて、俺はその資質は充分?」
「ええ、味見したい」
彼女は俺の首もとに顔を寄せる。一瞬首を舐められるのかと思ったら、すっと匂いを嗅ぐ音がした。
「清潔な人は特に」
・ ・ ・
「で、つい、長居しちまったと」
ベルさんは呆れ気味に言った。俺は苦笑した。
「で、何時間あの店にいたと思ってる?」
「……三時間くらい?」
冗談めかしたが、ベルさんは口もとを引きつらせる。
「三時間? おいおい、それなら今はお昼のはずだな。でもおかしいな。もう太陽がかなり傾いているようだが……? おかしいなー、もう夕方じゃないか」
黒猫ベルさんは、ひょいと俺の肩によじ登った。
「魔力は回復できたか?」
「結構回復したかな。多分ふた晩睡眠とったくらいは」
「それは結構。で、どうするよ、もうすぐ夜になっちまうぞ? もう今日は宿に帰るか?」
「いや、これからエスピオ火山に行こう。溶岩が流れてるから夜でも比較的明るいし、夜なら少しは涼しくなるだろう」
クーラー薬買ったし。飲むと周囲の熱気に対する影響を下げることができる魔法薬である。火山地帯での作業が必要な時には必需品と言ってよい。
もっとも、それだけじゃ不足だから耐火装備も色々必要だけど、そこは英雄魔術師時代の装備がストレージ内に眠ってるから問題ない。
「ふむ、無駄足にならなきゃいいけどな。……遠いんだろ、エスピオ火山ってのは」
「ああ、海まで行ってしまうな」
流れ出た溶岩が海に達し、もうもうたる蒸気を上げてる光景は絶景とか何とか、とも聞いた。……まあ、夜ではそういうのはあまり見えないだろうけど。
「ところでよ、ジン。何だって急に火属性の魔石を探しに?」
ベルさんの疑問。あれ、俺言ってなかったっけ。
「魔法武器を作るんだよ」
先日のスライム狩り依頼が人気がないと聞いて。
魔術師が出張っても、あまり実りがないというか、それなら魔術師以外でも軽く受けられるような魔法武器があれば……どうかな?
「まあ、大したものじゃないんだけど、ちょっと作ってみたいのがあってさ」




