第1925話、空の上で気を抜いてはいけない
トロヴァオンはパワフルな戦闘機だ。
リンは操縦桿を握り、ウィリディスの空を飛んだ。
色々な飛行機に乗せてもらってきたが、重量に負けない力強さという点で、トロヴァオンに勝るものはない。
ドラケンは身軽だが力強さはない。ストームダガーは普通。フォルケは速いのだが、バイクに乗っているみたいで、頑丈さに不安があるし、思いのほか制御が難しい。
その点、操作性のバランスがよく、力強さを感じさせる加速性能と安定感はトロヴァオンにはある。
加速補整器と対Gスーツで加速時にかかるGは大幅に軽減されているが、リンとしては急上昇した時の腹にかかるような重みが、生きている実感をもたらして好きではあった。
雲が多い日である。
空を飛ぶこと、それは自由なんて思ったこともあったが、航空関係はやることが多過ぎる。
飛ぶ前の準備の手間が非常に多く、ちょっと乗りたいからと気分で乗ることはできない。
機体の整備、準備その他を全部やれば多少は好き勝手に……ともいかない。
フライトプランの提出。王国の空はレーダーが監視していて、不審な動き、未確認飛行物体に対しては、軍がスクランブルをかける。
それが迷い込んだ飛竜であれば、民に被害が出る前に撃退しなければならないし、余所の国の軍用機だったり、あるいは武装組織の攻撃であったりしても困るわけである。
自由であるはずの空は、いつしか自由ではなくなったのだ。
創作で空に憧れるものはいくらでもあるが、現実はそんな自由でもない。
「冒険者か……」
ぼんやりとリンは呟く。
パイロットになりたい、と思ったことがある。飛行場に通い詰めて、航空機をずっと見ていたこともある。作業する大人たち、パイロットの仕草が格好よかった。
初めてパパに乗せられて飛行機に乗った時の空の青さ、雲との距離感。飲み込まれそうな空という新世界に胸がときめいた。
なるまではかっこよかった。訓練生最年少云々には当人としては関心はなかったが、初めて自分ひとりで操縦桿を握って機体を操った時のドキドキは思い出の一つとなった。
だがあの時のドキドキはなくなってしまった。
『将来はパイロットか、軍人か』
そう言っていたのは誰だったか。大人が言っていたが、ほとんど聞き流していて思い出せない。精々、それもいいかなとぼんやりと思ったのは覚えている。
この道は、あたしの道ではなかった――最近のリンは特に思うのである。そこで湧いてきたのが弟たちの『冒険者』という道。
「考えないわけじゃないけど……」
自分でもあれこれ流され過ぎだとは思う。パイロットか軍人か、などと言われている横では、冒険者や探検家の物語にはまり、武器の使い方や魔法の訓練をした。
その派生で魔術師になりたいとも思ったこともあるが、本格的な修練にあたって、リンの苦手な座学や魔術に対する勉強があって早々に離脱した。
パパやベルおじさんが教えてくれる魔法のほうが好みであるが、魔法についての歴史とか系譜がどうのには関心がわからなかったのだ。
リュミエールやラッタのように勉強の本が苦もなく読める人間であればまた別なのだろうが、リンはじっとしているのが苦手であった。
その時、ふと気づく。機体のレーダーが接近する物体を捕捉し、警告音を発していることに。
「あっ、ヤッバっ!」
後ろにつかれそうになったので慌てて操縦桿を倒したが、ロックオン警報が鳴り響いた。
『警告、レーダー照射を受けた』
「おっせ! ナビ!」
機体のコアが口頭での注意を発したが、まさに手遅れ。だがこれはリンが悪い。コアの音声警告は最終通知。予めに報告するようにセットしていれば口頭警告の順番は変えられるが、基本は最後。
これは機械に口で注意されるのは嫌という一部の人間の心理に配慮したものだが、逆に言えばそれでも音声での警告は、どこまでパイロットがボンクラなのだという指摘に他ならなかった。
通常の警告音はすでに流れていて、それをリンがぼんやり聞き逃し、見逃していたということだから。
だからナビが文句を言われる筋合いはなく、悪いのはリンである。
『リーンちゃーん!』
ネットリお姉さんの声が通信機から聞こえた。
『無意識で飛行してたね! あんたの戦死報告をパパにするのは胸が痛いわよ、リンちゃん!』
「すいません! プリム姉さん!」
通信機の相手は、プリム・アミウール。血は繋がっていないが、リンの父であるジンが引き取った魔法人形の子供たちの一人。もう子供ではなくすっかり大人であるが、十七年前の大陸戦争では、スーパーロボット『ベルク・アイン』を操縦し、同盟軍のエースとして戦った。
テレビにもグラビアにも活躍したスーパーウーマンであるプリムである。リンにすれば、従姉妹のお姉さんみたいなもので、同時に憧れの一人でもあった。
リンのトロヴァオンのそばに、もう1機トロヴァオンがついた。キャノビーごしにヘルメットを被っているパイロットがいたが、その姿はプリムのものであった。
『ずいぶんチンタラ飛んでるなぁと思ったわ。軍だったら懲罰モノだよ』
「すいません、ぼーっとしてました!」
リンは正直に報告した。プリムは弁明にはあまり耳を貸さないタイプである。非があるならさっさと謝ったほうが後が楽である。
『リンちゃん、思春期だもんねぇ、仕方ない仕方ない』
話のわかるお姉さんのように言うプリム。しかしリンは、こういう時の姉さんの言葉を鵜呑みにしていけないのを知っている。ここで余計なことを言うと、殴られるような勢いで怒声やら説教が始まるのを何度か見たことがある。
ただプリムのために弁明すると、その対象は同僚、いわゆる軍人に対してであり、民間人にそのような態度を取ることはない。……とはいえ、言わないだけで内心はどす黒く不平・悪態をつきまくっているかもしれないが。
『でもねぇ、ひとたび戦闘機に乗ったら、色々考えてたら駄目なわけよ。実際、リンちゃん、これが実戦だったらあんた、死んでるよ?』
さらっと怖いことを言うプリムである。しかしこれは空戦において真実である。気を抜いた、警報に気づかなかったは、致命的ミスだ。
『じゃあ、ちょーと気の抜けているリンちゃんに、戦闘機乗りというものがどういうものか思い出させてあげようじゃないか』
模擬戦、やるよ。
その一言に、リンはゾッとするのであった。
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