第282話、見回り中の出来事
三回戦が終わる頃には、夕焼け空が広がっていた。
ベスト16が出揃い、明日から四回戦が始まる。
観客たちは、今日一日の激闘を振り返り、明日からのよりハイレベルな戦いを期待しながら闘技場を後にする。
俺の四回戦の相手は、橿原である。
彼女の三回戦は、狼亜人の戦士が相手だったが、危なげなく勝っていた。本当は、そんな簡単に勝てるような相手ではなかったはずなんだけどね……。
マルカスは、リーレと当たって敗北した。順当。リーレは終始余裕で、俺から見ると生徒を実技で鍛える教官みたいな言動を繰り返していた。……まあ、要するに挑発しまくっていたということだ。
……あんまり当たりたくないねぇ。もっとも、リーレの前に橿原だけど。
それにしても、今日は王への襲撃はなかったか。
俺は、フィンさんやスフェラの報告を受けて、まずは一安心した。大帝国から送り込まれた刺客も、今日は下見や様子見だったかもしれない。
近衛に護衛されて王族一行が王城へと戻る一方、俺は装備をはずし、魔術師の格好で場内を歩く。あの騎士姿で歩くほうが、ここでは目立つだろうから。
観客席側を歩くのは、俺としては初めてだった。サキリスがお供のようにその後をついてくる。そうやってると、ほんと俺の部下とか秘書みたいだ。いや、まあメイドさんなんだけどさ。
明日も闘技場は使われるので、掃除夫たちが仕事をするのを他所に、王国の兵士や近衛が会場に残り、警備や見回りを行っていた。
まあ、こちらもシェイプシフターたちを相変わらず配置したままで、密かに破壊工作などをしようとする者などを発見できるようにはしてある。
「ご主人様はお仕事熱心なのですね」
サキリスがそんなことを言った。俺が促すと、彼女は続けた。
「今日、三試合もこなしてお疲れでしょうに……。お休みなられればよろしいのに、こうして闘技場の見回りをされている」
「まあ、アーリィーの……我らが王子殿下や、国王陛下のことがあるからね」
王の命が危ない。とまあ、この国の人間ではないが、アーリィーの今後が関わっているともなれば、無関心でもいられない。
「ですが、わたくしは貴方様のお体が心配です」
憂いを込めた目でサキリスは言う。
「明日からの相手は、いずれも強豪ばかり。お早めに休息を」
「ありがとう、サキリス。……寮に戻ったら、マッサージしてくれるか?」
「喜んで」
ああ、もちろん、普通のな。性的な意味じゃなくて。
椅子代わりの石が長椅子状に無数に並んだ客席を眺めながら歩いていると、向かいから赤毛の女騎士がやってくるのが見えた。青い近衛隊のサーコートをつけているのは、アーリィー付きの近衛隊長のオリビアだった。
「やあ、ジン殿」
「近衛の隊長が、こんなところにいていいんですか?」
てっきり、アーリィーについて王城に行ったと思っていた。
「殿下は、副隊長たちに任せてあります」
オリビアは、朗らかに答えた。
「武術大会は明日もありますから。会場の見回りも職務に含まれます」
「確かに」
身辺警護は、ただ護衛対象に張り付くだけが仕事ではない。要人が出かけるなら、その移動経路や現地での危険性の有無を事前に確認することも欠かせない。
「ジン殿、試合を拝見いたしました。王都騎士団でも最強と呼び声高いルイン殿を破られるとは、感服いたしました!」
「ありがとう」
「三回戦の傭兵も腕利きな上にカラクリの多い相手でしたね。ジン殿でなければ対応できなかったのでは――」
どうかな。確かにちょっと腕がいい程度では、マッドの相手になり得なかっただろうとは思う。だが歴戦のツワモノや、優勝候補クラスなら対抗したのではなかろうか。
「――主様」
突然、スフェラがぬっと、地面から現れた。サキリスとオリビアはビクリと一瞬驚いたが、すぐにそれも収まる。スフェラが人間ではないことも含め、もう慣れてしまったのだろう。
「何かあったか?」
「はい、闘技場に、土木業者が入っているのですが、その行動が不審でして」
「土木業者?」
俺がちらとオリビアを見れば、赤毛の女騎士は小さく肩をすくめた。初耳らしい。
「どう、不審なんだ?」
「客席の補修工事を依頼されて来たと言って会場に入ったのですが、彼らは地下に下りて作業を行っております」
地下に客席なんてあるのか? という突っ込みは野暮か。なるほど怪しい。
「その工事場所が、王室専用観覧席の真下でありまして――」
嫌な予感どころではない。これは確認しないとマズい類だ。
「行ってみよう! スフェラ、案内しろ」
「はっ!」
スフェラが音もなく走り出せば、俺も続き、サキリスとオリビアも追ってきた。
「ジン殿、どういうことですか?」
「王室一行が入る客席の下だ。そこに爆発物や魔法の仕掛けなどがあって起動したら、上はどうなると思う?」
「爆発や崩落ともなれば、陛下やアーリィー殿下も無事ではすみません」
アーリィーには防御魔法具を持たせてあるから、そう簡単に死ぬなんてことはないだろうが、それとて完璧ではない。席が崩壊して地面の下に埋まることがあったら……防御魔法具も役に立たない!
「ご主人様、これは敵の破壊工作ということですか?」
サキリスが問う。俺は頷いた。
「行けばわかるさ」
敵でないなら事情を説明してくれるだろうし、敵なら襲い掛かってくるだろうから。
・ ・ ・
客席から石造りの通路に入り、闘技場内、裏手通路を駆ける。たまに人とすれ違うが、皆、俺たちが何に急いでいるかわからず、呆然と見送る。
地下への階段を駆け下りていくと、地表がむき出しの部屋へと出た。無数の木製の柱や足場があるそこは、工事の最中かはたまた遺跡の発掘現場を連想させる。
そしてそこには厚手の革製の服や、あるいはシャツ姿の屈強な男連中がいた。いかにも作業員といった姿。場に似合いすぎて、一見すると不自然さはない。……何だか連中の目が死んでるように見えるが。
オリビア隊長が声を張り上げた。
「お前たち、ここで何をしている!?」
「何って……」
髭面の中年男が、不思議そうに首をかしげる。
「客席の補修工事にきたんでさぁ……。でも――」
周りの男たちが空ろな表情のまま、角材を手に取る。
「邪魔をするなら、叩き殺せってさぁ!」
作業員たちが俺たちに襲い掛かってきた。




