第242話、消えた王子様
フィンさんたちに、マントゥルのアジトの探索を任せると、俺とベルさんはポータルを使って王都、騎士学校の青獅子寮に戻った。
俺専用の魔法工房にセットしてあるポータルを潜れば、そこには姿形の杖こと、スフェラが片膝をついて待っていた。
「お帰りなさいませ、主様」
「スフェラ! アーリィーのシグナルリングが点灯している。何があった!?」
「はっ、その件につきまして、取り急ぎご報告が。……アーリィー殿下が何者かに誘拐されました」
淡々と事務的な報告だった。多少は感情のようなものを持ち合わせているように見せる彼女も、もとは杖である。
正直、少しカッとなったが、それを口に出すのは単なる八つ当たりだ。まずは状況を確認しなくてはいけない。
スフェラは、あくまで事務的に説明した。
アクティス魔法騎士学校の校舎内にて、睡眠効果のある魔法が散布され、教官や生徒らのほとんどが眠らされた。賊は、最初から王子が目的で侵入したが、そのアーリィーは眠っていなかった。以前、俺が渡した防御魔法具が、状態異常魔法から彼女を守ったのだ。渡してよかった魔法具。
だが、賊はその場で他の生徒を人質にした。生徒を盾にされて、アーリィーは投降、連れ去られたという。
王族である自分の身を守ることを優先……できなかったんだろうな。
あの王子の皮を被ったお姫様は、上に立つ者は下を守らなければいけない、という王族の義務に忠実だから。もとからお優しいというのもあるが。
「それで、教室から連れ出されて――」
学校からも連れ出された、と。俺は首を横に振った。
「近衛は何をやってたんだ?」
学校に行っている間は、校舎の出入り口をすべて近衛が見張り、また各階段も生徒に邪魔にならない範囲で警戒に立っている。ふだん俺が付いている時でさえ、そういう配置だったが……。
「校舎に配置していた当直の近衛騎士は全滅しました」
「全滅……!?」
見張りに立っていた兵は分散配置のところを各個不意打ちを受けて殺されたという。校舎周りを巡回していたオリビア隊長以下の警戒組も、王子をさらう一団と交戦になり、死傷者多数。
これは大敗北というやつではないか? よりにもよって俺がいない時にこんなことになるとは――
「それで、いま現在はどうなっているんだ?」
「近衛隊は、バルワン副隊長が指揮を引き継ぎました。アーリィー殿下探索と奪回のための再編成と情報を収集しております。賊との交戦により、敵を一名捕獲――ただし、自決したため現在は遺体を保管しています。それと――」
スフェラは顔を上げた。
「ただいまサキリスが、空中から賊を追尾しております」
「サキリスが!? 空からだと?」
「シェイプシフター装備で飛行能力を有しておりますから」
SS装備。そういえば、装備お披露目の時に、空を飛ぶための検証をすると言っていた。どうやら実用にこぎつけたらしい。
「いまもサキリスが追っているのか。一人で?」
「はい。さらに殿下には、小型のシェイプシフターをつけておりますので、万が一の時は――」
そう言いかけた時、工房の扉が開いた。メイド服に漆黒の軽鎧をまとう金髪元お嬢様のサキリスが勢いよく入ってきた。
「スフェラ、やられたわ! アーリィー様が……」
言いかけ、俺とベルさんがいるのに気づき、サキリスは顔面蒼白になり、その場で膝をついた。
「ご主人様、お帰りなさいませ! それと、申し訳ございません! アーリィー様を見失いましたっ!」
俺の叱責を怖れたのか、サキリスは顔を下げたままだった。
「アーリィー様の御身を守るよう、命じられたのに、その役目を果たすことができませんでした!」
「見失った、というのは?」
俺は疑問を口にした。お説教など、今はどうでもいい。
「はい、おそらく転移石と思われるのですが、賊はそれを使用してアーリィー様ともども何処かへ転移しました」
転移石。一定範囲の間を瞬間移動する魔法の石だ。さほど長距離を移動できるわけではないが、非常時の逃走用に用いられる。ただ一度しか使えない消耗品で、希少なために恐ろしく高価な代物である。
「つまり、犯人は――」
「金を持っている奴だな」
ベルさんが口を開いた。俺は頷く。
「身代金誘拐の線はないな。転移石はコストが悪すぎる。命を狙っているというなら、わざわざ連れ去るのはリスクが大き過ぎるしな」
「鮮やかな手並みだ。相当手馴れている連中だぞ」
小首を捻るベルさん。俺は、跪いているサキリスのもとへ歩きながら言う。
「ヴェリラルド王家の混乱を狙う外国の手の者って線もあるが、わざわざ連れ去る理由がわからん。エマン王が一枚噛んでいなければ、必然的に――」
「ジャル公か」
王位継承権第二位のジャルジー公爵。継承権上位のアーリィーがいなくなれば王の後継として指名される男。
「しかし、誘拐したとなると……」
「ああ、疑惑は晴れていなかったわけだ」
アーリィーの性別について。シェイプシフターの偽者を立てて、男だと見せ付けたにもかかわらず、誘拐ということはそういうことなんだろう。
俺が苦虫を噛んだような顔になるのは仕方ない。マントゥルの件で決着がついて、いよいよアーリィーを王位継承権争いから解放できると思った矢先にこれだ。
「とりあえず、さらったということは、すぐに殺したりはしないということだ」
何か目的があって――ああ、あの男は、アーリィーが女であることを望み、自分のモノにしたいようだったから、そのように振る舞うのだろう。王子をどこかに幽閉して、そのまま表舞台から姿を消せば、自然に王座が転がり込んでくる、というおまけ付き。
とはいえ、奴も相当なリスクを背負っての行動だ。王子が誘拐されたとあれば王都はもちろん、国中の騒ぎとなるし、万が一自分が関与したなんてことがバレれば王になった後も周囲からいらぬ反発や対立を生む。
しかし、強行に及んだジャルジーのこと、今はそのことは頭にないのだろう。手に入れた彼女を、花を愛でるように……、いや性欲のまま犯し尽くすかもしれない。
『なあ、ジンよ、これって寝取られか? ん?』
魔力念話で言うベルさんに、俺は視線を向けることなく答えた。
『空気を読め、黒猫』
ぽん、とサキリスの肩に手を置く俺。
「アーリィーを助けに行く。お前も来るか?」
「は、はい! もちろん、お供致します、ご主人様!」
サキリスが顔を上げるとその瞳を潤ませて言った。挽回の機会とでも捉えたか。まあ、それはいい。
「しかし、ご主人様。アーリィー様の居場所は――」
「それは心配していない」
コバルト製のシグナルリングを見る。
「追跡している。俺たちがするのは、かの――いや、王子殿下を取り戻すことだけだ」




