第1920話、なんでもなれる?
「おれは正直、お前が羨ましい」
ヴェリラルド王国第一王子であるボルクは言った。アポリト・ソフォス高等学校の制服姿。図書室で世界史の勉強中。
テーブルを挟んだ斜め前の席には、リン・アミウールが、こちらもノートと資料を開いて、つまらなさそうな顔をしている。
「なに? ケンカ売ってる?」
ショートカットにした黒髪。母であるアーリィーに似た顔立ち。男勝りとお淑やかさ、そのどちらにも振れる彼女は、校内でも人気が高い。
黙っていれば美人。しかしボルク相手だと、かなり男勝りな面が強くなった。
「あたしの父親がジン・アミウールだから、って言うんなら、夢見過ぎ」
「尊敬はしているし、父親がジン・アミウールは、正直羨ましくもある」
ボルクは朗らかに言う。
「もちろん、ミーハーな気持ちではなくて、父以上に多忙な行事をこなしている。この面は凄いとは思うが、自分だったらウンザリするだろうな」
「わかってるじゃない」
リンはノートにペンを走らせる。
「で、何であたしが羨ましいのよ?」
「お前は何にだってなれるからだ」
ボルクもペンを取る。
「おれはどう足掻いても、王様だからな。それ以外のものにはなれない」
「……」
リンの手がわずかに止まる。目線を上げることなく、少し考え、再びペンを動かす。
「弟のリーゲン君に王位を譲ったら? そうしたら、あんただって好きに選べるでしょうが」
「そんな簡単な話ではない」
ボルクはため息をついた。肩や首のコリをほぐすように小さく頭を動かす。
「リーゲンは優秀だが、あいつは王になる気はこれっぽっちもない。『僕は予備として兄さんに何かあった時のために勉強するけど、基本は好きなことをやっていくつもりだから、こっちに王位を振るようなのはやめてよね』だってさ」
「あの子、ガリ勉君だと思っていたけど……家だとそんな風なの?」
アミウール家にちょくちょく夕食に来るから顔を合わせるのだが、リーゲン王子は男の子組とつるんでいてリンとの関係性に乏しい。だから彼のことはよくジャルジー家の中で一番わからなかったりする。
「あれで面倒臭がりなんだ。外では猫を被っている」
王族の務めは最低限、あとは自由人だと言うのだ。
「ふーん、まあ、あんたんとこの家庭の話はいいわ。決めるのはあたしじゃないし。……」
「どうした?」
ボルクは怪訝な顔つきになる。リンが考える表情を見せたからだ。
「別にぃ。何にでもなれるってあんたは言うけどさ。それってなりたいものを見つけないといけないじゃない? 考えようによっては、あんたの方が楽じゃない」
「……それって、お前は何になるか特にない、考え中ってことか?」
「悪い?」
リンは口を尖らせた。ボルクは腕を組む。
「決まっているから楽っていう意見は初めてだな。だがおれの場合は、おれ自身が決めたものでなく、それを押しつけられているということだ」
「そうかしら? 長男って大抵、家の仕事を継ぐものでしょ? あんたの場合は王様ってだけで、商人の子は商人、職人の息子は職人、魔術師の子は魔術師……そういうものじゃないの?」
「どうかな、長男が家督を継がない、他の兄弟に譲る、あるいは選ばれない場合は、必ずしも長男とは限らないのではないか?」
「だったらあんたもそうすれば……ってのはできないって言ってたわね」
「覚えていてくれて嬉しいよ」
皮肉るボルクである。
「それで、リンはおぼろけでもなりたいものとかないのか? お前は大抵のことはできるだろう」
「できることが多いことが必ずしもいいことではないのよ」
リンは唸った。
「むしろ、何か一点に秀でたものがあれば、それを中心にしていくこともできた。でもあたしは……そういうの、ないもの」
「それはお前が何事もこれからってところで、投げ出すからじゃないか?」
ボルクは核心をついた。これにはリンは顔をしかめる。
「うっさい! ……どうせあたしは飽き性ですよー」
わかってるわよ、と小さく呟き拗ねるリン。
――でも、しょうがないじゃない。あたしの中で、どれもしっくりこないんだから。
・ ・ ・
なりたいものは?
お父さんみたいな魔術師! あるいは、お母さんみたいなお姫様!
「あーと、冒険者ってのもあったわね」
「なに、突然?」
クラスメイトで親友のアグナ・シェードは眼鏡を指で押し上げた。
長身で、すらりとした体躯。金髪を後ろでまとめて団子にしていて、眼鏡をかけている。クラスでも優等生グループにいて、ボルクに並んでリンのライバル的存在だ。付き合いは長く、友人であり身内であり、ライバルではあるが関係は良い。
「ボルクに、将来何でもなれるから羨ましいって煽られた」
「あー、それはそれは」
アグナは、ケッと言いたげな顔になった。普段は冷静沈着、そっけないタイプなのだが、リンの前では表情豊かである。
「将来安泰野郎は言ってくれますな」
「そうだけどさ、王様になれるって言われても羨ましくはない」
真顔のリンに、アグナは笑った。
「むしろお姫様がいいとか?」
「それもあたしは嫌だなぁ。……リュミエールはお気の毒様」
次女のリュミエールは、母がプロヴィアの女王のエレクシア。当然プリンセスである。その進路もボルクたちジャルジー家と同様、王族の身分がついてまわることだろう。
「でも一応、リンもお姫様でしょう? 大公令嬢、南方侯爵令嬢。元ウーラムゴリサ王の娘」
「最後のは微妙なのよねぇ。パパはもうあの国の王様じゃないし」
王族という実感が薄い。しかし母アーリィーはヴェリラルド王国の姫でもあるので、その娘であるリンも王族の血をしっかり引いている。
「あたしは何がやりたいんだ!」
「知るか!」
アグナにぴしゃりと言われた。
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