第244話、クロディス城へ
『ジン……ジン? 聞こえる?』
アーリィーの声が、シグナルリングの通話機能を通して聞こえた。魔法装甲車で移動中の俺たちである。
俺はすぐに指輪の対応キーを押した。
「聞こえてる。アーリィー、無事か!?」
『うん、今のところは……』
そうか。ひとまずは安堵。本当のところは、早く声が聞きたくてたまらなかった。向こうの状況がわからない以上、こちらから声を聞くのが憚られたのだ。少なくともアーリィーのほうから声がかけられるということは、敵が近くにいないことを意味している。
「今そちらに向かっている。必ず助け出すから待ってろ」
『うん!』
アーリィーの嬉しそうな声が返ってくる。
「それで、君をさらった奴は何者だ? あと今の状況と、可能なら自分がいる場所はわかるか?」
『ボクを連れ出すように命令したのはジャルジーだよ。いま、彼の城にいる』
やはりりジャルジーだった。奴の城というのは――俺が助手席を見やれば、ユナが頷いた。
「本城だとすると、ケーニギン公爵領――クロディス城かと」
「……わかった。そちらへ急ぐ」
俺は、シグナルリングに呼びかける。
「それで、いまは一人か? どんな様子だ?」
『うん、城の上層階の部屋に閉じ込められている』
「牢屋か?」
『ううん、結構いい部屋。……広いし、天蓋付きのベッドがある。来賓用だと思う』
「お客様待遇か」
今すぐ、どうこうということもなく、丁重に扱われているようだ。……まあ、以前アクティス校を訪れた時は、本気で女版アーリィーに惚れていたようだったからな。
『あ、誰か来た……! 一度、切るね』
「あ、待て――」
ぷつ、と通話機能が切れた。別に切らなくても、と思ったが、それだとこちらの声が漏れ聞こえてしまうかもしれないから、それでよかったかもしれない。
「とりあえず、今のところアーリィーが無事なのはわかった」
俺が言えば、後ろで聞いていたサキリスがホッと息をついた。助手席で地図を広げていたユナが、道に立っていた看板が流れていくのを目で追いながら言った。
「お師匠、ケーニギン領に入りました」
「よし。このままアーリィーのシグナルを頼りに先を急ごう」
目指すはクロディス城とやら。ケーニギン領に来るのは初めてだが、シグナルリングの誘導があれば問題はないだろう。
……待ってろよ、アーリィー。
・ ・ ・
屈辱だ――アーリィーは唇を噛んだ。
思えば波乱万丈な半日だった。授業中に誘拐され、王都の外へ転移して、そこからグリフォンの背に乗せられて空の旅。捕まってなくて、行き先がジャルジーの居城でなければ最悪ではなかったのだが。
手を縛られ、クロディス城の上層にあるグリフォンの発着場に降り立ったアーリィーを、ジャルジーとその配下が出迎えた。
「ようこそ、アーリィーの影武者くん!」
ジャルジーは芝居がかった仕草でそう言うと、アーリィーのそばまできて、気安く肩に手を置いた。
「……お前は、ここでは王子の替え玉であるという扱いだ」
小声で囁いたジャルジーは、アーリィーを城内へと招き入れた。
「性別のことは親父殿から聞いた。だからオレは、ここではお前を女として扱う」
「……!」
気がかりである性別のこと、それをすでに知っている――アーリィーは心臓をつかまれたように身体を強張らせる。それが伝わったのか、ジャルジーは笑った。
「心配するな。まわりにも替え玉は女だと伝えてある。お前を裸に剥いて女だとわかっても、誰も騒ぎはしない」
その言葉にめまいを覚えたのは仕方のないことかもしれない。
「それは、感謝すべきなのかな……?」
素直に喜べないから皮肉げな調子になってしまうアーリィー。ジャルジーはニヤついた。
「何なら影武者であることを否定してもいいぞ。その時はお前を裸で城内を連れまわすから」
逆らえるはずもない。ジャルジーの言うとおり、王子の替え玉であり、女を演じるほうがよさそうなのは理解した。
ジャルジーは、アーリィーの顎に指を当てた。
「今日からお前はオレのモノだ」
「気安く触らないでくれないか?」
「ご主人様に意見する気か? まあ、それもいい。せいぜい突っぱねてオレを愉しませてくれ。お前はオレの女であり、ペット、奴隷――」
自然とアーリィーは表情を曇らせた。だが、ジャルジーは顔を近づけ、擦り寄う。
「ああ、アーリィー、可愛いよ。アーリィー……」
気持ち悪い。本気で逃げたいアーリィーだが肩をがっしり掴まれ、手首を縛られてはそうもいかない。
「いいよ、そのおびえた表情。悔しがるところなんか最高だ……。苛めたいなァ」
その後、アーリィーは個室に通された。お前の部屋だ、というジャルジー。てっきり牢屋とか粗末な部屋を予想したのだが、普通に来賓用の部屋のようだった。
石の床には赤い絨毯が敷かれている。天蓋付きのダブルサイズベッド。アンティーク調の丸テーブルに、椅子が二つ。窓にはガラスがはめられていて、外からの明かりを取り込んでいる。照明は蝋燭ではなく、魔石灯だった。
縄を解かれ、痕の残った手首をほぐすアーリィー。一度ジャルジーは配下と共に部屋を出て行った。その隙にアーリィーはシグナルリングの通話機能で、ジンと連絡をとった。
すでに救出のために動いているのがわかり、すぐ駆けつけると言ってくれたジンの言葉に、アーリィーは勇気づけられた。彼なら絶対に助けに来てくれる、と。
そうであるなら、その時が来るまで自重しなくてはならない。助けの望みがなければ、攻撃魔法の類を使って、武器を手に入れたりしながら自力脱出の道を探るが、ここはジャルジーの本拠。多数の兵士がいるこの中を単独突破できると思うほど、自惚れてはいない。
チャンスを待つ、それまでは極力自由を確保しなくてはいけない。
ややして、ジャルジーが部屋に戻ってきた。
彼は椅子に座ると、連れてきた召使いたちに命じて、アーリィーの衣装を着替えさせるように命じた。
「いつもの王子様も凛々しいが、やはりお前には女らしい格好をしてもらわないとな」




