第1887話、対策と息抜きのバランス
サンダーボルト作戦が始まった。
地底シェイプシフター軍の総数を大威力の攻撃で削っていく。第二弾作戦の序盤戦である。
100万の敵が残り1万に減るまで減らしましょうっていう感じで、シーパング同盟軍艦には仕掛けてもらっているが、その間に掃討戦力の整備と準備を進めておく。
本当はこういうのって揃ってからやるのが理想なんだけど、あいにくと時間という概念は、時として準備不足のまま行動しなければならないこともあるのだ。
「それで、我を呼んだのは?」
ディーシーがやや億劫そうにそう言った。いやー、悪いねぇ、急に呼び出してさ。
「地底の入り口なんだけどね。ちょっと細工をしておこうと思ってね」
俺が言えば、ディーシーは首をひねった。
「この間、火属性魔法金属を仕込んでいなかったか、主よ?」
「あれだけではまだ心許なくてね」
相手はシェイプシフターだ。時間をかければどんな細工も突破してきそうな雰囲気があるんだよね。
「あれだけ? あそこまで何重も対策していてそれか?」
「世の中に『絶対』なんてものはないんだよ、ディーシー」
俺はこれで結構心配性なんだよ。
「第一弾作戦の時な。あれだけ予防線を張っておいて、犠牲者が出た」
「作戦は成功したと聞いているが? 作戦は完璧でも、こなすのは人間だ。できない奴、うっかりしている奴、ミスする奴はいるものだ」
「そのうっかりが怖いんだ」
案外破られる時って、そういううっかりの要素が大きい気がする。統計を取ったわけではないから、事実かは知らない。
「それで前回の保険が有効に働いたんで、その保険をゲートの間に仕掛けておこうと思う。そのために地形改変が可能なダンジョンコアであるディーシーさんの助力がほしい」
何せ地面の下だからね。ゲート周りを掘るより、ディーシーに地形改変してもらったほうが遥かに早く効率的だ。
「備えずに大惨事になるよりは全然構わないんだがな、主よ。相手が相手だからな」
ディーシーも、シェイプシフターを敵に回した時の手強さは理解している。何だかんだ言っていてもきちんと仕事をしてくれるのが彼女のいいところだ。
・ ・ ・
不安というのは、一度気になりだすとキリがなくなる。
これで充分だ、いやまだ足りないだろう――受け取り方、対処の仕方などは人それぞれなんだろうが、選択に人命がかかってくると神経質にもなる。
自分の見逃しやミスが自分『だけ』で済めばいいのだが、俺のやっていることはそうならないから厄介なところだ。
第一弾作戦の時、対策しても死者が出た。原因について細分化していくと、俺が入る余地のない部分でのミス、要するに現場の見落としや不注意の例もあるのだが、だとしても犠牲者が出たことに変わりはなく、一度印された数字が変わることもない。
あれで駄目なら、もっと対策を練らねば……。元の世界で今後このようなことはないように云々という釈明会見を見かけた時、それは当然なんだけど、そんな簡単にどうにかなるものではないだろうと思っていた。
俺は、地底シェイプシフター掃討作戦のため、動き続けねばならない。地上の平和のため、シーパング同盟各国の民のため。……愛する家族のため。
「じゃ、そういうことで」
「あんたの仕事は俺が引き受けるよ」
分身君に後を任せ、俺は帰宅。24時間、人は戦えない。充分な休養、リフレッシュはよい仕事の秘訣だ。
「……で、これは何があったんだ?」
帰った早々、娘たちの泣き声が聞こえてきた。えーと、これ片方はリンだが、もう片方は、珍しいことにリュミエールじゃないか? 彼女のギャン泣きは、久しぶりだ。
年長組で喧嘩でもしたのだろうと見当をつけるが、それにしても大人しいリュミエールがこれは本当に珍しい。
「ああ、ジン」
アーリィーとサキリスが、それぞれ渦中の二人を抱きしめていた。なお、アーリィーはリュミエール、サキリスがリンをなだめていた。
「おとぉさぁぁんー!」
めちゃくちゃな泣き顔でリュミエールが、俺に言った。
「リンちゃんが、わたしの本やぶいちゃったーっ! うわぁぁん!」
本を読むのが大好きなリュミエールである。なるほどそれは大泣きもする。で、そのリンも大泣きしているのは、何故なんだぜ?
人間というのは複雑怪奇なもので、幼い時ほど何がトリガーになって機嫌が変わるかわからないものである。
「それは悲しいね。どれ、お父さんに見せてみなさい」
リュミエールの足元に落ちている本を、アーリィーが拾った。
「これなんだけど……。えーと、ここかな」
ページをめくり、やぶれている部分を見せる。綺麗な挿絵のページだね。可愛い女神様のイラスト部分か。大事にしている本のこういうのは悲しくなるよね。
やぶれた残り部分を拾って、合わせてみる。
「もとに、もどるぅ……?」
リュミエールは涙声で言った。やぶれた紙はもとに戻らない。アーリィーやサキリスが気まずい顔をし、リンがまたも泣き始めた。彼女もやぶるつもりはなかったのだろう。
「お父さんは、魔法使いだからね」
再生、復元。紙の繊維を思い描き、結合させる。魔法陣が発動。淡い光が室内を照らす。
「ほら、元通り」
「すごいっ、すごい! もとに戻ったぁ!」
リュミエールが大はしゃぎである。思わず抱きついてきて俺を揺さぶる。おうおう、シャッフルしてしまうからやめてくれ。
リュミエールは本を抱えるとペコリとお辞儀して部屋に戻っていった。アーリィーは俺を見て苦笑している。
「昔から変わらないのよね、ジンって。魔法騎士学校で、折られた剣を魔法で直してあげてたでしょう? あれは思い出したわ」
「よくおぼえているな」
フリーレン・トレーネだったかな。氷の魔法剣。爺ちゃんの形見だったとか何とか。違ってたらごめんよ。
さて、俺は泣いていたもう片方、長女のリンを見た。半泣きのまま、何とも言えない顔をしている。俺は詳しい事情は知らないが、飛び込んでこないところからして怒られるかもと身構えているのかな?
「おいで」
俺は手を広げると、それを見たリンはワッと泣き出し、俺の胸に飛び込んできた。事情を知らずに叱るのは論外。状況と思い込みでならなお最悪だ。かといって放置もいけない。君を見捨ててないよ、というアピールは大事だ。特に姉妹兄弟の間ではね。長女だからとか、我慢させることもないんだ。
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