第276話、表と裏
聖騎士ルインを決闘場の外へ出した。これで彼は減点1。判定勝負となった際、俺に有利に働く。騎士お得意の迎撃戦法を採っていると、判定負けとなる状況に彼は追い込まれたわけだが、果たしてどう出るか。
俺が見守る中、ルインは決闘場へとひらりと戻った。タン、と地面に足がついた途端、聖騎士は「神速の脚――」と風系、おそらく加速系の呪文を口走った。
白妖精の盾を構えての突進加速だ。重厚な騎士と侮っていると驚いているうちに肉薄され、シールドバッシュで吹き飛ぶか倒される。
こちらも加速しての突進で応える。敵の突進には逃げたくなるものだが、あちらが剣を振るう前に当たってタイミングを逸らす!
ぶつかる盾と盾。わっ、と観客が興奮を露わにした。こういう派手な当たりを、お客さんは望んでいるのだろう。
俺は自身にウェイトアップをかける。重量が増したことでルインの盾の打撃に当たり負けしない。ビクともしない俺に、ルインは刹那目を丸くしたが、すぐに好戦的な笑みを浮かべた。まるで宿敵に出会えたかのように。
剣を振り下ろせば盾が弾き、盾で突っ込めば、やはり盾で逸らす、防ぐ。何度も衝突が繰り返され、まわりのボルテージが上がる一方、俺はむしろそれらの声が聞こえなくなっていくのを感じた。
対戦する聖騎士の挙動に対し、集中力が増していく感じだ。ルインの持つ聖剣アルヴィトは光り輝いており、防がねばおそらく守りのペンダントの力を一気に持っていく威力を持っている。こいつを喰らうわけにはいかない。
埒が明かないと見たか、ルインが不意に距離をとった。ここで距離をとるのは、魔法か、あるいは必殺技じみた切り札か。そうはさせるか!
俺は距離を詰める。ルインは剣を頭上に掲げた。もちろん盾を俺に向けて、胴を無防御にさらしたりはしない。
「光よ、流星となって我が敵を撃て! ホーリーコメット!」
上方から無数の光の弾が降り注ぐ。盾を上に構え光弾を受けながら、加速で聖騎士に迫る。光のシャワーも近接戦では使えまい!
ルインが剣を下ろした。いや、突きの態勢に構えるのをみて、奴の狙いを見抜く。いまの上方からの攻撃は俺の盾を上げさせて、胴への攻撃を入れ易くするためだ……!
擬装魔法展開。わずかに加速を緩め、擬装したそれを前に出す。ルインの聖剣が繰り出され、必殺の一撃は俺――ではなく擬装した偽者を貫いた。
「!?」
手応えなしにルインが目を見開く。擬装体が消えうせたところに、俺が迫る。ホワイトオリハルコンの剣を水平に、すれ違いざまに叩き込む。
ペンダントがなければ、首が飛んでいただろう一撃。ルインの守りのペンダントが赤く点滅し、勝負あった。
・ ・ ・
オオオオォォォッ!!
予想だにしなかった聖騎士の敗北に、闘技場が揺れた。歓声の中に、ルインのファンだった者たちの悲鳴が混じり、スタジアムを呑み込んで行く。
王室専用観覧席で、エマン王は目を丸くする横で、アーリィーとジャルジーが声を張り上げた。
「勝った! さすがジン!」
「あいつ、やりやがった!」
むむ――エマン王は言葉なく、口ひげを撫でつける。
まさか、ルインが敗れるとは。今年こそ、王都騎士団の彼が優勝するのでは、と期待していたのだが……。とんだ番狂わせだ。
闘技場のどよめきがまだ収まらない。誰もが今しがた目撃した戦いが、目に焼きついたままなのだろう。
アーリィーとジャルジーの見る目は確かだったと言うことか。興味深くはある。
「ジン、トキトモか……」
エマン王は、決闘場から退場する黒マントの平凡なる騎士を見つめるのだった。
・ ・ ・
「お帰りなさいませ」
サキリスが、決闘場から下りてきた俺を出迎えた。
「盾をお持ちしますわ」
甲斐甲斐しく仕える彼女にオリハルコンの盾を渡しながら、待機場へと足を向けるとマルカスが待っていて破顔した。
「おめでとう、ジン。王都でも有名な聖騎士に勝ってしまうとは、さすがだな」
すれ違いざまに軽くハイタッチを交わす。俺は相変わらずバイザーを下ろしたまま言った。
「まあ、手強かったよ」
「相手が相手だ、仕方ないよ」
俺たちの周りでは、他の参加者たちが興味深げな視線を寄越している。優勝候補を破った俺を注目しているのだろう。
「最後、ルイン殿の剣が空ぶったように見えたが、何かしたのか、ジン?」
「擬装魔法を使ったんだ。彼が注意を上に向けながら、俺が飛び込んでくるのを待っていたからね。結果、彼は俺の幻を攻撃した」
種を明かしてやると、そういう魔法があるのか、とマルカスは感心したような声になった。
「やっぱり難しいのか、擬装魔法は?」
「使いたいのか?」
「バリエーションのひとつとしてな。有効なのは今の試合を観てわかった」
じっくり学べばできるんじゃないかな。騎士だろうが魔法使いだろうが、やってやれないことはない。
休憩所のほうへ歩きながら、俺は魔力念話を使う。まずはアーリィーと一緒にいるはずの黒猫から。
『ベルさん、そっちはどんな調子だい?』
『お前さんの試合、見てたぞ。嬢ちゃんとジャル公が大はしゃぎしてる』
のんきなベルさんの魔力念話。今のところ王室観覧席のほうは襲撃や騒動もないようだ。
『引き続きよろしく。何かあったら報せてくれ』
『あいよ』
さて、次は。
『フィンさん。ジンだが、そちらはどう?』
『あぁ、ジン。こちらはまあ、大忙しだよ』
闘技場、客席側にいる仮面のネクロマンサーが魔力念話で答える。
『君のシェイプシフターたちを借りたが、そのおかげで思いのほか、会場内に不審者が多くてね。スリや恐喝、暴力沙汰、見えないところでよくやるよ』
王暗殺を企む大帝国の手の者――プロウラーとレネゲイトの襲撃に備え、闘技場をフィンさんたちが張っている。
だが観戦目的の客が圧倒的に多いゆえに、ただ見張るというのでは限界がある。そこで俺は姿形の杖をフィンさんに貸した。杖から生み出されたシェイプシフターたちは、闘技場の死角になるような場所を見張るべく潜入、配置についているはずだ。
暗殺や破壊工作を行うなら、それなりに準備行動をとる。それらは人が多い場所では避けるものだ。気づかれれば騒ぎになったり周囲から取り押さえられたり、通報される恐れが高まる。だから人の見ていない、死角となる場所で行うのだが、そこに予めシェイプシフターを配置しておくのだ。
が、どうやら、暗殺者ばかりではなく、暴力的な連中がそれぞれの目的のために暗所を利用しているようだった。フィンさんたちが忙しいのも、そいつらが暗殺者かそうでないかを判別するのに手間どっているからだろう。
まあ、人が詰め掛けているのだ。裏はもちろん、表の警備担当の王国軍や近衛たちも苦労していることだろう。
その中で仕掛けてくる大帝国の刺客。……果たして、いつ、どのような手で来るのだろうか?




