第1935話、決断と後悔
リンたちのパーティーは、ダンジョンからの撤収行動を開始した。
それをディーシーの移す映像で見ていたお母さん会。
「偉いなぁ」
アーリィーは無意識のうちに呟いた。それを自覚した時、ちょっと親バカだったかと自嘲してしまう。
「ああいう判断ができるのは強いのですわ」
サキリスが感心を露わにする。エレクシアも机に肘をつきつつ、軽く頷いた。
「若いのに、ああいう判断ができるの大したものだと思う。リンちゃんって、もう少し我が強いかと思っていたわ」
やるべきことを何があろうともやり遂げる――普段の言動からそう見られがちのリンである。アーリィーは、机の上のチョコの包みをとった。
「うーん、どうかな。あの子にとって、冒険者ってそこまで執着がないから、あっさり引けたんじゃないかなって思ったり」
そもそも試験がどうこう言い出したのは、ラッタたち14歳組の四人で、リンはどちらかと言えば巻き込まれたように、アーリィーの目には映った。
でも――と、リムネが口を開いた。
「リンちゃん、いいリーダーになるわよ。私がまだ軍にいたら、部下に欲しいかも」
「それは褒めすぎよ」
「いえ、本当よ本当。さすがはみんなのお姉ちゃんよね」
最近ではお母さんたちが、リンの前では言わない『長女』『みんなのお姉ちゃん』という言葉。微妙なお年頃なので、『お姉ちゃんだから』は、言わないようにしているのだが、本人不在の時は言うのである。
エリーが小首をかしげた。
「はじめは何だかんだボルク王子が仕切ると思っていたんだけど……。意外だった」
「そうねぇ」
リムネは自身の唇に指を当てた。
「普段は、いい喧嘩友達、というか遠慮がないところを見ているけれど、いざ戦場に出れば、王子が周りを引っ張ると思うのよね」
王族だから。部下に指示を出し、いついつかなる時も指揮を執る。エリーはコクリと頷く。
「普通に考えれば、あり得ないんですよ。でもあの二人の関係性がそれを許しているというか。ヴェリラルド王国軍で行動していたら、ああはいかない」
「ヴェリラルド王国の王位継承権では、リンちゃんも持っているわよね」
エレクシアが言った。
「同じ継承権を持つもの同士なら、ボルク王子が認めればそこまで問題にならないんじゃないかしら?」
「継承権といってもね」
アーリィーは苦笑する。
「ほぼ決まっているボルク君と、継承権があっても回ることがないリンでは、ちょっと違うんじゃないかな」
「ちょっと? かなり」
エレクシアは、控えめに、しかしわざとらしく言った。
「でもまあ、こういう場だからね」
「どこか学生のノリのように見えましたわ」
サキリスの言葉に、アーリィーとアヴリル、エリーは同意するのであった。学校に通った経験のない女王エレクシアには、よくわからないところではある。
「大人から見ればいい判断だったけれど、リンちゃん、大丈夫かしら?」
「そうだね……」
アーリィーも憂いの目を、映像に向ける。
「正しい判断はした。けれど、決して好き好んであの判断を下したわけではない……」
やるからには、誰だってゴールを目指して到達したいと思ってやっている。特に試験と名のつくもので、失敗というのは醜聞に悪い。
メンツが立たない。恥ずかしい。そういう面もあるもので、表面上は冷静を装っていても、プライドは傷ついたのではないか。
「リンも、負けず嫌いだから」
・ ・ ・
あの判断は正しかったのか。自分で決めてしまってよかったのか。
ダンジョンからの帰還中、リンは悶々としたものを抱えていた。
これは試験だぞ。途中で引き返してしまっていいのか――という学生ならではの、やらないと悪い評価になるという流れが、後ろ髪を引く。
でも、それでアグナが大怪我をするようなことがあってはならない。お守りがあって、死ぬ可能性は低い試験用ダンジョンとはいえ、絶対はない。
これは父であるジンや、ディーシーも常に言っていた。『絶対』に胡座をかくのは慢心だと。
これまでの人生で接してきた映画や小説にも、強硬して無様な末路を迎える愚か者を何度も目にしてきた。こうはならないぞ、なるわけがない――そう思ってはいても、いざその状況に追い込まれた時、正直迷ってしまったのは本当だ。
引くのも勇気だ。その言葉の意味がようやく理解できた気がする。こんな悶々とした気分にさせられて、正しいことをしたはずなのに気分がよくないのは。
――帰ったら色々言われるんだろうなぁ。
14歳組からは、まあ色々と。それを思えば憂鬱だ。ついでにお母さん会からもあれこれ説教だかアドバイスだかも聞きたくなかった。言われなくたってわかってるっての――。
ため息をつきそうになり、慌てて呼吸と止めた。
前で警戒しているボルクには気づかれないだろう。だが浮遊する盾に乗って、全周を見張っているアグナには気づかれるかもしれない。
彼女が攻略中に麻痺毒にやられたのが原因で、撤退することになった。それは紛れもない事実であり、アグナ本人もそれに負い目を感じているだろう。だから真面目に警戒をしているのだが、こういう時に周りがため息などついたら余計に気まずくなる。
――決めたのはあたしだ。アグナではない。
とはいえ、ヘマしたのは彼女。それがなければ最深部を目指していたこともまた、事実である。
でもだからと言って責める気にはならない。こういうのは助け合いの精神。今回はアグナであったが、次はリンが何か周りに迷惑をかけるようなヘマをするかもしれない。それで許せというのも違うのだが、寛容な心は必要だ。波風を立てたところで、誰も得しないのだ。
家に帰るまでが遠足。ダンジョンだってそれは同じ。気を抜かず、最後まで慎重に。
「おうふっ!?」
言ったそばから躓いた。
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