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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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1944/1965

第1934話、時には引くことも大事


 ダンジョン試験中。ただいま三階層。

 古代遺跡を思わせる階層。ダンジョン内なのに空がある不思議空間なのはさておき、リンは何とも言えない顔をしていた。ボルクは周囲を警戒し、リュミエールは心配そうな表情を浮かべてアグナを見つめる。


「大丈夫そうですか?」

「……駄目そう」


 アグナは、遺跡の残骸である岩の前で立ち上がると、自身の右太股を叩いた。


「麻痺が抜けない……」

「治癒魔法が効かないなんて」


 リュミエールが肩を落とす。


「ごめんなさい」

「ううん、リュミエールのせいじゃないって。あなたの魔法のおかげでこれでもマシになったんだから」


 アグナが励ますように言うと、リンも口を開いた。


「そ、アグナが被弾したのは注意が足りなかったせい。リュミはやれるだけやったわ」


 その言葉にアグナが眼鏡ごしに睨んだが、リンはため息をついた。


「あんた一人のせいとは言ってない。みんなの話」


 リンは自身の黒髪を撫でつけながら難しい顔になる。


「さて、どうしたものか」

「駄目そうなのか?」


 ボルクの言葉に、リンは意を決したように言った。


「そう。だから、探索は中止。撤退する!」

「引き返すの!?」


 アグナが声を張り上げた。


「試験なんだよ! 私はともかく、貴女、冒険者になれなくてもいいの!?」

「あんたが足引きずっているんだから無理でしょうが」


 リンは片目を閉じて、残る目でじっとアグナを見た。


「これが試験だっていうなら、なおのこと引き返すべきだわ。生きて帰ること、冒険者にとっては目的を果たすより大事」


 と、子供の頃に見た冒険者のドラマかアニメで見たおぼえがある。


「だけど……」


 アグナはばつの悪い顔になる。リンの冒険者合格云々がかかっているから、余計に気まずいのだろう。


 ――別にあたし、冒険者になるって決めたわけじゃないんだけどな。


 試験に落ちたって、それでおしまいなわけではない。そもそもの話、冒険者以外の道を選ぶことだって全然ある。プリム姉から軍に誘われたりしているわけで、就職先を選ぶ自由は残っている。

 ラッタたち、冒険者になりたいという覚悟を決めている子たちと、リンの立ち位置は違う。そもそも、この試験は学校とも関係ないので落ちても影響はほとんどないと思うのだ。


「あんたが気まずくなることないって」


 リンは苦笑する。


「生きて帰れば、また来れるからさ。だいたいこの試験だって、一生のうち一回しか受けられないものでもないし」

「軽いわね、あなた」


 アグナは嘆息した。


「リュミエールは、リンの言うように戻ることになってもいいの?」

「わたくしは、腕試しのつもりでしたから」


 リュミエールは首を横に振る。


「……それに、ちょっと疲れてきたので、戻るのもありかなー、って――」

「リュミ、それやめな」


 リンは突き放すように言った。


「そういう自分も辛いからって装うの、言われたほうが気をつかわせたってへこむからさ」

「わたくしは――」

「リンの言うとおりよ」


 アグナは目を逸らした。


「自分から失点作って、私の罪悪感を軽くしようっていうの、わかっちゃうから……。気をつかわないで」


 でも――


「ありがとう。気をつかってくれて」


 アグナは礼を言うと、リュミエールは何と言葉を返せばいいかわからず俯いた。リンは、警戒役のボルクを見た。


「じゃあ、王子様ー。撤収するよ!」

「さっき聞いた」


 ボルクは口をへの字に曲げた。


「俺の意見は聞かないんだな」

「なに、ダンジョンを一人で踏破したい強硬派?」


 リンが挑発するように目を細める。


「あたしは、親友を失ってでもダンジョンをクリアしようとは思っていない」

「……それは同感だ」


 ボルクは顔を上げた。


「友を失って得られる栄光など虚しいに違いない。撤収に反対はしない。ただ……」

「何よ?」

「俺の意見を聞いてくれてもよかったんじゃないか?」


 ボルクが拗ねたような顔をしたので、リンは頭を掻く。


「あー、悪かったわよ。見張りしてくれているあんたの集中力を散らしたくなかったのよ。別のこと考えながらだと、見落とすかもって思ってさ」


 他が無防備な分、警戒役にはしっかりしてもらわないといけなかった。本当は無防備であってはいけないのだが。


「……お前、ちゃんと考えているんだな」


 ボソリと言うボルク。これにはリンはカチンときた。


「あ?」

「お前、リーダーに向いているよ」


 ボルクは盾を置いて、アグナの傍に寄った。


「歩くのが難しいなら、俺が運ぶ」

「冗談……じゃないんだよね。こういう場合」


 アグナは深々とため息をついた。


「体の接触のことか? 仕方ないだろう、非常事なんだから」

「そうじゃなくて、王子様に抱えられるというのが恐れ多くてね」


 アグナが照れたように言えば、リンがケラケラと笑った。


「そりゃそうだ。アグナ、今ならどの姿勢でもいけるわよ? お姫様だっこ? おんぶ? あたしが許す」

「何でお前が許すんだ?」


 訝るボルク。アグナは眼鏡の端を軽く押し上げた。


「肩を支えてもらう方で」

「あ、それならいいものがありますよ」


 ここでリュミエールが動いた。ボルクが捨てた盾に杖を当てると浮遊の魔法で浮かせた。


「これを浮遊椅子代わりに使えば、負担は最小限ですよ」

「あんた頭いいわ、リュミ」


 リンは妹を褒めた。盾を椅子としてアグナを運べば、リンもボルクも警戒しながらの移動ができる。

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