第195話、流星がもたらしたもの
その日、ヴェリラルド王国東方で星が落ちた。
隕石の落下である。
遠くからでは流れ星に見えたそれが地上に落着し、巨大な爆発となった。夜空を昼のように赤く染め、吹き上がった煙はまさに天に昇るように見えたと言う。
王都にもその衝撃が地震となって伝わった。幸い、王都ではこれといって被害はなく、せいぜい花瓶が落ちた程度で、運の悪い者が怪我をしたくらいで済んだ。
だが東の空が燃え上がる光景は、民を不安にさせ、王国上層部でも騒ぎとなった。多くの貴族生徒を抱えるアクティス魔法騎士学校でも同様で、王国東部出身の者たちが特に家や家族の心配していた。
俺たちのまわりでも、サキリスが東部の出身だった。彼女が家族の無事を祈っている姿を何度も見かけた。
俺のいた日本とは違って、この世界の連絡網は比べ物にならないほど劣っている。おそらく王やその側近のもとには、最優先で連絡が行くようにはなっているだろうが、一般にまで正確な情報が伝わるには、まだしばらくかかりそうだった。
何せ、いまだ東部のどこに隕石が落ちたのか、その正確な場所が伝わっていないのだ。そもそも、隕石の落下のせい、と知らない人間が多いという体たらくだった。
そんな中、俺たちは普通に授業を受け、午後は自由時間を過ごした。もっとも、授業に身が入っていない生徒は多かったが。
翡翠騎士団の活動も現在休止中。メンバーのサキリスが、心理的にそれどころではないのが大きい。
もともとは、サキリスの名実共に魔法騎士になりたい、という願いを叶えるために始めたことだった。
将来を見据えて、強くなりたいというアーリィーの願いも一緒に叶える形で、冒険者になり、翡翠騎士団を名乗り、活動していた。
その片方の主役が参加しない以上、俺たちは無理に冒険者活動をすることもなかった。
とはいえ、特に部活動をしていないので、放課後は特に用事もない。
俺とベルさん、アーリィー、そしてマルカスは、青獅子寮の中庭でティータイムを過ごしていた。
「早く、サキリスも調子を戻してくれるといいんだがな」
マルカスはテーブルの上で手を組んだ。それぞれのカップには紅茶が注がれ、真ん中にはビスケット菓子が皿の上に盛られている。
俺はビスケットをつまむ。
「君たちはよくやってたよ。最近じゃ、冒険者たちの間でも噂になってきていたぞ」
「そうなのか?」
初耳だ、とマルカス。アーリィーも紅茶を飲みながら、ヒスイ色の目を向ける。
「ここ最近注目の新人ってな。……ああ、そうそう。アーリィー、そしてマルカス。Cランク昇格おめでとう」
もちろん、この場にいないがサキリスもCランクだ。先日のバジリスク討伐の一件で、冒険者ギルドは、三人の学生冒険者の昇格を決めた。俺の出した報告書や、ゴブリン集落でギルド長自らが、マルカスらの働きを見ていたことも、この早い昇格に影響しているだろう。
「サキリスが聞いたら、喜んだだろうな……」
マルカスはビスケットに手を出した。
「今からでも教えてやるべきか?」
「タイミングってものがある。もう少し落ち着いた時のほうがいいだろう」
せめてサキリスの心配する家族の安否がわかった後とかな。テーブルの上に寝そべるベルさんが頭をぶんぶんと振る。
「まあ、話題になってるのは、サキリスばかりだけどな」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
神の使い、ワルキューレを思わす女戦士――例の羽根付き兜や、霜竜の鱗で作ったスケイルアーマー。それをまとうは、超絶美少女でしかも胸も大きい。ギルドですれ違う冒険者が鼻の下を伸ばしていたのは知ってる。
中身は変態だが、サキリスはあれだけのビジュアルだ。マルカスには悪いが、彼より目立つのは仕方がない。まあ、おかげでフードで顔を隠してるアーリィーが目立たずに済んで、当人はもちろん、俺も助かっていたけどね。
もちろん見た目だけでなく、翡翠騎士団が持ち込む素材、それらの売却によって、冒険者たちの間でも話の種になっていた。このまま順調にランクを上げ、仮にもAランクにでもなれば、サキリスが望むような、魔法騎士にふさわしい実績を勝ち取るだろう。
サキリスの家族や、彼女の婚約者も、サキリスが戦士として優れた面を持ち、名を馳せれば、少しは考えを改めるだろうか。ただのお飾りとしてではなく、ひとりの女性としての彼女を――まあ、そこまではわからんか。
変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
ただ、だまって夢を捨てるより、やれるだけのことはやっての結果なら、まだサキリスも後悔が少なくて済むのではないか。最善は、サキリスの願いどおりに行くことではあるが、俺にこれ以上手伝えることはないだろう。……実家や、婚約者の家に行って説得してくれとか頼まれたらどうしよう?
・ ・ ・
翌日、サキリスの姿は学校にはなかった。
通学した直後、俺たちの前に午後のお茶会部のエクリーンさんがやってきた。サキリスが昨晩のうちにメイドさんと共にここを発った、という伝言と共に。
例の流れ星――隕石は、キャスリング領、つまりサキリスの故郷に落ちたという報せが入ったのだ。
よほど切羽詰っていたのか、それとも茫然自失になってしまったのか。寮が同じエクリーンにかろうじて伝言を残したが、俺たちには挨拶もなし。
一声かけてくれれば……。帰郷に魔法車を出したりしたのに――
「殿下にご迷惑をかけたくなかったみたいよ」
エクリーン部長は、申し訳程度にそう言った。俺が動けばアーリィーもきっと動く。自分のためにそうはさせられない……そうサキリスは考えたようだった。
そうなると、こちらにできるのは、彼女が無事に現地に着くことを祈るだけだ。
ベルさんが首を捻った。
「でかい災厄の直後は荒れるからな。火事場泥棒、殺人、誘拐――」
「でも、サキリスなら大丈夫じゃないかな?」
アーリィーは言ったが、ベルさんは顔をしかめた。
「一人二人が相手ならな。だが、こういう場には徒党を組んでる連中も来るから、そういうのに出くわしたら厄介だ。それに、サキリス嬢ちゃんがまともな精神状態とも限らんしな」
ふだんなら用心することも動揺していては、ミスもするということだ。……不安しかないな。
今からでも追うべきだろうか。……しかし今から行くとして、何日留守にすることになるだろうか? ただサキリスに追いつけばいいと言う問題でもない。現地での諸問題に対応する必要もでてくるだろう。
こちらが動くとすれば、色々と折り合いをつける必要がある。とくにアーリィーのこととか。数日学校を離れても問題ないのか、あるいはスケジュールの調整。王子が行くことで余計な問題を引き起こしたりしないか云々……。
とりあえずは、サキリスが無事に現地に着くことを祈る。ただ、隕石が落ちて荒廃しているだろう故郷を目にすることになる彼女の心境を思うと、何ともやるせない気持ちになるのだった。
ちょっとタイトル変えてみました。




