第1921話、姉なるもの
「ただいまー」
リン・アミウールが帰宅すると、シェイプシフターメイドのヴィオレッタが出迎えた。
「お帰りなさいませ。――荷物はお持ちしますか?」
「いいよ、自分でやる」
居間を通って、手洗いうがい。日本ではこれは当たり前――というおかしな風習がアミウール家では通っている。これで食後の腹痛か避けられるというのだから、案外馬鹿にならない。
部屋に荷物を置いて、制服から私服へ着がえる。居間へ向かおうと部屋を出たとき、弟たちと廊下で遭遇した。
ジュワンとユーリである。この二人はいつも一緒にいる。
「お帰り姉貴」
「お帰り」
二人の弟は殊勝にも挨拶したが、リンはピクリと口元を動かす。この二歳年下のガキどもは、ちらちらとリンの胸元を見るのである。発情期かこの野郎。この年頃の男の子ときたら、ちょっと胸が膨らんでいるとそちらに目がいくものではある。
「どこ見ているんだ?」
自然と男口調で、弟たちを脅すのである。二人は首を横に振る。
「見てないよ」
「そうそう、見ていない」
「見てたろ、タコ」
リンはため息をついた。
「お姉ちゃんは優しいから引っぱたいたりはしないけどさぁ、リュミやレオナにはやるなよ」
「やらないよ」
「うん、やらない」
このガキども――リンは自身の黒髪をかいた。
「こりゃ触らせてやったほうがいいか……?」
「え……?」
固まるガキ二人。リンは眉間に皺を寄せた。
「その反応をやめろって言ってるんだよ!」
「言ったのは姉貴じゃないか!」
「そうだよ」
ワイワイと言い争いに発展するが、いつものことだ。そこへ黒髪、褐色肌のラッタが顔を覗かせた。
「何を騒いでいるんだい? リン姉さん、何かあったの?」
「あんたの弟たちがスケベなのがいけない」
口を尖らせるリンであるが、ラッタはため息をついた。
「姉さんの弟でしょうに。弟に当たるのはよくないよ」
「あたしが悪いっての?」
「絡み方がよくないよ。で、学校で何があったの?」
淡々と、表情乏しく尋ねるラッタ。説教する時の父ジンに似ているのが、何ともやりづらくなるリンである。
・ ・ ・
庭に出ると、リザベッタが一人でボール遊びをしていた。夕方ということもあって、他の兄弟姉妹は家に戻っている。
「明日、体育の授業だって」
ボール遊びではなく、ボールを使った運動の練習だとラッタはリンに教えた。
「なるほど」
「それで、何があったの?」
ラッタに問われ、リンはどう話したものかと首を捻る。弟に素直に相談するのは果たしてどうなのか……。要するに長女のプライドが首をもたげるのである。
「あんたって、将来のこと考えてる?」
いきなり振られても困惑するだろうと想像したが、ラッタはいつも通りだった。
「まあね。だって長男だもの」
アミウール兄弟姉妹の3番目。男子としては一番最初のラッタである。もっとも次男のジュワン、三男ユーリは同い年で、長男感覚は薄いが。
しかしリンから見れば、ラッタは長男なのである。三人の中で一番落ち着いていて、兄弟姉妹の面倒見もいい。年下ではあるがお兄さんにするならラッタだと思っていた。
「何になるの?」
「さあね。わかんない」
ラッタは、あっけらかんとしている。リンは眉をひそめた。
「考えているんじゃないの?」
「考えているよ? 決まっているとは言ってない」
屁理屈こねて――リンが呆れるが、ラッタは庭を歩く。
「そういう姉さんだって、進路が定まっていないじゃないか。僕をどうこう言えないよ」
「……」
「でもさ、決められないのも無理ないと思う」
振り返ってラッタは手をかざした。青い炎が具現化する。
「父さんは本職は魔術師だけれど、王様やら大公やら肩書きの多い人だ。まあ、僕はそういう貴族階級とは縁がない子だから、割と自由に選べるといえばそうなんだけど」
「あんたは魔術師を目指していると思っていた」
「目指しているよ」
ラッタは魔法を熱心に習っている。父ジン・アミウールは英雄魔術師であり、母リムネも魔術師畑の人間だ。魔術関係者からは、ジン・アミウールの息子は優秀な魔術師の素養があるに違いないと思われている。
「僕にはそれしかないからね」
「あんた、言ってることがさっきから矛盾してない?」
「姉さん、強い言葉を言ったって賢くはならないんだよ」
ラッタは飄々としている。
「魔術師を目指しているからといって、それになるとは決まってないじゃない」
「それって、他になりたいものがあるってこと?」
「あ、わかっちゃう?」
ラッタはクスクスと笑った。母親そっくりだった。
「僕は王族貴族方向のご指名がないからね。長男だけど、父さんの後継ぎというには範囲が広すぎて対応できない。だからせめて魔術師でもって思ったんだけど……冒険者もいいかなって」
「冒険者ぁ!?」
リンは素っ頓狂な声を発した。幼い時は一度は憧れたが、ハイスクールに通う歳にもなれば考えも変わるもので。
「それって就職できない奴がなる職業でしょう?」
「姉さん、言葉強い」
ラッタは指摘した。
「それにそれ、ドラマのセリフじゃないか。影響され過ぎだよ。それにそれを言ったら父さんもベルさんもSランク冒険者。それでも就職できない奴がなる職業だって言える?」
「う……」
返す言葉もないリンであった。
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