第200話、グレイブヤード
ベネノ構成員であるザリアは、サキリス・キャスリングを奴隷商人であるグレイブヤードに引き渡した後、帰還した。
たった一人の奴隷を引き渡すだけのために、わざわざ馬車一台を使って遠出したが、その価値はあった。何せ、あの元お嬢様は、60万ゲルドで売れたのだ。通常の3倍近い額を手にした。せいぜい2倍、よくて2.5倍くらいだろうと思っていたから、機嫌もよかった。
だが、ザリアらのグループが戻った時、そこには戦闘があったと思しき痕跡が残った無人のアジト。
「いったい、何があったんだい……?」
黒髪ショートカットの女戦士は、血の跡が生々しいアジト内を部下と共に進む。敵は何人いたのか? 何故、誰もいないのか?
死臭が残る室内。朝出かけた時とは様変わりした光景に、しばし言葉を失う。
「姐御……」
「? なんだい?」
部下の一人が声をかけてくる。
「嫌な感じでさぁ。……まるで、ダンジョンの中にいるような」
何を行ってるんだい、こいつは――言わんとしている意味がさっぱりわからなかった。ザリアたちは、ボスがいるはずの部屋へと向かう。
蹴破られたらしく壊れた扉。しかし中に人の気配がした。用心を重ね、扉枠に張り付き、ザリアは中の様子を確かめる。
ボス――ベネノの首領であるゴルジュ・クードがそこにいた。
外見三十代半ば。緑じみた髪色を短髪にした細身の男だ。衣装は赤を好み、派手だ。
「ボス! ご無事で!?」
ザリアと部下たちは、ゴルジュのもとへと駆けた。ひとり佇んでいるゴルジュだが、部屋は荒らされ放題で、無傷であるとはとても思えなかったからだ。
「……ボス?」
ゴルジュは、無感動な目を向けてきた。表情に一切の感情はなく、それどころか、よく見れば、その目も死んでいる。
「!?」
唐突に、ゴルジュがニヤリとした。目は死んだまま。そして次の瞬間、ゴルジュが爆発した。ザリア、そして部下たちはその爆炎に巻き込まれ、上がった悲鳴はわずかな間に途絶えた。
焼け焦げた死体は、やがて、塵となって消滅した。さながらダンジョンに死体を解体吸収された時のそれのように。
そして、再び無人となったアジトを蠢く黒い影――
・ ・ ・
奴隷商人グレイブヤード。
一旦、ギルドに戻った俺とベルさんは、グレイブヤードについての情報収集を行った。困った時のラスィアさん、ということで彼女を訪ねる。
ラスィアさんは王都ギルドで、支援物資の手配を担当していたが、俺が会いに行くと作業を部下に任せて、談話室を用意してくれた。
「グレイブヤード……ええ、謎の奴隷商人ですね」
ダークエルフの副ギルド長は事務的に答えた。淡々としているようで、にじみ出る色香が出来る大人めいていて、惹かれるものがある。
「グレイブヤード本人は年齢不詳で性別も不明。代表で来る人間はよく変わるらしいので正体はわかっていません。取り扱っているのは、表向きは犯罪を犯して奴隷落ちした者、借金のカタに売られた奴隷など。ただ裏では希少な亜人や獣人、魔獣なども扱っているとか」
「犯罪集団とも繋がっていたようですが?」
俺が言えば、ラスィアさんはお茶を用意してくれた。
「ええ、非合法な繋がりがあります。ただ、グレイブヤードには大物貴族や商人がバックについているために、非合法な繋がり、取り引きなど黙認されています」
「相当なワルだな、そいつは」
黒猫姿のベルさんが眉をひそめる。ラスィアさんは言った。
「奴隷売買に特化しているので、脅威ではないですが、いないと困る、みたいな感じでしょうか。先にも言ったとおり、希少な亜人や獣人を手に入れたい者たちにとっては、グレイブヤードの価値は高い」
「貴族の娘も、その希少な品に入るんですか?」
俺が皮肉げに言えば、ラスィアさんは頷く。
「おそらく。サキリスさんの経緯を考えると、奴隷として販売するなら外国か、闇オークションだと思われます。キャスリング家のご令嬢を通常の奴隷売買ルートに乗せるのは無理でしょうから」
今回は犯罪奴隷、借金奴隷などとは違う。違法に誘拐された場合なので、通常の奴隷売買では、どこから物言いが出るかわからない。キャスリング家と懇意にしていた者が、面倒をふっかけてくるとも知れないから。……俺たちのように、個人的に助けたいと思っている人間もだが。
「ただ、外国でなら、元貴族の娘というだけで価値を上げられる上に、どこからも文句が出ませんし、仮に文句を言おうにも外国ですから、そこまで口出しする人間なんてそうはいません」
「闇オークションというのは?」
「禁制品や訳ありの商品を扱うオークションですよ。世の中には、法に触れる品物でも売りたい、買いたいという者はいるのです。身分の高い貴族や、他国の王族、亜人種族の首領などが、ここで出品される品を求めてやってくるとか」
ラスィアさんは口もとに指を当てる。
「サキリスさんの経緯を考えると闇オークションにかけられる可能性も高いと思われます。何せ、ここに出品される品は出所や経緯は問いませんから」
闇オークションで扱われる商品に対しては法の外。どのような手段で手に入れたかは関係ない。金さえあれば買えないものはないとさえ言われるのが、闇オークションである。
「――そうなると、だ。サキリスを取り戻す方法は、その闇オークションに出品されたところを正規の手順で買うというのが無難ってことか」
思わずため息が出た。……奴隷になったクラスメイトを買うとか。まったく。
「グレイブヤードんとこに乗り込んで奪回したほうが早くね?」
ベルさんが適当な調子で言った。
「奴隷商人のバックに有力貴族や商人がついてるって聞いたでしょ? そんなとこに力づくで行ったら、そいつらを敵に回すことになるぞ」
「バレないように、密かに取り返す」
「やりようによっては可能だな。だけど、その取り返したサキリスの居場所で、俺たちがやったことがバレちまうだろう? そうなったら結局、バックについている連中含めて、面倒しかない」
囚われのサキリスを取り戻し、現場の連中を口封じに殺したとして、グレイブヤード本人がそこにいるとは限らない。そもそも謎の商人などと言われているので、本人がいない可能性も高い。
当然、管理していた商品である奴隷を奪われるなんてことにでもなれば、必ず報復手段に出るだろう。何せ、有力者がバックについているのだ。貴族や犯罪組織関係者が血眼になって犯人探しなんて始めたら、面倒しかないのである。
そしてそうなると、学校に――アーリィーたちにも迷惑をかけることになるだろう。それでなくても貴族子女も多いこの学校だ。余計な飛び火でトラブルとか勘弁だ。
一番面倒が少ないのは、正規のルートで買うことだ。グレイブヤードも、その後ろの連中にも恨まれない唯一の方法と言える。
「まだ、闇オークションルートとは確定していないと思いますが」
ラスィアさんが指摘した。外国での売買ルートの線もある――
「どこでも一緒ですよ。結局、サキリスを買うしかないわけですから」
問題は、いつ売りに出されるか、だ。すでに買い手がついてしまっていたら手遅れであるし、そこから取り返すとなると、さらに面倒である。
「一番近い闇オークションの日時と場所は……わからないですよね?」
「ギルドでは把握していないですね」
ラスィアさんは考え深げに言った。
「ただ、冒険者の中には闇オークションの会員の者もいると思います。心当たりを何人か当たってみますが……望みは薄いかと」




