第221話、少年とネクロマンサー
「ぐぬぬ……」
死霊使いのケイオスは歯噛みした。
漆黒の法衣をまとい、フードを被った痩身の魔術師は、手駒だった死霊騎士やフレッシュゴーレムらが、馬車のない車と共にやってきたヴェリラルド王国の近衛部隊によって全滅させられる光景を目の当たりにした。
――これではあの方に申し訳が立たん……!
ケイオスは得意の死霊術で、アンデッド召喚を行おうとする。だがすぐに思い直した。強力な死霊騎士らを倒した敵である。ただのスケルトンやゴーストで相手になるとは思えない。ここは恥を忍んで、状況を持ち帰るのが優先ではないか。
そう思いなおしたケイオスは、変化術を用いてカラスの姿に化けると、シュテッケン村を後にした。
空高く飛び上がるカラス。その姿を、見つめる目があることも知らずに――
・ ・ ・
シュテッケン村の敵は掃討された。……と思いたい。現在、手分けして村にまだゾンビどもが残っていないか捜索を行っている。
俺は、アーリィーやベルさんらと共に教会の前にいた。負傷した近衛騎士たちの手当てが行われるのをよそに、シェイプシフターや浮遊する単眼を使って、アンデッドらを統率していたネクロマンサーの姿を探す。初めからいなかった可能性はあるが。……それとも、もう逃げたのだろうか。
だが早々に、シェイプシフターが報告をよこした。少女と魔術師の二人組が、ゆっくりとこちらへ向かってきているという。
スフェラが斥候の言葉を通訳する。
「黒髪の少女らしく、見たところ旅人の服装。その隣にいるのは紫と黒のフード付きローブをまとった魔術師のようです。素顔は見えませんが、おそらく男性。……例のネクロマンサーでは?」
「黒と紫……」
俺は視線をベルさんへと向けた。暗黒騎士はデスブリンガーを地面に突き立てる。
「いかにも、暗黒魔術師ですって格好か」
「他にアンデッドの姿は?」
「ありません」
さて、どうしたものか。ゾンビなどを率いているのならネクロマンサーで、ほぼ確定なのだが。村に住んでいた魔術師とか、あるいは戦闘中にこの村に到着した旅人という線も無きにしも非ず……。
「ま、こっちへ来るんだろう。会えばわかるさ」
ベルさんの言葉に、聞いていたアーリィーは「そうだね」と頷いた。
シスターのアディと打ち合わせをしていた近衛のオリビアが戻ってきて、ユナと共に、やってくるという二人組に備える。
が、俺とベルさんはやってきた二人組を見て、すぐに「敵じゃない」と周りに伝えた。
何故なら旅装の黒髪をショートカットにした少女――もとい少年は、フォリー・マントゥルの捜索を依頼していた異世界人のニンジャ、ヨウ君だったからだ。
そして隣にいる黒と紫の、いかにも禍々しい暗黒魔術師っぽい姿の男もまた、俺たちの知り合いだった。
「やあ、ヨウ君。そしてお久しぶりです、フィンさん」
こんにちは、と穏やかな声で応じるヨウ君。そしてフィンさん――俺と同じく異世界の住人であるネクロマンサーはフードの奥から白い肌――いや仮面のついた顔を見せた。
「あぁ、久しいな、ジン。それとベル殿」
「こんなところで会うとは思っていなかった!」
「それは僕も同じですよ」
朗らかなヨウ君。俺の傍らに来た、アーリィーが小声で言った。
「誰? 紹介してもらえるかな?」
「ああ、そうだった。そちらの女の子に見えるが実際は男なのが、鳥凪ヨウ――」
「男の子!?」
驚くアーリィー。男の娘にも見えるが、どちらも同じに見えるのがヨウ君のヨウ君たるところ。傍目からすると、アーリィーも同類に見える、といったら、この男装姫はどんな顔をするだろうか。
「で、こっちのネクロマンサーが、フィンさん」
「ネクロマンサー!?」
周囲で聞いていたオリビアや近衛たちが、とっさに剣の柄に手をかける。ベルさんが声を上げた。
「まあ、待て。腕のいいネクロマンサーではあるが、今回の件とは関係ない。……そうだろ?」
「あぁ、今のところはな」
仮面の奥から聞こえる男の声。年寄りではないが、それなりに歳を重ねた成人男性のものだ。
今のところ? 引っかかる言い回しだと俺は思った。いや待てよ、ここにヨウ君がいるということは。
「ひょっとして、例の依頼がらみか?」
「そういうことです」
頷くヨウ君。フォリー・マントゥルが関係している。先日、寄越した手紙には、マントゥルは死霊術を研究したとか――ひょっとして今回のゾンビ騒動に奴が関わっているということか……!
「ね、ねえ、ジン。さっきから話が見えないんだけど――」
アーリィーが聞いてくるが、話の内容は、近衛とか外部の人間がいる前では言えないな。彼女の性別問題にも関わる人物の名前を、軽々しく口には出せない。
「悪いな、アーリィー。顔なじみと、ちょっと大事なお話をしてくる。ヨウ君、フィンさん、場所を移そう。ベルさんも来てくれ。……サキリス、スフェラ!」
「はい、ご主人様」
「なんなりと、主様」
控えていたサキリスと、シェイプシフターが答える。
「誰も、俺たちの周りに近づけるな。……いいな?」
「「かしこまりました」」
豪奢な髪のメイドと、漆黒の髪の女魔術師は恭しく一礼した。
アーリィーやオリビア、ユナが困惑する中、俺とベルさんは、異世界から召喚された者たちと離れた場所で会談する。
崩れかけの民家の居間に上がりこみ、無人なのを確認。さらに周辺に遮音効果の魔法を張ることで、聞き耳を立てられるのを阻止する。
俺は床に倒れていた椅子を起こし、そこに座る。
「じゃあ、ヨウ君。報告を聞こうか」




