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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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206/1943

第205話、サキリスの覚悟


 婚約破棄。故郷に、家に、家族を失ったサキリスに同情した俺だったが、エクリーンさんはさらに続けた。


「あと、もうひとつ問題があるのですが……。サキリスさん、学校から退学処分を下されまして……寮も立ち退くことに」


 は?


 聞いていた俺たちは固まってしまった。


「どうして!?」


 アーリィーが声を荒げた。思わず席を立った王子様に「落ち着け」と俺はなだめる。エクリーンさんを見やり、極力感情を抑えて質問する。


「サキリスの退学処分の理由って、奴隷落ちしたせいですか?」

「要点を言えば、そうですわね。学校側は回りくどい言い方をしていましたけれど」


 何てこった。一度でも奴隷に落ちたら魔法騎士にはなれませんってオチか? ふざけやがって!

 

 サキリスの転落が止まらない。故郷、家族を失い、通っていた魔法騎士学校の生徒ですらなくなり、住んでいた寮を追い出された。今や彼女は文無し家無しと、ないものづくしである。


 先ほどから、サキリスはうつむき、黙り込んでいる。自らの現状を嘆き、絶望に打ちのめされているのだろう。彼女からしたら、すべてを失ってしまったと思っても不思議ではない。


 もっとも、すべてを失ったというのは間違いではある。

 何故なら、サキリスはCランクの冒険者なのだ。学生でなくなったが、冒険者としての道は現状、何の障害はなく、怪我をしているわけでもないので、当面の生活費を稼ぐことに問題はない。

 それに、俺たちもいる。


 貴族でなくなったサキリスに対して、態度を変える者もいるだろう。が、少なくとも俺やベルさんは、これまでどおり接していく。彼女とは、別に貴族だったから付き合っていたわけじゃないしな。困っているなら助ける。そう、これまでどおりだ。


「とりあえず住むところだな。地下通路に空き部屋があるから、そこに私物を運び込んで仮の住まいとしよう」


 そういえば荷物は? 俺が聞けば、エクリーンさんが答えた。


「お茶会部の部室に運び込んでありますわ」

「じゃあ、そこから移動させよう。……ああ、もちろんクロハも」


 サキリスはもちろんだが、後ろに控えているクロハも驚きの表情を浮かべた。


 クロハは、キャスリング家のメイドである。その仕える家がなくなった今、彼女は給料も入らない状態だ。専属メイドだから従っているとはいえ、その主人であるサキリスが文無しである。クロハも、岐路に立たされているのだ。


「まず、一息つこう。サキリスやクロハの今後については、そこで考えよう」


 次は当面の食事だな。俺はアーリィーを見る。


「青獅子寮のほうで手配できるかな? 問題があるなら食費、俺が出すけど」

「それくらいならボクのほうで頼んでみるよ」


 アーリィーは任せて、と胸に手を当てた。使える権限は使わないとね、と男装のお姫様は笑う。とはいえ、ただ飯もよくないから、いずれ何らかの形で返すか、早々にひとり立ちが必要だろうがね。少しの間、面倒をかける。


「どうして……?」


 ぽつり、とサキリスは言葉を漏らした。同時に、堪えていた涙が頬をつたう。


「貴方は何故そこまでして、わたくしに手を差し伸べてくださいますの……?」


 どうして、と言われてもな。

 魔法騎士になりたいという夢を応援したいと思った。大変な状況になったのを見たら助けたいと思った。ただ、それだけだ。


 同情しているだけかもしれない。が、それはいけないことか? 放っておくわけにもいかないだろう。そう――


「放っておけなかった。それだけだよ」


 そう言ったら、何故かアーリィーやエクリーンさんから生暖かい目を向けられた。何が言いたいんだ、その顔は?



  ・  ・  ・



 サキリスとクロハの仮のお引越しを手伝い。ブラオとグリューンが例の浮遊板を使って大半の荷物を運び出した。スクワイアの本領発揮である。


 地下秘密通路の一角に作った部屋を彼女たちに割り当てる。仮の家具として、スライムベッドや、その他ストレージに回収して、しまったままになっていた机や家具の類を出す。シーツや服については、アーリィーやエクリーンさんにお願いしておいた。


 俺が家具を並べていると、神妙な面持ちでサキリスがやってきた。


「上手く言葉にならないのだけれど……その、ありがとう、ございます」


サキリスは、頭を下げた。


「わたくしは、貴方に命を救われました。一生返せないほどの恩も……。その恩に報いなければならない」


 俺は人への借りは返す主義だが、人からのお返しはあまり気にしていない主義でもある。だから気にするな、と言いたいところではあるが……無理もないかなとも思う。

 何せ400万ゲルドを使って彼女を助けたのだから。


「返さなくていい、なんて言っても納得できない、か?」


 俺は家具の上に行儀悪く座ると、サキリスを見た。豪奢な髪のお嬢様は視線を落とした。


「ええ。それはいけませんわ。少なくとも、わたくしが嫌だと言っても、貴方にはわたくしを自由にする権利があります。400万も出して買ってくださったのですから」

「君は奴隷じゃないぞ」

「奴隷でもいい。貴方なら」


 サキリスはその場に膝をついた。


「魔法騎士になりたいという夢を叶えようとしてくれた。わたくしの……その、性癖にも付き合ってくださった――」


 恥ずかしげに顔をそらすサキリス。性癖という部分が、小さな声になるところが、ちょっと苛めたくなる。自信たっぷりで高飛車入っている娘が見せるこういう羞恥は、ゾクリとくるものがあった。


「わたくしは、貴方が好きです」


 サキリスは言った。


「でも、貴方に並び立つような女でもない。けれど、受けた恩はお返ししたい。だから、わたくしをお傍に置いていただけないでしょうか? 奴隷でも何でも、貴方の望むままに。身も心も、貴方に捧げます……。どうか――」


 深々と、サキリスは頭をたれた。その仕草は、少し前にシェイプセプターを手に入れた時に、杖の精が見せたそれを思い出させた。


 主従の誓い。


 自らの人生を、俺の手に委ねる決断、そして覚悟だ。当然、俺にも責任が付きまとう。彼女の人生を引き受けることになるのだ。


 もともとサキリスの面倒は見るつもりでもいた。だがひとり立ちしたら自由にしていいよ、というのと、奴隷として引き受けるのとでは違う。

 はてさて、どう答えたものか。

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