第216話、藍と黄
翡翠騎士団の活動は、以前に比べて低調になりつつあった。
最大の理由といえば、魔法騎士に憧れたサキリスが、その夢を半ば諦める形になったことで、派手な戦功をあげる必要がなくなったのが大きい。
アーリィーは実力をつけていたし、マルカスにしても冒険者ランクをCに上げ、苦手だった魔法についても底上げされた結果、すでに一線級の魔法騎士にふさわしい力を得ている。
しかしながら、練習を怠れば、せっかく鍛え上げた技が錆びつくように、時々、冒険者ギルドの依頼をこなすことで能力の維持、向上は続けていた。
俺はというと、アーリィーを守るという役割を果たしつつ、新型ゴーレムの開発など、例によって趣味に走っていた。
地下秘密通路の大部屋は、魔法装甲車の待機所となっているが、青獅子寮の魔法工房ではできない製作や作業を行う場所にもなっている。
「ご主人様、少し休憩になられては……?」
メイド服がすっかり板に付いたサキリスが、トレイを手にやってくる。アルイの葉を使ったお茶とお菓子のクッキーを運んできたのだ。俺は、水魔法で手を洗うと一息つく。
「ありがとう」
「……今度はいったい何を作られたんですか?」
サキリスの目は、俺が製作していた新型ゴーレムに向く。
ひとつは、藍色のボディカラーの人型――いや、その姿は身長190センチほどで、全身を鎧で固めた騎士のように見える。中に人が入っているのではないかと思わせる、ゴーレムと呼ぶにはスマートなスタイルだ。
「スクワイア・ゴーレム……いや、従者と言っていいのかわからないが、これまでの荷物運びと最低限の掩護に特化した機体とは異なる、戦闘型のゴーレムだよ。名前は『青藍』だ』
「セイラン……。不思議な響きですね」
鮮やかな藍色って意味だ。俺は、青藍の隣に立つ。
「これまでのゴーレムよりも俊敏で、武器や道具を使える器用さを持っている。ゴーレムというと、単調な行動パターンと攻撃手段が近接戦しかできないという欠点があった。まあ、素材のおかげで堅くて、当たれば威力がデカいという長所もあるが……」
「動きが鈍いですから」
サキリスは、すまし顔で言った。
「機敏さと、ゴーレムの装甲を穿つ威力の武器さえあれば、ただの的ですわ。……その点、このセイランは、そうしたゴーレムの欠点を改善されたのですね?」
「見た目は、ふつうのゴーレムに比べて迫力に欠けるがね」
「確かにゴーレムという見た目ではございませんわね。ですがこの精悍な姿……わたくしは好みですわ」
ありがとう。俺はアルイ茶を飲んだ。
「まあ、器用さと言っても、いつものとおり、サフィロのコピーコアを搭載しているだけではあるんだがね」
それがなければ、その知能はただのゴーレムになってしまう。
俺の言葉に頷いたサキリスは、ついで小首をかしげる。
「それで、こちらの異な姿の物体は……これもゴーレムなのでしょうか?」
足が四本あった。盾のようなその胴体は、傍目から見れば、まるで金属製のカメのようにも虫のようでもある。基本となるカラーは、薄い黄色だ。
「スクワイア・ゴーレム3号。ゲルプ」
俺は、トレイを持ったままのサキリスから、クッキーをとると食べる。……あ、さくさくして美味いなこれ。お茶を一口。
「ブラオとグリューンとは形が全然違うのですね」
「主人の掩護を優先させたからね」
ブラオやグリューンは、武器の輸送やサポートがメインだ。いちおう武器を持たせることができるが、主人の代わりに戦うのは、いささか心許ない。
例えば、アーリィーたちのランク昇格試験で想定以上のゴブリンと交戦することになった時。せめて牽制程度でも敵の動きを阻止できる攻撃能力がスクワイアたちにあれば、もう少し余裕ができたと思うのだ。
いちおう装備や物資の輸送を可能とする背部。腹部には飛び道具として攻撃型魔法杖を四門。背部の輸送を捨てれば、魔法杖をさらに倍増も可能だ。主に射撃戦で掩護するのが役割と言える。
「ずいぶんと鈍重そうですが」
ケルプの形状から、カメのような動きを想像したのかもしれない。俺はサキリスに言った。
「基本は、浮遊で移動する。足は停止している時や射撃時の固定用だ。あと、ちょっとしたおまけ」
「おまけ、ですか……?」
「お前、あの足が腕になるって言ったらどう思う?」
はい? サキリスは、わけがわからないとばかりに俺を凝視した。
ゲルプはね、他のスクワイアと違って、あのボディが武器になるんだよ。盾になったり、青藍の多腕装備となったり……ね。
もっとも、このあたりはまだ調整中だから、お披露目はしないけど。色々盛り込んだけど、実際に期待通りに動くかどうかわからない。テストもしてないんじゃ、まだ机上の空論の域を出ていないのだ。
「美味しいクッキーをありがとう」
俺がお礼を言うと、サキリスはわずかに頭を下げながら、しかし表情はほころんだ。
「お口にあってようございました。作った甲斐があったというものです」
「お前が作ったのか?」
はい、とサキリスは目を伏せる。
「へえ、上手いもんだ。そっちの才能もあったのか」
お菓子が作れるんだな、この元お嬢様。スーパーメイド、目指しちゃう?
そこへ、大部屋の扉が開く音がした。見れば、ベルさんを先頭に、アーリィーとユナがやってきた。
「ジン」
「お師匠」
アーリィー、ユナが来ると俺は頷き返した。
「もう時間か。とりあえず、用語は覚えたかな?」
「うん、ばっちり」
「問題ありません」
二人は答えた。よしよし、俺が先日渡したマニュアルで予習は済ませたらしい。
「じゃあ、早速はじめようか。記念すべき、運転講習第一回目!」
そう。以前、魔法車を運転したいと言っていたアーリィーとユナに対しての、運転指導である。
いきなり魔法装甲車というのも酷なので、小ぶりな魔法車のほうで、運転してもらう。……あー、車の免許のために教習所に通った頃を思い出すな。
「ベルさんは、いいのかい?」
「あ? オイラは別に運転したいとは思ってないよ」
黒猫は、興味なさげに尻尾をぶらぶらさせた。
そんなわけで、俺たちは一度、地下秘密通路を使って王都の外に出ると、広々とした平原で、魔法車の教習をはじめた。
アーリィーは、助手席で俺の運転を見ていた時間が長かったからか、自分で動かしていることに感動しているようだった。緊張しながらも、割りと素直に動かしていた。真剣にがんばってる横顔が可愛い。
対するユナは、ひとつひとつの動作を確認しながらやっていた。確実ではあるが、いちいち止まったりするので、人によってはイライラさせられただろうな、と思う。ただその分、二度目からの操作によどみがなく、覚えるのが早かった。この子もスペック高いよなぁ、ほんと。
ゆっくり走らせる分には、二人とも問題はなかった。後は急な動きや、狭い場所や人がいる場所での運転などを経験させてやれば、一人でも走らせられるようになるだろう。……シェイプシフターたちに通行人役をやらせてみよう。万が一当てても、車の当たり程度ではビクともしないし。
次のステップにどう進めるかを考えながら、俺は彼女たちの運転模様を眺めるのだった。




