第199話、漆黒の襲撃者
まったくツイていない。
俺は思わず天を仰いだ。
犯罪組織『ベネノ』の潜伏員を捕らえて尋問した。サキリスのいると思われる場所の手がかりはつかめたが、正確な居場所はわからなかった。
というのも、潜伏員が知っているだけでも、さらった人間が収監される場所は、奴隷牧場と呼ばれる場所を含めて三箇所もあった。しかも街を見張る潜伏員だから、特定の人物がどこに入れられたかなど知るよしもなかった。
結果、手当たり次第に、襲撃する羽目になったのだ。
その奴隷牧場を含めた二箇所を攻めたが、サキリスの姿はなく、空振りに終わった。さらに組織の人間を捕まえ、尋問を加えた結果、さらに二箇所、調査する場所が増えるときている。
「……次で、何箇所目だ、ジン?」
「五箇所目。……本当にサキリスが誘拐されたのか疑わしくなってくるね」
ツイてないというのはそういうことだ。
点在するベネノの拠点を潰して回っていることになるわけで、おかげで日が変わってしまった。
一度、ポータルで青獅子寮に戻り、状況を簡単に説明。アーリィーもサキリスを助けると息巻いていたが、彼女にはいつもどおり学校に通ってもらう。彼女のそばにはシェイプシフターを置き、俺の身代わりをさせる。
……ぶっちゃけると、俺とベルさんだけで充分である。人質が絡んでいる時には、人数を増やせばいいというものでもない。誰を救出に行ったのか敵に悟られれば、人質なんて面倒な手を使ってくるかもしれないしな。
悪党には悪党らしく、通り魔よろしく、凄惨にやっていく。
そんなわけで、ポータルでバルバラ地方へトンボ帰り。ベネノ構成員から聞き出したアジトのひとつへ強襲をかける。
ダンジョンコアによる、アジト周辺のダンジョン化完了。出入り口を正面の一箇所を残して、あとは封鎖する。……これで中の連中は袋のネズミだ。
ベルさんは黒騎士姿。そして俺も、ベネノ戦における専用衣装をまとう。
鬼、はたまた悪魔を連想させる鉄仮面を装着する。ブラックドラゴンの鱗を使った軽鎧、漆黒のマント。鉤爪のついたドラゴングローブに、同じく漆黒のブーツと全身、黒づくめである。……少々厨二くさいかもな。
そして俺たちは、堂々と正面からアジトへ侵入した。突然、吹き飛ばされた扉に、フロアにいたベネノ構成員たちが驚く。入ってきた俺たち黒い二人組の姿にしばし呆然とする。だが彼らはすぐに、俺たちが招かれざる客だと気づき、身構えた。
「な、何者だっ!? ここがどこかわかってんのか!」
『ああ、もちろん、知っているとも』
仮面ごしに、俺はたっぷり嫌味をきかせて言った。
『ごきげんよう、ベネノの諸君。……カチコミだ』
俺の右手に握られた筒から光の刀身が迸る。
それが合図となった。俺とベルさんはそれぞれの得物を手に、ベネノ構成員に襲い掛かった。デスブリンガーが、光剣が、情け容赦なく敵を切り裂いていく。
ダガーや剣など、武器を手に立ち向かう構成員。それらをバッタバッタとなぎ倒す。いかなる武器や防具も、一撃で両断する俺たちの武器を前にすれば、彼らは無力だった。
遠くからクロスボウや魔法を放とうとする者もいた。だが彼らは、たちまち見えない魔力の壁に押し潰され、闇の波動に飲み込まれた。
俺たちは、それぞれアジト内の掃討を行う。さすがに犯罪集団の巣窟だけあって、武器を手に抵抗する奴ばかりだったが、次第に敵わないと見て逃げ腰になっていった。そんな敵を奥へ、奥へと狩り立てる。
悲鳴。懇願。命乞い――それらを無慈悲に叩き、潰し、引き裂いていく。
貴様たちに慈悲はあったか? いやない。
こいつらは、盗み、殺し、犯し、人をモノとして扱ってきた。助けて、という願いを無視し、無残に打ち砕いてきたのだ。
何より、このベネノという連中は、報復を欠かさない。仲間がやられたら一族郎党を皆殺しにする。ベネノに大切なモノを奪われた者たち、それらの復讐にさらなる復讐で返し、連中と関わる者を多く殺してきた、と聞いた。
故に、こいつらに慈悲はない。すべて、殺すべし! 報復などさせない。
ひとつを除いて出入り口を閉鎖したために、逃げ場をなくしたベネノ構成員は次々に血祭りにあげられる。その唯一の出入り口も、二体のスクワイアゴーレムと、新型戦闘用ゴーレムを置き、逃げようとする敵を逃さず射殺した。
やがて俺は、捕虜を収容している牢のある部屋にたどり着いた。捕虜を見張り、逃がさないようするために屈強な者が配置についていたが、所詮敵ではない。看守ひとりを残し、残りは倒した。
牢には、女性や子供などが囚われていた。おそらく奴隷として売るために捕まえ、閉じ込めていた者たちだろう。殴られたのか痣が顔や身体に残っている者もいる。ここの看守に痛めつけられたのだろう。
俺が仮面をつけていたために彼女たちには恐れられてしまったが、牢を開けてやり解放する。
だが、サキリスの姿はここにはなかった。またしても空振り! いったい彼女はどこだ、どこにいるんだ!?
俺の怒りにも似た感情は、生き残りの看守へと向く。
『ここに金髪の冒険者がいたはずだ!?』
「何のことかわからねえ! 金髪なんてここには――」
『キャスリング家の娘だ!』
俺は左腕を突き出し、魔力で看守の首を締め上げる。もがく看守の男だが、見えない魔力を振りほどくなど不可能である。
「そ、それなら! け、今朝――ここを、離れ――」
肺の中の空気を絞り出し、何とか言葉を紡ぐ看守。俺は魔力の拘束を緩める。
『今朝、離れただと?』
「ザリアの姐御が、ボスに頼まれて……奴隷商のもとへ……と、取り引きのために連れて行った」
奴隷商――俺は自然と顔をしかめた。くそっ、ようやく当たりを引いたらこれか!
『その奴隷商と言うのは? どこで会う?』
「し、知らねえ! お、おれは看守だから、外のことはわからねえんだ! 嘘じゃねぇ!」
『奴隷商の名前は?』
ズイ、と仮面ごと顔を近づけてやれば、怯えきった顔で看守はぽろぽろと涙を流した。
『名前は?』
「……グレイブヤード。そういう名前だ。それ以外は本当に知らないんだ――」
『グレイブヤード? ふざけた名前だ』
墓場、廃棄物置き場の意味だ。奴隷商人の名前としては、何とも嫌味である。俺は魔力念話に切り替える。
『ベルさん、そっちはどうだ?』
『こっちは終わったぞ。ボスとか名乗るオカマを、たった今処分したところだ』
『ベネノのボスがいたのか……?』
くそ、そいつが生きていたら、グレイブヤードとかいう奴隷商人の話が聞けたかもしれない。いま一歩、遅かったか。
『お前さんのほうは?』
『捕まっていた人たちは解放したが、サキリスはいない。今朝、ここから連れ出されたらしい。グレイブヤードとかいう――』
俺の右手が動き、光剣が、ナイフを抜いた看守の胸を貫いた。
『奴隷商人に引き渡しに行ったらしい』
『今度は、その奴隷商人か?』
『そういうことだな』
まったく。どこまでもツイてない日だ。




