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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第21話、ワイバーン素材、売ってみた


 副ギルド長ラスィアさんは、駆け出し冒険者が複数同時に依頼を受けることの無謀さと、討伐系依頼を五回果たす前に死亡ないし引退する者が多いことを、冷静かつ丁寧に教えてくれた。


「あなたが多少、腕が立つ方だとしても、残念ながらそれを証明する手立てをわたくしたちは存じていません。まずはコツコツと実績を積み上げて、私たちが安心して依頼をお任せできる実力があることを示していただきたいのです」


 親切な美女に男は弱いんだ。まあ、話はわかる。わかるのだが、一件一件報酬が安い低ランク依頼を受けるのに、こう何度も往復するのは時間の無駄、というか非効率だと思うのだ。


「実力さえ示せば複数同時に受けても問題ない。いま断られているのは、僕に実力がないと思われているから、そういうことですね?」


 ああ、僕なんて言っちゃった。いつもは俺だし、公の場では私だったりするけど。


「そう受け取られて結構です」


 ニコリ、とラスィアさん。要約すると、ようやくわかってくれましたか、この雑魚、である。でも素敵な笑顔で言われると、たとえ心の中で何を言われていようが平気になれるのが男の悲しいさが。


「では、とりあえず簡単そうなのを一、二件。残りは戻ってきて、まだ依頼が残っていたらその時改めて、その場で受けるという形でよろしいですか?」

「……ええ、構いませんよ」


 少し間があったのは、俺が言った意味を考えたからだろう。そして特に問題ないと思ったか、そう返事してきた。


 俺は『グレイウルフ討伐』と『薬草採集』の二つを受けた。ラスィアさんは意見を挟まなかったので、同時に二件問題なく受けさせてもらった。


「ああ、副ギルド長さん。ちょっとお聞きしますが、僕はFランクなんですけど、もし上位ランク……例えば、ワイバーンを討伐した証拠を持ってくれば依頼を受けて、その報酬もらえたりします?」


 受付嬢のトゥルペが「はぁ?」と呆れも露わにすれば、ラスィアさんは少し困ったように顔を傾けた。


「それは……難しいですね。受けてもいない者が、依頼を果たした後に受けたと聞いたら、依頼主が報酬を出すことを渋るかもしれません。あなたが出したワイバーンの例えだと、それを倒した冒険者のことも知られるでしょうし。FランクではBランク依頼を受けられないという規則ですので」


 依頼主がなんやかんや理由をつけて報酬を出さない可能性が高くなるということか。オーケー、それなら仕方ない。


「わかりました。どうもありがとう」


 俺がお礼を言えば、ラスィアさんは一礼すると戻っていった。その美しい後ろ姿をしばし見送った後、俺は受付嬢から依頼手続きを済ませ、ひとつ聞いた。


「依頼とは別に、魔獣の解体場とかあるよね?」

「ええ……。持ち込んだ魔獣の解体はもちろん、素材の買取もしてますよ」


 胡散臭そうな顔でトゥルペは言うのである。彼女にとって俺は厄介な冒険者(きゃく)に認定されてしまったかもしれない。まあいいか、元々この人、愛想なかったし。



 ところ変わって、冒険者ギルドの正面フロア右手の奥には、解体場がある。

 奥の解体場は、自分で解体できない冒険者が有料で解体してもらったりするための場所で、倉庫のように広い。持ち込み解体を行っているので、中を見学すれば、いろんな魔獣や獣(ただし死体)を見ることができるだろう。ちょっと血の臭いが漂っているのが、慣れない人には難点か。


 俺はワイバーンの素材を売り払うことにした。Bランク依頼を受けられない以上、ワイバーン素材を持っていても仕方ないのだ。Fランクがワイバーン狩ったって怪しまれないか? なに、パーティーで狩ったやつを代表して持ち込んだと言えばいいさ。


 解体場の入り口脇には、素材買取用の窓口がある。そこにいたのは眼鏡をかけた、いかにも事務職といった平凡な顔立ちの男性職員。なおエプロンをしているが、血の跡がついてたりする……。


「どうも、素材の買取をお願いします」

「どうぞ。……モノは何です?」


 この人も愛想はないが、淡々と仕事を進める感じだ。解体とか日常的にやっていると、無感動な人間になるとか何とか。


「ちょっとした大物です」


 ワイバーンです、と言うのが少し気恥ずかしかった。だって今、Fランクのド素人魔法使い演じてるから。


「……ほう。これは」


 眼鏡の職員は、表情こそ変わらなかったが、まじまじと俺が置いた爪と鱗を観察する。


「リザード……いや、これ、ワイバーンですね。へぇ、意外に早く討伐されたものですね」


 感心の声を上げるが、表情は無感動のまま動かない。


「あなたが仕留めたのですか?」

「ええ、まあ」


 職員は俺のほうを見なかった。並べられた爪六つと鱗――アーマー三着分くらいになるそうな――、ワイバーンの歯をいくつか。職員は、カウンターの奥にあるノートのような本をとると、それに目を走らせながら査定を行う。

 さらに紙――買取査定書に、素材とそれぞれの査定ランク、金額を書き込んでいく。

 買取額、合計9057ゲルド。……あれー、これ。


 ちょっと思いがけなく高額なような。いや、そりゃBランク指定のワイバーンだから素材が高く買い取ってもらえるのはわからなくもない。

 えーと、確か依頼だと報酬2万ゲルド……。あの大きさからすると、俺が持ち込んだのは半分どころか三分の一以下だ。爪や歯が高く査定されたのか。……ひょっとして、あの依頼の2万って実はかなり安い額だったり?


「君の持ち込んだ素材だけど」


 男性職員は淡々と言った。


「非常に状態がよい。とくに鱗は綺麗に剥がしてあって、切り傷や傷みもない。たぶん、傷のある部位はとってこなかったんだろうが」

「どうも」

「この金額でよければ、サインを」


 俺は羽根筆を借りて、査定額の書類にサインする。男性職員も同様にサインをすると、振り返って声を張り上げた。


「ピーノ、金貨だ! 金貨もってこい!」


 先ほどまでの淡々とした調子からは想像できない大声だった。思わず俺も振り返れば、フロア休憩所の冒険者たちにもその声が聞こえたようで、こちらに視線を向けてきた。……嫌な予感がしてきた。


「すまんね。この窓口で、まとまった金貨を出すほどの買取ってあまりないから」


 淡々と眼鏡の職員は言うと、金貨九枚をカウンターに置いた。そして銅貨を並べようとして手を止めると、銀貨を一枚出して、査定額に訂正の線を引くと9100ゲルドと書き直した。

 43ゲルド余分にもらえた。たぶん、銅貨を57枚並べて数えるのが面倒だったのだろう。こういうところは日本人とは違う、外国、いや異世界人の傾向だった。


 Bランク依頼を受けられる身だったら、素材売った金以外に2万ゲルドもらえたわけだが……まあ、結構な額で買い取ってもらえたらからよしとしよう。滑り出しとしては悪くない。

 俺は、借りてきた猫のように大人しいベルさんと冒険者ギルドを離れる。一応、依頼を受けてるから果たさないとね。


「そういえば、ベルさん、ほとんど喋らなかったね」

「なんだ、喋ってほしかったのか?」


 ふふん、とベルさんが言った。


「窓口でオイラが喋ることなんて特にないだろ?」


 それよりも、と、ベルさんは振り返った。


「何か、やな感じの奴らがつけてきてるぞ」

「……ああ、たぶんアレだ。俺いま金貨持ってるからね」


 ギルド入り口フロアには休憩所があって、解体窓口は近い。あの眼鏡さんの大声で高額買取があったのが聞こえたのだろう。


「さて、どうしたものか」


 いわゆる初心者狙いのごろつき冒険者か。食うに困って、金を奪おうとする強盗まがいに走ろうとしている冒険者か。……たまにいるんだよな、恐喝や暴力に走る悪党崩れが。

 仕方ないので通りを避けて、狭い路地に入り込む。ひと気のない場所に入ったのを見て取り、追跡者たちは一気に距離を詰めてきた。


「あらまあ、行き止まり!」

「ジン、もう少し上手に演技できね?」


 あまりの棒読みに、ベルさんから突っ込みが入った。

弱そうな奴を取り囲むのは大抵、雑魚い。

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