第204話、不幸は連鎖する
「400万ゲルドか……」
アーリィーが呟いた。
サキリスを救い出して、はや四日が経過した。授業が終わり、青獅子寮に戻った俺たちは、寮の二階、学校を見ることができるバルコニーからの景色を眺めていた。
「あまり実感のわかない数字だけど、よく用意できたね、ジン」
「まあな」
手すりに肘をつくアーリィーの横に、俺も同じく肘をつく。
エアブーツの権利と、その売り上げの一部。そして商業ギルドに売った火竜の剣ほか竜素材の武具。それに――
「エンシェントドラゴンを討伐した時の素材があったからな。一式揃っていたとはいえ、あれだけで100万近くで売れたのが大きい」
古代竜素材の武具。作ろうと思っていたが、その時は『これ!』という創作意欲がなかったために放置していたもの。古代竜討伐は、ヴェリラルド王国では話題になってさほど時間が経過していなかったこともあり、商業ギルドとしてもその素材は喉から手が出るほど欲しい品だった。
なお、それでも350万。サキリスを競り落とした400万には届かない。では不足の50万はどこから出たか?
犯罪組織ベネノが、サキリスを奴隷商人に売った時にもらった60万ゲルドである。
俺とベルさんがアジトを強襲し全滅させた後、シェイプシフターたちを残しておいた。アジトに戻ってくるだろう残党の掃除のためだが、サキリスを売った連中が手に入れたその金を手に入れ、競売での軍資金に転用したのだ。これで410万。
他にも処分すればお金は作れたが、あのオークションの時点で投入できる資金は410万が上限だった。こちらとしてはまさに、ギリギリである。
ちなみにだが、ベネノのアジトにあった他の資金やお宝と呼べそうなものは、すべてバルバラ冒険者ギルドに渡した。俺は所有権を放棄したので、持ち主がわかるものは返却してもいいし、わからないものは復興資金にも使ってくれと言っておいた。……さすがに、サキリス奪回のために、誰のかわからないお金を使う気にはなれなかったのよね。
「古代竜素材かー。よく手放したよね」
アーリィーが感心したように、そのヒスイ色の瞳を向けてくる。
「本音を言うとだ、俺もちょっと後悔してる。せめて何か作ってから手放せばよかったって」
「そっち?」
くすりと笑うアーリィー。よっ、と手すりに乗ったベルさんが座り込む。
「まあ、オイラがもらった分の素材が残ってるからよ。何か作りたくなったら言えよ」
「ありがとうよ、ベルさん」
「いいってことよ」
そう言うと、ベルさんは手すりから尻尾をぶらぶらとさせる。
「ドラゴン素材の武器か。ボクも一度見てみたかったな」
アーリィーがそんなことを言った。あれ、そういえば見せてなかったっけ。俺は苦笑する。
「何なら見せようか?」
「え? ……全部売ったんじゃないの?」
怪訝な顔をするアーリィーに俺は肩をすくめて見せた。
「全部売ったなんて言ってない。俺が商業ギルドへ売った8点は、同じものが1点ずつ残ってる」
「持ってるの!?」
「同じものを複数出したら価値が下がると思ってね」
希少なドラゴン装備が1本しかないのと、同じものが2本あるのとでは、あの場での提示金額にも違いが出たはずだ。それに俺は、もったいない症候群の持ち主。レアものは最低1点ずつ手元に残しておきたい主義だ。……まあ、その観点でいえば古代竜装備を放出したのは、ちともったいなかったという先の言葉に繋がる。
「おや……?」
アーリィーが視線をあげた。
魔法騎士学校から青獅子寮へと向かう林の道を通ってやってくる人影が三つ。エクリーンさんとサキリス、そしてサキリスに仕えるメイドのクロハだった。
王子専用寮に来ると言うことは、俺かアーリィーに用があるのだろう。……サキリスがこの世の終わりのような顔をしているのは、まだ家族や故郷を失った悲しみが癒えていないせい……だけではなさそうだな、これは。
また何かあったのかねぇ。あまり聞きたくないけど。……どうせろくでもないことに決まってるから。
・ ・ ・
場所は青獅子寮の裏庭のテラスへと移る。
俺、アーリィー、ベルさんに対するはサキリスとエクリーンさん。白い丸テーブルを挟み、お茶とお菓子で歓迎である。
「実はさきほどトレーム伯爵家から使いの者が来たのです」
エクリーンさんが言った。隣のサキリスは俯いたままだ。
はて、トレーム伯爵家? 誰だそれ。クラスメイトにそんな家の奴はいなかったが。
「ご存知ないかもしれないので補足しますが、トレーム伯爵家の長男は、サキリスさんの婚約者ですわ」
「婚約者!」
アーリィーが意外な言葉らしく大きく反応した。ああ、サキリスの魔法騎士になりたいという夢を否定して、女性を見た目だけのお飾りとしか見ていない野郎か――俺はお茶を口に運ぶ。そういえば、野郎の名前聞いてなかったな。
「それで、そいつが何だって?」
「要点だけ言うと、サキリスさんとの婚約を破棄するという知らせですわ」
気の毒そうな目を向けるエクリーンさん。サキリスはずっと、視線を下げたままだ。
「先方の言い分を要約すると、領地、財産を失い、あまつさえ奴隷にまで身分が落ちた女性を伯爵家に迎えることはできない、と……」
「バカな! サキリスはもう奴隷じゃないのに!」
アーリィーが声を上げたが、ベルさんは首を振った。
「貴族の家にとっちゃ、一度でも泥がついたら、それでおしまいなんだよ。それを差し引いてメリットがあれば話は別だがな」
「あら、賢い猫ちゃんだとこと……。ええ、ベルさんのおっしゃるとおりですわ。婚約者とはいえ、一度でも奴隷の烙印を押された者を――ごめんなさいね、サキリスさん。そのまま婚約を進めるわけにはいかない、というのが大抵の貴族の考え方です。例え当人たちがよくても家族や親族が反対することが多いですから」
「当人! サキリスから聞いた感じだと、その婚約者は奴隷になった者に対して、いい反応を持つとは思えないけどな」
よく知らないで言った俺だが、エクリーンさんは「ええ、そうね」と同意した。
「優しい人だけれど、あくまで貴族に対してですから」
そういうの、優しいとは言わないと思うよ、とは心の中の本音。いたたまれない表情のアーリィー。ベルさんは首を捻った。
「キャスリング領は隕石でめちゃくちゃ。復興しようにもサキリス嬢ちゃんには金がないし、奴隷に落ちたとなれば、もうその領地は所有者がいないも同然だかんなぁ。他所が手を伸ばしてるだろうし、いまさら嬢ちゃんと婚約進めて、領地を引き継ぐ云々言ったところで、負債を抱えるようなもんだし、破棄は妥当な線だろ」
「ベルさん……」
アーリィーが非難げな目を向ける。モノには言い方ってものがある、そう言いたいのだろうが……。悪いなアーリィー。俺もベルさんと同意見だ。
だがそうなると――
「サキリスはどうなるんだ?」
家族もなく、キャスリング伯爵家唯一の生き残りだ。奴隷でなくなったとはいえ、いまさらそれを言って領地に戻る気配を見せれば、混乱のうちにキャスリング領に手を伸ばす近隣の領主たちからは邪魔者でしかない。
最悪、命を狙われることさえありうる。今のサキリスには後ろ盾がないから特に。
サキリスは俯いたまま、黙り込んでいる。だがその目にはうっすらと涙が溜まっている。唇をギュッと引き締め、何とか泣かないように耐えているようも見えた。
うん――俺は髪をかいた。
悪い癖が出た。俺はいま、猛烈に、サキリスに同情している。
仕方ない。助けたいと思ったのだから。




