プロローグその2、俺氏、ここまでを振り返る
「二年前だ」
俺、時友ジンが、異世界に来たのは。中世ファンタジー風の世界、と言えばいいのか。いわゆる剣と魔法の世界にやってきて、もう二年も経つ。
ただいま俺は、ハンドルを握ってどこまでも広がる草原を移動中。ファンタジーな世界に不似合いな自動車――正確には魔石を動力としたエンジンで駆動する魔法車は、舗装などされていない異世界の大地を走っていた。
サバンナとか、アフリカの平原ってのはこんなものなのかねぇ。思わずぼやきたくもなる。
「あ? どうした、いきなり」
助手席側から男の声がした。俺が視線を向ければ、そこには黒猫が一匹。
猫にしては大柄。ふでぶてしさとどこか貫禄をにじませる黒猫は、助手席前の専用席に鎮座している。
彼は、ベルさん。黒猫の姿をしているが、実体は別モノである。
「二年前のことを思い出していたんだよ、ベルさん。俺たちが初めて会ったあの日のことさ」
ベルさんは、フンと鼻で笑った。
「ああ、またずいぶんと懐かしいことを思い出しているじゃねぇか、ジンさんよ」
異世界召喚されたあの日、最初に出会ったのが、このベルさんだ。
いわゆる魔獣がいて、エルフやドワーフなどの亜人がいて、獣人までいる。どこかファンタジーゲームチックなところが散見されるが、まあ、そんな世界に召喚された。
だが、出たところは最悪だった。人様をさらって魔法武器にしようなんていう胸糞悪い大帝国、そいつらから逃れられたのも、ベルさんのおかげである。
「しかしあの時は、面食らったなぁ。契約しようと言ったら、いきなり『詐欺』呼ばわりだもんなぁ」
「……マスコットの姿で、人を奈落に突き落とすクソ野郎の決め台詞をいきなり食らったからな。つい反射で」
俺は苦笑いである。……ちなみに、あの時、ベルさんの姿が見えなかったから契約に応じたのだが、もし今のような黒猫の姿が見えていたら、果たして契約したかどうか……。
何はともあれ、ベルさんと契約したことで俺は魔法を手に入れた。この世界の一般的な住人より魔力が高いってんで召喚された俺だから、そこから先は強かった……ってこともなく、あの時はベルさんにほぼお任せだった。
『ふははははっ! 凄い、凄いぞ、この力っ! さすがは別世界の住人! お前と契約してよかった! ふははははーっ!』
あの時のベルさん、完全にヤバい人でした。まあ、俺と契約しなかったらこうは上手くいかなかったと、ベルさんからは感謝された。当時引きこもりでろくでなしだった俺だけど、褒められて素直に嬉しかった。
ベルさんのお力と助言のおかげで、俺たちは無事に脱出に成功。それからこの世界を彷徨うことになったが――。
「あっという間の二年だったなぁ、ジンよ。あれよあれよという間に大魔術師になり、東の連合国から英雄なんて呼ばれるようになってよ」
「まあ、あの忌々しい大帝国との戦争があったからね」
俺は笑みを引っ込めた。
ディグラートル大帝国――それが俺や、俺のような異世界人を召喚し、戦争の道具にしようとした国の名前だ。そいつらは武力をもって周辺諸国を制圧し、侵略の魔の手を伸ばしていた。……どこの世界にも、この手の奴らはいるということだな。
異世界で魔法を手に入れ、ベルさんと放浪していた頃に、大帝国の連中とぶつかり、気づけば、帝国に対抗する連合国と共に戦争にどっぷりと浸かる羽目になった。
「ジン・アミウール」
ベルさんは、その名前を呟いた。
「偉大なる大魔術師にして、連合国の英雄」
絵に描いたような異世界チート魔法使いになりました、ありがとうございます。俺は心の中で皮肉った。
遠くの場所へ一瞬で移動したり、数千の敵を一発の魔法で吹き飛ばしたり……うん、後者のは特にヤバイな、我ながら。
周囲は俺を称え、英雄として尊敬と、少々のやっかみやその他諸々の感情を抱いた。何より変わったことといえば、女子からモテモテになったことか。
みな英雄に憧れ、恋をする。おかげで、元の世界では女の子をお触りしたことすらなかった俺は、町の生娘から大貴族の令嬢まで、よりどりみどりのハーレム上等気質になりましたとさ。めでたしめでたし……って。
「めでたくねぇー!!」
俺は思わず叫んだ。ベルさんは頷いた。
「ああ、まったくめでたくないね。何せ、背中から刺されたんだからな」
「……俺は連合国の人々のために頑張ったと思うんだ」
俺は口をへの字に曲げる。
「あのにっくき帝国に復讐してやるってんで張り切ったのは事実だけどさ」
「……」
「何も俺を暗殺しようとしなくたっていいじゃないかっ!!」
そう、俺は英雄になったが、大帝国との戦争も終盤に差し掛かったその時、味方だったはずの連合国から危険分子と見なされて、殺されかけた。
頑張ったのに、凄まじい手のひら返しを食らったってわけだ。おかげで俺は逃げて身を隠す羽目になった。
英雄から落ち武者だよ、こん畜生。
まあ、俺を裏切った連合国は、直後、虫の息だったはずの大帝国の反撃を受けて、戦争に勝てなかったわけだから、俺個人としてはざまあみろといったところだったがね。もう知らん、お前ら勝手にやってろ!
「やはり、俺のチートすぎる魔法がやばかったんだろうなぁ……」
「あ? お前、大侯爵殿の娘に手を出したからじゃねぇの?」
ベルさんが、そんなことを言い出した。大侯爵の娘……あぁ、あの金髪縦ロール姫か。
「え、なに、エリーと寝たから、俺殺されそうになったの?」
んな馬鹿な! ……いやだって、誘ってきたのは向こうだぞ?
「知りたくなかった、そんな真実」
いや、真実もなにも、ベルさんが適当風吹かしているだけだが。真に受けないでほしいところである。実際、添い寝だけで、彼女には何もしていないぞ。
「まあ、何にせよだ、お前さんは連合国から遠くはなれ、こんな西の国……なんてったっけ?」
「ヴェリラルド王国」
今いる国の名前を教えてやれば、ベルさんは首肯した。
「そ、ベリラルド王国くんだりまで来る羽目になったんだ」
……微妙に違ってたような気がしたが、まあいいか。
「ジン・アミウールの名を捨て、姿を変え、俺は時友ジンとして再スタートするってわけだ」
まあ、名前自体は偽名だったから、わりとどうでもよかったわけだけど。どうせ写真もネットもない世界だ。こんな異国じゃわかりっこないさ。
バックミラーへと視線を向ける。後ろを見たのではなく、そこに映る俺自身の姿を見る。
その姿は、初心者魔法使い御用達の地味なローブマントをまとう、平凡なる魔術師の少年。ちなみに本来なら今年で三十路を迎える俺だが、その外見は高校生当時の姿になっている。
これもひとつの魔法ってやつだ。アンチエイジングどころか若返ったぞ……外見だけな。
「もう英雄はこりごりだよ、ベルさん」
ガタガタと道なき道を、魔法車を運転する俺。
「のんびり、冒険者として適当に依頼をこなして、どこか静かな場所で暮らしたい」
「あぁ、そいつは同感だね」
ベルさんは同意した。その頭がひょこ、と動く。
「お、何か見えてきたぞ」
「村かな?」
俺は一度、車を止める。魔法車を見られると面倒な騒ぎになりかねないので、ちょっと様子見だ。……のんびり休憩できるところだといいなぁ。
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