第18話、ドロップした魔石を売りに行った
ダンジョンを出た後、飛行形態になったベルさんに乗って王都への帰路についた。
翼を四枚持つ漆黒のドラゴン。もっとも、その姿は子竜程度と控えめ。やたら図体を大きくする必要はないのだ。
風の音がうるさい。空を飛ぶということは風圧との戦いであり、俺の髪やフードローブは風になぶられている。本来なら、口を開くのももどかしいので、風除けの魔法を使ってその影響を軽減させていた。
夕焼け空をのんびり眺めていたら、後ろから切り裂くような獣の声が聞こえた。
視線を向ければ、茶色い鱗を持つ飛翔体の姿――ワイバーンが接近してくるのが見えた。
ドラゴンによく似た、しかしドラゴンとは違う生き物。頭はドラゴン、腕はなく竜の翼となっている、いわゆる飛竜だ。
翼を広げた幅は一〇メートル以上はある。バッサバッサと音がしそうな羽ばたきは、中々ダイナミックなものがある。
……どうやら、こちらと一戦交えるつもりのようだ。
高度な知性を持つこともある(持たない場合もある)ドラゴンと違って、ワイバーンは基本的に頭が悪いとされる。……少なくとも、獲物を見つけると突っ込んでくる獣並みと言えばわかるだろうか。
『ジンよ、向こうはやる気だが、どうするよ?』
魔力念話で、ベルさんが慌てた様子もなく聞いてくる。一般社会では高ランクの魔獣として恐れられているワイバーンだが、俺もベルさんも、正直飛竜は見飽きるくらい戦った経験がある。
「正直、面倒くさいんだよな。……なあ、ベルさん、アイツ任せていい?」
『いいけどよ、ワイバーンだぞ。剥ぎ取れる素材ダメにしちまうけど、いいのか?』
「うーん、解体するのも面倒なんだよなぁ」
とはいえ、高ランクの魔獣だけあって、金にはなるんだよな。狩れるなら狩っておいて損はない。
『よしきた。ちょっと派手に動くが、すぐに奴を仕留めてやるぜ!』
そう言うと、ベルさんは急上昇に転じた。
俺はベルさんの背にしがみつく。比較的低空を飛んでいるとはいえ、振り落とされたらただでは済まない。高速で地面に叩きつけられたら即死だ。
追いかけてくるワイバーンは、その急上昇に対応できず、ベルさんと俺を通り越した。弧を描き、天地がひっくり返る。インメルマンターンを決めたベルさんは、ワイバーンの背後に回り込むと、その背面めがけて一気に降下、喰らいつく。
『いっただっきまぁ~す!』
次の瞬間、巨大化した黒竜の頭が大口開き、ワイバーンの背中から後ろを一気に喰らい引き裂いた。
・ ・ ・
墜落したワイバーンは、半身を失い絶命していた。
さすが暴食王と謳われたベルさん。ひとかじりで半分以上が綺麗さっぱりなくなっていた。
地上に降りた俺とベルさん。せっかくの飛竜なので、解体して剥ぎ取れる素材を回収する。革カバンから解体用のナイフを取り出す。
赤み掛かった刀身は、かつて倒した火竜の牙を刃に、同じく火竜の骨を土台に、火竜の鱗を握りに使い、さらに魔力供給用の火属性のオーブを設えた、オール火属性素材のナイフだ。名前はとくにないため、『火竜の牙』とそのまま呼称している。
オーブを通して魔力を注ぎ込めば、刃は熱を帯びて切れ味を増すと同時に溶断する。迂闊にさわると火傷ではすまないが、火に耐性のある火竜の鱗を加工して作った握りの部分は手に熱を通さない。
解体、解体~。わーい、半分でもこれ解体するの面倒ー。
ということで、牙のような歯と爪、ある程度のワイバーンの鱗、少々のお肉を回収して、残りはベルさんに食べてもらった。……自分の身体より遙かにデカい飛竜食った直後に、今晩のメシはなんだろうと言うベルさんの底なしさには苦笑。
予想外の遭遇はあったが、俺とベルさんは燃えるような夕日を左手に見ながら無事、王都に帰還した。
どこまでも広がる草原の向こう、地平線の彼方に沈んでいく太陽と、赤から紫、そして夜の闇色に変わっている空もまた神秘的だった。
翌日、冒険者ギルドに行く前に、俺たちは王都にある魔法道具屋を訪れた。大空洞の大蜘蛛から手に入れた魔石を売って、生活費に充てるためだ。
魔法道具屋は、その名のとおり魔法道具を取り扱っている店だ。
魔石やオーブを用いたペンダントやアクセサリー、魔法文字を刻んだ護符や、特殊な魔法繊維で織り込まれた紙や布、妖精のレリーフや得体の知れないモンスターを模った飾り、魔法金属性の短剣や杖などなど……。
魔石や魔法金属を単品で扱っており、持ち込まれた魔石の買取も当然してくれる……はずだが、何せここの魔法道具屋を訪れるのは初だからな。どこかの紹介がないと買いませんとか断られるなんてこともあるかもしれない。……昔、一回だけとある魔法都市であったんだよなぁ。
「いらっしゃい」
王都の魔法道具屋さんは、いかつい体躯で、がっちりした男だった。
三十代後半か四十代。バンダナを着用し、角ばった顎には無精ひげ。……何だか船に乗ってる海の男っていうのが似合う印象だ。袖なしのベストに、作業ズボン。
「おや、魔法使いかい? どうした、坊主。欲しいのは杖か? それともお守りか?」
見た目はおっかなさそうだが、気さくに声をかけてくる。
「いっちょ前に使い魔連れてるが……うーん」
俺をじっと見やり、店主は小首をかしげた。――灰色の初心者ローブマントに魔道士の杖。歳は若いが、魔法学校の生徒ではない。田舎から出てきた見習い魔法使い、か……?
とか何とか値踏みしているような。俺は営業スマイル。
「品はのちほど見せてもらうとして、いくつか魔石を手に入れたので買い取ってもらえないかと思いまして」
「おお、魔石の持ち込みか。そいつは歓迎だ。さっそく見せてもらえるか?」
店主はカウンターまで俺を導くと、トレイを置いた。そこに魔石を置けということだろう。ちなみに俺の位置から、店の奥がちらと見え、そこで妖精族だろう。子供より小さなしわくちゃ爺さん妖精が、机に向かい道具作成をしていた。
俺は革のカバンから、小さな皮袋を出す。大蜘蛛からドロップした魔石をまとめて入れておいたものだ。口を開き、トレイの上にカラカラと魔石を出す。
紫色に輝く魔石が七つほど。ひとつは大きめ、あとは小ぶりである。
「ほぅ……」
店主は、まず大きな魔石を手にとって、光にかざして覗き込んだ。
「紫色とは珍しい。……これはどこで手に入れた?」
「『大空洞』です。馬鹿でかい蜘蛛の巣がありまして、まとめて焼き払ったら、それが出てきました」
「ジャイアントスパイダーか! ほー、なるほど、『大蜘蛛の目』か」
「大蜘蛛の目?」
知ってはいるけど、一応初心者らしく振る舞っておく。店主は語りだした。
「ジャイアントスパイダー系の魔石は属性に関係なく、その目と同じ色の魔石が出るって話だよ。魔力自体は、大したことはないが、紫色の魔石ってのは珍しいからな。効果より見た目を重視する魔法道具には特に好まれる。……多くないとはいえ、宝石と比べれば魔力もあるからな」
ふむ、なら高い買取額が望めるかな……?
十七個手に入れたうち、魔力が高めのものは、手元に残している。つまりここに出したのは魔力量が特に乏しいものばかりである。
……魔力の多いのは魔法具作り用の素材にキープしておくのだ。
店主は、魔石を7500ゲルドで買い取ると言った。俺はその額に同意し、取り引きは終了した。
「そういえば、魔法薬を取り扱っている店はご存知ありませんか?」
「うちの隣にあったろ?」
店主は何を言ってるんだ、とばかりに眉をひそめる。俺は隣ってどっち、と指で示せば、店主は左を指差した。
「私は右から来たので」
「そいつは悪かった。隣の薬屋は魔法薬も扱ってる。だが気をつけろよ、坊主」
店主は、俺から買った魔石の載せたトレイを奥へと運びながら言った。
「隣の店主は、魔女だからな」




