第19話、魔女は誘惑する
魔法道具屋の左隣が薬屋だった。
入り口上に看板がありエスト語で『ディチーナ』と書かれていた。店の名前だろう、たぶん。
魔女が店主、と聞いたが、店の外観はごく普通。しかしベルさんはピクリと髭を撫でる。
「……悪魔が嫌いそうな臭いがする」
「確かに、香水みたいな匂いが凄いな」
店を開ける前から漂う匂いをよそに、俺は扉を開けた。
チリン、と鈴の音がした。ふいにベルさんが、おっと、と扉を跨ぐ時に軽くジャンプした。何かを避けたようにも見えたが……はて、この銀色のラインを避けたのか?
室内は、魔石を加工した照明が幾つも点灯している。赤や緑、青とカラフルなのはいいが、色彩感覚おかしくなりそう。
おまけに日が昇っているにもかかわらず、外からの光を黒いカーテンが遮っているので、時間の感覚もわからなくなりそうだ。
「あら、いらっしゃい……」
若い女の、しかし気だるい声がした。……いかにも魔女ですと言わんばかりのつばの広い尖がり帽子を被った美女がそこにいた。
見た目は二十代、切れ長の瞳に、緑色の長い髪の持ち主。カウンターごしに見える上半身はスレンダーかつ胸もとグラマラスと何とも色欲をかもす体型。端的に言えば『妖艶美女』である。
「お兄さん、見ない顔ね」
魔女店主は、俺を見やり、ついでベルさんを見た。
「そちらの子は使い魔? ずいぶん変わったものを連れているのね。グリマルキン?」
ベルさん、答えてやれよ。
「我輩は猫ではない」
猫である、じゃないのかよ……。いや猫じゃないんだけどさ。
「あら、驚いた。しゃべるのねキミ」
魔女さんが興味を示したようだ。
「いったいキミは何なのかしら?」
たぶん種族的なものを聞いたのだろう。ベルさんは身も軽く、カウンターへ飛び乗ると、魔女さんを見上げた。
「我輩は、我輩である」
哲学か何かですかベルさん。というか、あなた我輩キャラではなかったですよねぇ。
俺は店の中を見て回る。陳列棚には瓶に入った液体が、並べられている。ポーションやマジックポーション、毒消し、その他魔法薬と思しきものがずらり……。
んー、ポーション150ゲルド? たかっ!? 普通の道具屋でもポーションは50ゲルドくらいで買えるぞ。
「あぁ、うちのポーション。実質ハイポーションだから、その値段なのよ」
目敏く魔女さんが声をかけた。視線をやれば、彼女はベルさんの顎をつついて遊んでいた。ベルさん、美女とおたわむれ中、まんざらでもない様子。……羨ましいな、この野郎。
別の棚に移動する。こちらは塗り薬だろうか。小さな壺型の容器に入っているものが並んでいる。ちなみに天井からは、なにやら植物の根がぶらさがって……あ。
「マンドレイク」
薬草であり、魔法や錬金術などに用いる素材として物語などで見かけるそれ。この世界にも存在していて、土から引き抜くと、警報さながらの悲鳴を上げることで有名だ。まともに聞くと発狂して死ぬ、というのは尾びれがついているが気絶くらいはするらしい。
「それでお兄さん」
魔女さんが、値踏みするような目になる。
「うちは薬屋だけど、何かお薬探しているのかしら?」
「そうですね……とりあえず、マジックポーションを……1金貨出したら幾つ買えます?」
「四本ね」
普通の道具屋なら五本買える。
「マジックポーションも質がいいんですよね?」
「ええ、あたし自ら調合してるからね。効果のほどは保証するわ」
俺はカウンターに行くと、マジックポーション四本分の代金に1ゲルド金貨を置く。
「えーと、魔女さん」
「エリサ。エリサ・ファンネージュよ」
「ジン・トキトモ」
反射的に名乗った俺は、そこで相好を崩した。
「ちなみに、ここって薬草とか持ち込んだら買ってくれたりします?」
「なに? 何か珍しい薬草でも持っているのかしら?」
エリサさんが悪戯っ子のように微笑んだ。
「今は特に。ただダンジョンに潜るので、何か面白いものがあったら買ってくれるかなって」
「あら、冒険者さん? ……そうねえ、いいわよ。薬草とか毒草とか、薬の素材になりそうなもの持ってきてくれたら買い取ってあげるわ」
彼女は、カウンターにマジックポーションの入った瓶を四つ置いた。俺は革のカバンに瓶をしまっていく。
「ちなみに冒険者ギルドに、あたしも採集依頼出してる時があるから、よかったら受けてくれると嬉しいな、お・兄・さ・ん」
魔法使いがいる世界でなお『魔女』と呼ばれることの意味。




