第196話、キャスリング領
その日、俺とベルさんは冒険者ギルドへ呼び出された。
ギルド長ヴォード氏からの直々のご指名だ。……嫌な予感しかしないな。
「バルバラ平原に流星が落下した」
通された執務室。ヴォード氏は、事務的な調子で言った。
「流星のことは知っているな? ここ数日王都でもその話題で持ちきりだった。ようやく、どこに落ちたのか伝わってきたわけだが」
「ええ、学校でも報告がきてました」
俺はベルさんと顔を見合わせる。うちのパーティー『翡翠騎士団』のサキリスが、まさにその流星こと隕石の被害の件で、故郷へ帰還している。……今頃、現地に到着している頃だろうか。
「かなり大きな被害が出たらしいが、伝わってくる情報が錯綜しているようでな。実際のところがよくわからない」
ヴォード氏は事務机に、地図を広げた。
「そこで、お前たちでちょっと行ってきてくれないか?」
「ちょっと……?」
「行ってこい?」
俺とベルさんは思わず声に出していた。ちょっと、というような距離ではないのだが。
「お前さんたちのデゼルトなら、こちらの移動手段より遥かに早く移動できる」
「……」
「現地は、混乱につけ込んだ盗賊や悪党どももいるから、ある程度、腕の立つ奴でないと不安だ。……お前たちほど、これに打ってつけの奴らはいない」
「話はわからないではないですが、何故、王都の冒険者ギルドが動くんです?」
疑問をぶつけてみる。東部で隕石が落ちたこと、それを調べることで、王都の冒険者ギルドに何の得があると言うのか? 冒険者は慈善事業ではない。まあ、個人でボランティアをする者はいるだろうが……。
そもそも今回の話だってヴォード氏個人の頼みなのか、ギルドの何かが関係するのかさっぱり意図がわからなかった。
「なに、単純な話だ。バルバラ地方にも冒険者ギルドがあるからな。向こうでギルド長している奴は、おれの後輩でもある。必要なら支援もしなくちゃいかんが、おれも王都を離れられん」
なるほど、そういうことか。なら納得だ。
ベルさんは退屈そうに鼻を鳴らしたが、こっちも気がかりはあるし、ついでだ。俺はヴォード氏の依頼を受けることにした。
「貸しですよ」
報酬のことを言うのは、ちょっと意地汚い気がしたので、そう言い残した俺はベルさんと共に、執務室を出て、ギルドを後にした。
「さてさて、ジンよ。どうやって現地まで行く?」
ベルさんが聞いてきた。
「ギルド長はデゼルトなら、他の移動手段より早く着くと言っていたが、もっと早い方法がある」
俺はちら、と黒猫を見やる。
「ベルさんが飛行形態になれば、半日程度で着くだろ」
擬装魔法を使って魔法装甲車をカムフラージュするとはいえ、地上を進んでいると、おそらく被災地方向から移動する人たちと鉢合わせすることになるだろう。状況によっては通行の妨げや、何らかのトラブルとぶつかる可能性も否めない。だが空の上なら、スルーもできるというわけだ。
サキリスの後を追いかけようかと考え、導き出したひとつの案でもある。この方法なら、アーリィーのスケジュール云々を気にする必要もない。近衛隊ががっちり守っている青獅子寮に半日ほどこもってもらえば、身の安全も保障される。現地についたら、ポータル使って戻ることができるしな。
ギルドから依頼があったと報告すれば、学校休んでも問題あるまい。大義名分は我が手にあり。
「何だか、色々面倒が増えたよな、オイラたち」
ベルさんがしみじみと言った。
「以前は、何をするにも自由だったのにな」
「ま、人と関わっていくというのは、こういうことだよ、ベルさん」
「ああ。……そうだな」
・ ・ ・
目の前には何もなかった。
灰色の砂、土。焦げた何か。そこにあったはずの城はなく、綺麗に手入れのされた広大な庭は見る影もない。
サキリス・キャスリングはその場に膝をついた。
キャスリング領に落下したという流星。それがもたらした破壊の跡は凄まじかった。家である城どころか、周囲に栄えていたはずの街も綺麗さっぱり塵と灰と化していた。
「どうして、こんな……」
わけがわからなかった。何もかも、そこに人がいた形跡すらない。砂と岩が開けた大穴のみが広がり、吹き抜けた冷たい風が、膝をつくサキリスの金色の髪をなびかせた。
「お父様……お母様……」
あぁ――サキリスはその場に崩れるようにうずくまった。涙が溢れ、白と灰色の砂の上ににじむ。とめどなく出てくる嗚咽。それまであったはずのものがなくなってしまったこと、死んでしまった家族や仕えていた人たちの顔が浮かび、ただただ悲しかった。そして怖かった。
「サキリス様……」
メイドのクロハが、そんな主人の姿に同情を露わにする。だが、長くは続かなかった。連日、寝ずにサキリスが故郷へ戻れるように馬車を操り、世話をし続けた彼女は体調を崩していたのだ。
具合の悪さに馬車を背に座り込むクロハ。そんな彼女の様子に気づかず悲嘆にくれるサキリス。
だがらこそ、気づけなかった。彼女らに迫る不審者の影に。
サキリスは、傍らに聞こえた靴の音すら気にすることなく泣いていた。だから突然、後ろから組み付かれ、持ち上げられた時、いつの間にか数人の男たちに囲まれていたことに気づいた。
が、そこまでだった。一瞬見えた景色は真っ暗闇に覆われ、腹部を殴られたことでサキリスは意識を失ってしまった。
・ ・ ・
「この女、いい装備を身に着けてるな……」
「グヘヘ、いい身体してんぜ……」
ぐったりしているサキリスの身体を支えつつ、男達は卑下た笑い声を上げた。
「こいつ、冒険者か……」
男のひとりが、サキリスの首から下がるランクプレートを手に取る。銀色――
「C、いやDランクか。まあいいか。若い女なら何だっていいや……ええっと、サ、サ……サキ、リス・キャス――!? 姐御! 姐御っ!」
ランクプレートを見ていた男が声を張り上げた。
「この女、キャスリングの女ですぜっ!」
「あー、なんだってェ?」
姐御と呼ばれたショートカットの女が苛立ちの混じった声を出しながら近づく。
「キャスリング家の娘ですって! 伯爵の令嬢ですぜ!」
「……本当かい?」
姐御と呼ばれた女は、意識を失っているサキリスを見やる。
「流れ星で伯爵家は全滅したと思ったんだけどねェ……。こりゃ思わぬ拾い物さね」
連れていきな――女が命じると、男達はサキリスを運ぶ。
「姐御! こっちにもメイドがいますぜ」
「じゃ、そいつも連れていきな。ここらで目一杯稼がないとねェ!」
「へい……あ、じゃなくて、このメイドなんですけどね、姐御……」
「あぁ?」
その男からの報告を聞いた女は眉をひそめた。
「……ちっ、変な病気でも持ってると厄介だね。……どうしたもんか」




