第263話、ローグたち
大帝国の野戦陣地の設営は、基本的に平地にて行われる。そして四方を石材や木材を用いて壁を作ると、その敷地内に無数の天幕と宿営施設を置く。
壁には警戒部隊と哨兵が厳重に見張り、中では兵たちが休息をとる。数日、腰をすえる場合は強固に、一日で移動するなら簡易に壁を作るのだが、基本はその繰り返しだ。場合によっては、そこから本格的な増強、築城を行い砦に発展することもある。
それはさておき、ヴェリラルド王国に土足で足を踏み入れたディグラートル大帝国の、おそらく西方方面軍に対し、俺たち異世界転移者パーティーは宣戦布告なき交戦を開始した。
……なに、連中とは国交などありはしないし、そもそも俺たちはヴェリラルド王国の正規の軍人でもないし代理人でもない。言うなれば暇を持て余した無法者である。
大帝国にしたところで、会戦通告などお構いなしに越境している蛮族である。無法者が蛮族を殴るのにルールはいらない。まあ、逆もまた然りだが。
ともあれ、大帝国の連中に同情心を抱く者は、我が無法者どもの中にはいない。
何故ならば、俺たちは全員、大帝国を憎んでおり、同時に被害者であったからだ。
俺がこの世界にきたキッカケを覚えているだろうか? 死後転生であるが、その転生召喚をしたのは大帝国であり、俺を魔法武器の素材にしようとしやがった。ベルさんとはその時の知り合いだが、彼もまた大帝国をぶち壊すことに一切の躊躇いはない。
リーレも、リアナも、橿原も、ヨウ君も、フィンさんも、状況に差異はあれど、大帝国がらみでこの世界に来たと言う。可哀想なことに、橿原はその時に同じく転移した友だち二人を帝国に殺されたらしい。
かくて、俺たちは復讐者であり、大帝国西方方面軍への夜襲を敢行した。
軽騎兵による哨戒部隊を、リアナ、フィンさん、リーレ、橿原があっさり全滅させ、日が沈む前に、大帝国の野戦陣地が見える位置までたどり着く。
そして美少女、もとい少年ニンジャのヨウ君が先行して、野戦陣地に接近。影を利用した移動は、見張りの目をすり抜け、陣地南側の石壁に爆発呪式――影爆のバリエーション――を設置した。
ヨウ君が仕掛けを終えて、急速離脱。俺は地平線彼方に見える大帝国の野戦陣地を見やり、DCロッドで狙いを定める。ここへ来る前、変態――もといサキリスに魔力を充電してもらったおかげで、極大魔法で敵を一掃するに充分な魔力を有している。
陣地の壁に仕掛けた爆発呪式が一斉に起爆、石壁を粉砕して無防備になったところに、ご想像のとおりの光の掃射魔法を発射。野戦陣地ごと、そこにいた帝国兵を塵へと変えた。
恨むなら、俺たちをこの世界に召喚した、お仲間を恨むんだな! よくも俺たち異世界人を勝手に呼び出して実験材料にしたり殺したりしてくれたな!
その後、俺たちは魔法装甲車に乗り、一気に野戦陣地跡地へ進出。近辺を捜索し、帝国兵の残党を狩り出した。
といっても、陣地跡地は跡形もなく吹き飛んでおり、たまたまその場を離れていた小隊や哨戒任務中だった連中が戻ってきたところを装甲車で強襲し倒したくらいだったが。……どんな時でも表情ひとつ変えずにマークスマンライフルで狙撃できるリアナさん、マジヤバイです。
ディグラートル大帝国、西方方面軍は、ヴェリラルド侵攻を開始した直後に一挙に二つの軍団を喪失、壊滅した。
ひとつは、蟻亜人による第二軍団、二つ目は、ガルネード将軍の第一軍団。その結果、同軍は西方に進出した戦力の再編成を余儀なくされることとなる。
・ ・ ・
二日後、俺たちはケーニギン領を離れて、王都スピラーレへと帰ってきた。
北方での騒動など知らない王都は平穏そのものだった。アクティス魔法騎士学校へ……行く前に、王城へ寄ることとなっていた。
エマン王と会談したピレニオ先王こと、ベルさんが言ったのだ。
『嬢ちゃんと話がしたいんだそうだ』
誘拐された件かと思ったが、そうではなく、王子を辞めた後はどうするのか、という話らしい。アーリィーがさらわれた件について、エマン王はジャルジーがやったことだろうとお察しだったらしい。
ともあれ、アーリィーが王子からお姫様に変わるのである。王位継承権を手放すことで、その後の人生というものも大きく変わってくるのは間違いない。アーリィーは王様になりたくないって言っていて、それは果たされる目処はついたが、じゃあその後はどうするのっていうのが、エマン王の疑問なのだろう。
「ボクは、ジンと一緒にいたいな」
迷惑、かな……? と彼女から小動物のような目を向けられると、胸の奥がかきむしられるような感覚に囚われる。抱きしめてもよかですか? いいですね? もちろん、いいんですよね?
「でも、ジンはさ、ボクが王族のままでいたほうがいいと思ってたりするのかな?」
アーリィーが不安そうな顔で聞くのである。おいおい、俺が身分で君に近づいたとでもいうのかい? 心外だなー。ここでメンドクサイ人間だと怒ったりするんだろうかね。不安な気持ちはわかるから俺は怒らないけどな。
「王位継承権を手放すのは平気だけれど、王族でなくなったら、ボク、君の役に立てないかもしれない」
いろいろ挑戦したいけれど、ジンにとってお荷物じゃないかな、と男装のお姫様は言うのである。
そりゃアーリィーが王族であって、もらえるものがあるなら今後の人生楽になるかもしれないけど、同時に、王族の義務やら行事やらに引っ張り出されたり、色々面倒ごとも増えるんだろうな……。
のんびり暮らしたい派の俺としては、王族としての彼女はどっちかといえばノーサンキューだったりするかもしれない。普通の人間としてのアーリィーのほうが俺はいいな。稼ぐ方法なら俺の場合いくつもあるし、その気で働けばアーリィーの一〇人や二〇人余裕で養っていけると思うよ。……あ、俺、アーリィーと一緒に生きていく気満々だ。
今更ながら、俺はそれに気づいた。一昔前の俺だったら、王族ってだけで遠慮したいと思っていたのに、今ではすっかりアーリィーと一緒にいて、今後も一緒にいることに何ら違和感をおぼえていない。
彼女が王子で、でも本当は女の子で、愛人関係みたいと建前はそうだけど、実質恋人同士で、これはもう、アーリィーと正式に結婚しても何ならおかしくない的な感情を抱いている。……周りが許してくれるのなら。
これは告白を考えておくべきかもしれない。
エマン王が、公式にアーリィーを王女とした後、彼女をどうするかによるところが大きいとはいえ、正式にプロポーズすることも考えねば。
そうだよな、俺、アーリィーが抱える性別問題を解決することばかりで、その先のことあまり考えてなかった。
王子のまま性別が発覚したら、アーリィーの命が危ないかもしれない――王族がどうなろうと知ったことではないが、彼女は助けたい。そう思ってここまでやってきたが、ここらで欲が出てきたというわけだ。
アーリィーが欲しい。彼女と添い遂げたい、と。
いや、俺はずっと、そう思っていたのではないか? 思えば、初めて会ったあの日から。アーリィーは俺の好みに合致し、ゲスなことを言えば抱きたいと思った。まったくもう……。これには苦笑だわ。
運命の出会いだったのかもしれない。だけど運命のって、もっとこう、綺麗なものだと思ってたけど、現実は中々そういうものではないんだなぁ。




