第267話、悪いお知らせ
その日、俺は学校の外で、フィンさんと会った。
マントゥル討伐に協力してくれた異世界人たちは、いまは王都スピラーレにいた。思い思いの休暇を満喫して、それぞれ英気を養う――となっていたが、暇がある人とない人がいた。
仮面のネクロマンサーことフィンさんは、後者だった。
「王都はずいぶんと賑やかだな、いつもこうなのか?」
「武術大会があるってんで、参加者や見物人がわんさか来ているのさ」
俺たちは、通りが見渡せる軽食屋のテラス席にいた。食事時ではないので、客は少なめではあるが、普段より人が多く、通りを行き交う人々の動きもまた活発だった。旅人、戦士、傭兵――それらの姿もちらほらと。
フィンさんは仮面を被ったまま、それらを眺める。
「こういう外部から人が大勢やってくる時というのは厄介だ。とくに情報収集を生業とする諜報員らが王都に入り込む絶好の機会でもある」
「……メンティラから何かわかったのかい?」
アーリィー誘拐の実行犯、キャプターという要人誘拐グループの一員の女冒険者。ジャルジーに雇われただけのただの専門職か、はたまたどこかの諜報畑の人間か。それによりどう扱うか変わるのだが。
「単刀直入に言うと、彼女はスパイだった。それも大帝国のな」
「……なんてこった」
俺は思わず天を仰いだ。ここで、大帝国の名を聞くとは思わなかったぞ。
「要人誘拐は、やはり諜報活動も兼ねて、ということか?」
「暗部に食い込めば、悪い噂も掴みやすくなる。有力者の後ろめたい話を掴めれば、それをネタに脅迫もできるからな」
「未来の王様は余計なモノに触っちまったってことだな」
しかも大帝国に繋がっているというキャプター。帝国の影がちらついている時にそれはよろしくない。今回のように要人誘拐で大騒動になれば、その混乱もまた連中の付け入る隙となる。
「大帝国と関係がある以上、この国にとっても放置するわけにもいかないだろう」
フィンさんは言った。
「どのような策を講じても、スパイの流入は防げないだろうが、今のスパイ網を潰すことができれば、大帝国の動きを牽制する効果はあるだろう。……何せ北方で我々が、連中の侵攻軍を潰した直後だからな」
大帝国は王国北方で壊滅した自軍が何にやられたか知りたがっていることだろう。事実を知るために潜入させた諜報員らを使うだろうが、いま潜んでいるそれらが壊滅していれば、帝国は改めて諜報員を送る必要が出てくる。それが本格稼動するには幾ばくかの時間が必要となるだろう。
俺にしろフィンさんにしろ、王国に仕えているわけではない。本来なら、王国がどうにかする問題ではあるのだが。
「まあ、乗りかかったフネではある」
俺は相好を崩した。
「元はジャルジーが招いたとはいえ、アーリィーを誘拐した連中が大帝国と繋がっていたのなら、ぜひともお礼参りが必要だと思う」
「敵のアジトと構成員はわかっている」
仮面のネクロマンサーに、俺は頷いた。
「いつ仕掛ける?」
「君は忙しいだろう? こちらは任せておきたまえ」
フィンさんは事務的に言った。
「もちろん、報告や連絡は君に寄越すよ。君はお姫様の守りや、大会のほうに集中したまえ」
「……気を使わせてしまったようだな」
思わず苦笑する。フィンさんは手を振った。
「構わんさ。帝国が嫌がることなら、こちらは苦でもないよ」
フィンさんは、自分の他にリアナとヨウ君で、キャプター討伐に当たると言う。すでにヨウ君とリアナは行動を開始しており、諜報員を数名闇討ちしているらしい。……あの二人ならな、それくらい朝飯前だ。
「それはそうと、ジン。君はお姫様のそばにいなくていいのかね?」
「彼女は王城だよ」
俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。
そうなのだ。ここ二日ほど、アーリィーは王城にいた。青獅子寮に戻ったのもつかの間、すぐに実家である城に戻された、という感じだ。近衛をはじめ、従者やメイドらも大半が王城に行っているため、青獅子寮は最低限の人間で運用されている。……何か俺専用の家みたいになってる。
「国王陛下に俺のことを話したせいかな。何か知らんが、父親ガードが働いているとか」
娘をどこの馬の骨とも知れない男にやれない、という親心と言うやつか。一時は命さえ奪おうと画策していたのに、娘として生き長らえる手段が見つかったら、子供は子供として守る気になったらしい。ベルさん、もといピレニオ先王が上手く親子関係改善の手助けでもしたのかもしれないが、果たして……。
「ようやく親子愛に目覚めたのかね」
「殺さなくて済むのなら、無理に殺すこともあるまい」
フィンさんは淡々とした調子だった。
「本音と建前というやつだ。王ともなれば、個人の感情よりも優先しなくてはならないこともある」
「……だから責任ある立場ってやつにはなりたくないんだ」
例えば、アーリィーを殺せば国が守れるとか、そういう選択を強いられるような立場にいたくはないものだ。日本人的な見方だと、責任ある立場なら自分より周囲を優先しろ、なんて意見が多い。いざ自分がその立場になれば散々迷うくせに、外野になると人に自己犠牲を求めるのだ。やれやれである。
「すると、お姫様は大会までずっと王城にいるのかね?」
「聞いたところによると、そうなるみたいだ」
「寂しくはないかね?」
「まあ、心配しないわけじゃないけどね。身辺警護にはシェイプシフターを当てたし、ベルさんが常時ついている」
あの黒猫の皮を被った魔王さまは、アーリィーと一緒に王城にいる。これ以上ないボディガードだろう。……こういう時、猫の姿は便利だと思う。
「それに、会おうと思えば、ポータルを経由して行き来できるし」
実は、おやすみやおはようの挨拶はお互いにしていたりする。だから、さほど離れているという気もしていない。
「いらぬ心配だったようだ」
フィンさんが仮面の下で笑ったようだった。
「『キャプター』のほうは私たちで掃除しておく。君は武術大会に専念したまえ」
そう言うと、ネクロマンサーは席を立った。……結局、軽食屋にいるのに、食べ物どころか飲み物も摂らなかった。
「すまないな。頼むよ」
「大会での健闘を祈っているよ。……あぁ、そうだ」
去り際に、フィンさんは足を止める。
「すでに知っているかもしれないが、知らないとアレなので言っておくが」
「……?」
「武術大会には、リーレとトモミが参加するらしいぞ」
「何だって……?」
あれー、聞き違いかな。俺はめまいをおぼえる。
好戦的な魔獣剣士と、魔法格闘士……。あいつらも参加するの? 何で?
いや、参加しちゃいけないわけでもないけど、優勝しないといけない大会で、あの子ら出ちゃうの? ……嘘。
フィンさんにリアナ、ヨウ君がキャプター狩りをやるという話は聞いたけど、そういえば残る二人は名前すら出ていなかった。もともとボランティアみたいなものだし、暇を持て余して武術大会に殴りこみなんてなくはない話だ。
「うわー、マジで。……うわぁ」
思わず声に出た。俺ほんとに優勝しないと駄目――?




