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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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1930/1947

第1920話、なんでもなれる?


「おれは正直、お前が羨ましい」


 ヴェリラルド王国第一王子であるボルクは言った。アポリト・ソフォス高等学校の制服姿。図書室で世界史の勉強中。

 テーブルを挟んだ斜め前の席には、リン・アミウールが、こちらもノートと資料を開いて、つまらなさそうな顔をしている。


「なに? ケンカ売ってる?」


 ショートカットにした黒髪。母であるアーリィーに似た顔立ち。男勝りとお淑やかさ、そのどちらにも振れる彼女は、校内でも人気が高い。

 黙っていれば美人。しかしボルク相手だと、かなり男勝りな面が強くなった。


「あたしの父親がジン・アミウールだから、って言うんなら、夢見過ぎ」

「尊敬はしているし、父親がジン・アミウールは、正直羨ましくもある」


 ボルクは朗らかに言う。


「もちろん、ミーハーな気持ちではなくて、父以上に多忙な行事をこなしている。この面は凄いとは思うが、自分だったらウンザリするだろうな」

「わかってるじゃない」


 リンはノートにペンを走らせる。


「で、何であたしが羨ましいのよ?」

「お前は何にだってなれるからだ」


 ボルクもペンを取る。


「おれはどう足掻いても、王様だからな。それ以外のものにはなれない」

「……」


 リンの手がわずかに止まる。目線を上げることなく、少し考え、再びペンを動かす。


「弟のリーゲン君に王位を譲ったら? そうしたら、あんただって好きに選べるでしょうが」

「そんな簡単な話ではない」


 ボルクはため息をついた。肩や首のコリをほぐすように小さく頭を動かす。


「リーゲンは優秀だが、あいつは王になる気はこれっぽっちもない。『僕は予備として兄さんに何かあった時のために勉強するけど、基本は好きなことをやっていくつもりだから、こっちに王位を振るようなのはやめてよね』だってさ」

「あの子、ガリ勉君だと思っていたけど……家だとそんな風なの?」


 アミウール家にちょくちょく夕食に来るから顔を合わせるのだが、リーゲン王子は男の子組とつるんでいてリンとの関係性に乏しい。だから彼のことはよくジャルジー家の中で一番わからなかったりする。


「あれで面倒臭がりなんだ。外では猫を被っている」


 王族の務めは最低限、あとは自由人だと言うのだ。


「ふーん、まあ、あんたんとこの家庭の話はいいわ。決めるのはあたしじゃないし。……」

「どうした?」


 ボルクは怪訝な顔つきになる。リンが考える表情を見せたからだ。


「別にぃ。何にでもなれるってあんたは言うけどさ。それってなりたいものを見つけないといけないじゃない? 考えようによっては、あんたの方が楽じゃない」

「……それって、お前は何になるか特にない、考え中ってことか?」

「悪い?」


 リンは口を尖らせた。ボルクは腕を組む。


「決まっているから楽っていう意見は初めてだな。だがおれの場合は、おれ自身が決めたものでなく、それを押しつけられているということだ」

「そうかしら? 長男って大抵、家の仕事を継ぐものでしょ? あんたの場合は王様ってだけで、商人の子は商人、職人の息子は職人、魔術師の子は魔術師……そういうものじゃないの?」

「どうかな、長男が家督を継がない、他の兄弟に譲る、あるいは選ばれない場合は、必ずしも長男とは限らないのではないか?」

「だったらあんたもそうすれば……ってのはできないって言ってたわね」

「覚えていてくれて嬉しいよ」


 皮肉るボルクである。


「それで、リンはおぼろけでもなりたいものとかないのか? お前は大抵のことはできるだろう」

「できることが多いことが必ずしもいいことではないのよ」


 リンは唸った。


「むしろ、何か一点に秀でたものがあれば、それを中心にしていくこともできた。でもあたしは……そういうの、ないもの」

「それはお前が何事もこれからってところで、投げ出すからじゃないか?」


 ボルクは核心をついた。これにはリンは顔をしかめる。


「うっさい! ……どうせあたしは飽き性ですよー」


 わかってるわよ、と小さく呟き拗ねるリン。


 ――でも、しょうがないじゃない。あたしの中で、どれもしっくりこないんだから。



   ・  ・  ・



 なりたいものは?

 お父さんみたいな魔術師! あるいは、お母さんみたいなお姫様!


「あーと、冒険者ってのもあったわね」

「なに、突然?」


 クラスメイトで親友のアグナ・シェードは眼鏡を指で押し上げた。

 長身で、すらりとした体躯。金髪を後ろでまとめて団子にしていて、眼鏡をかけている。クラスでも優等生グループにいて、ボルクに並んでリンのライバル的存在だ。付き合いは長く、友人であり身内であり、ライバルではあるが関係は良い。


「ボルクに、将来何でもなれるから羨ましいって煽られた」

「あー、それはそれは」


 アグナは、ケッと言いたげな顔になった。普段は冷静沈着、そっけないタイプなのだが、リンの前では表情豊かである。


「将来安泰野郎は言ってくれますな」

「そうだけどさ、王様になれるって言われても羨ましくはない」


 真顔のリンに、アグナは笑った。


「むしろお姫様がいいとか?」

「それもあたしは嫌だなぁ。……リュミエールはお気の毒様」


 次女のリュミエールは、母がプロヴィアの女王のエレクシア。当然プリンセスである。その進路もボルクたちジャルジー家と同様、王族の身分がついてまわることだろう。


「でも一応、リンもお姫様でしょう? 大公令嬢、南方侯爵令嬢。元ウーラムゴリサ王の娘」

「最後のは微妙なのよねぇ。パパはもうあの国の王様じゃないし」


 王族という実感が薄い。しかし母アーリィーはヴェリラルド王国の姫でもあるので、その娘であるリンも王族の血をしっかり引いている。


「あたしは何がやりたいんだ!」

「知るか!」


 アグナにぴしゃりと言われた。

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