第205話、サキリスの覚悟
婚約破棄。故郷に、家に、家族を失ったサキリスに同情した俺だったが、エクリーンさんはさらに続けた。
「あと、もうひとつ問題があるのですが……。サキリスさん、学校から退学処分を下されまして……寮も立ち退くことに」
は?
聞いていた俺たちは固まってしまった。
「どうして!?」
アーリィーが声を荒げた。思わず席を立った王子様に「落ち着け」と俺はなだめる。エクリーンさんを見やり、極力感情を抑えて質問する。
「サキリスの退学処分の理由って、奴隷落ちしたせいですか?」
「要点を言えば、そうですわね。学校側は回りくどい言い方をしていましたけれど」
何てこった。一度でも奴隷に落ちたら魔法騎士にはなれませんってオチか? ふざけやがって!
サキリスの転落が止まらない。故郷、家族を失い、通っていた魔法騎士学校の生徒ですらなくなり、住んでいた寮を追い出された。今や彼女は文無し家無しと、ないものづくしである。
先ほどから、サキリスはうつむき、黙り込んでいる。自らの現状を嘆き、絶望に打ちのめされているのだろう。彼女からしたら、すべてを失ってしまったと思っても不思議ではない。
もっとも、すべてを失ったというのは間違いではある。
何故なら、サキリスはCランクの冒険者なのだ。学生でなくなったが、冒険者としての道は現状、何の障害はなく、怪我をしているわけでもないので、当面の生活費を稼ぐことに問題はない。
それに、俺たちもいる。
貴族でなくなったサキリスに対して、態度を変える者もいるだろう。が、少なくとも俺やベルさんは、これまでどおり接していく。彼女とは、別に貴族だったから付き合っていたわけじゃないしな。困っているなら助ける。そう、これまでどおりだ。
「とりあえず住むところだな。地下通路に空き部屋があるから、そこに私物を運び込んで仮の住まいとしよう」
そういえば荷物は? 俺が聞けば、エクリーンさんが答えた。
「お茶会部の部室に運び込んでありますわ」
「じゃあ、そこから移動させよう。……ああ、もちろんクロハも」
サキリスはもちろんだが、後ろに控えているクロハも驚きの表情を浮かべた。
クロハは、キャスリング家のメイドである。その仕える家がなくなった今、彼女は給料も入らない状態だ。専属メイドだから従っているとはいえ、その主人であるサキリスが文無しである。クロハも、岐路に立たされているのだ。
「まず、一息つこう。サキリスやクロハの今後については、そこで考えよう」
次は当面の食事だな。俺はアーリィーを見る。
「青獅子寮のほうで手配できるかな? 問題があるなら食費、俺が出すけど」
「それくらいならボクのほうで頼んでみるよ」
アーリィーは任せて、と胸に手を当てた。使える権限は使わないとね、と男装のお姫様は笑う。とはいえ、ただ飯もよくないから、いずれ何らかの形で返すか、早々にひとり立ちが必要だろうがね。少しの間、面倒をかける。
「どうして……?」
ぽつり、とサキリスは言葉を漏らした。同時に、堪えていた涙が頬をつたう。
「貴方は何故そこまでして、わたくしに手を差し伸べてくださいますの……?」
どうして、と言われてもな。
魔法騎士になりたいという夢を応援したいと思った。大変な状況になったのを見たら助けたいと思った。ただ、それだけだ。
同情しているだけかもしれない。が、それはいけないことか? 放っておくわけにもいかないだろう。そう――
「放っておけなかった。それだけだよ」
そう言ったら、何故かアーリィーやエクリーンさんから生暖かい目を向けられた。何が言いたいんだ、その顔は?
・ ・ ・
サキリスとクロハの仮のお引越しを手伝い。ブラオとグリューンが例の浮遊板を使って大半の荷物を運び出した。スクワイアの本領発揮である。
地下秘密通路の一角に作った部屋を彼女たちに割り当てる。仮の家具として、スライムベッドや、その他ストレージに回収して、しまったままになっていた机や家具の類を出す。シーツや服については、アーリィーやエクリーンさんにお願いしておいた。
俺が家具を並べていると、神妙な面持ちでサキリスがやってきた。
「上手く言葉にならないのだけれど……その、ありがとう、ございます」
サキリスは、頭を下げた。
「わたくしは、貴方に命を救われました。一生返せないほどの恩も……。その恩に報いなければならない」
俺は人への借りは返す主義だが、人からのお返しはあまり気にしていない主義でもある。だから気にするな、と言いたいところではあるが……無理もないかなとも思う。
何せ400万ゲルドを使って彼女を助けたのだから。
「返さなくていい、なんて言っても納得できない、か?」
俺は家具の上に行儀悪く座ると、サキリスを見た。豪奢な髪のお嬢様は視線を落とした。
「ええ。それはいけませんわ。少なくとも、わたくしが嫌だと言っても、貴方にはわたくしを自由にする権利があります。400万も出して買ってくださったのですから」
「君は奴隷じゃないぞ」
「奴隷でもいい。貴方なら」
サキリスはその場に膝をついた。
「魔法騎士になりたいという夢を叶えようとしてくれた。わたくしの……その、性癖にも付き合ってくださった――」
恥ずかしげに顔をそらすサキリス。性癖という部分が、小さな声になるところが、ちょっと苛めたくなる。自信たっぷりで高飛車入っている娘が見せるこういう羞恥は、ゾクリとくるものがあった。
「わたくしは、貴方が好きです」
サキリスは言った。
「でも、貴方に並び立つような女でもない。けれど、受けた恩はお返ししたい。だから、わたくしをお傍に置いていただけないでしょうか? 奴隷でも何でも、貴方の望むままに。身も心も、貴方に捧げます……。どうか――」
深々と、サキリスは頭をたれた。その仕草は、少し前にシェイプセプターを手に入れた時に、杖の精が見せたそれを思い出させた。
主従の誓い。
自らの人生を、俺の手に委ねる決断、そして覚悟だ。当然、俺にも責任が付きまとう。彼女の人生を引き受けることになるのだ。
もともとサキリスの面倒は見るつもりでもいた。だがひとり立ちしたら自由にしていいよ、というのと、奴隷として引き受けるのとでは違う。
はてさて、どう答えたものか。




