第188話、ゴブリン集団討伐任務
デゼルトは秘密通路を走り出した。ヴォード氏は、はじめは運転している俺を凝視し、やがて窓から見える外の景色――魔石灯が流れていくさまを見て、その速度に感嘆した。ミラー越しに見た彼の顔は、驚きと興奮が混ざり、口が笑みの形に変わっていった。
暗い通路から明るい外に魔法装甲車が飛び出した時、ヴォード氏は明らかに声を上げて大笑いしていた。
「凄いな、これは! 想像以上だ!」
興奮が声に乗っていた。
「この魔獣の如き大きさの車というだけでも壮観なのに、この速度! この力強さ!」
素晴らしい、と口にするギルド長。俺は、後ろの席の同級生に言った。
「マルカス、ルーフを上げてさしあげろ」
天井の蓋を開くように言えば、魔法騎士生は指示に従った。屋根が開いたことで、太陽の日差しが直接車内に差し込む。ヴォード氏が立ち上がると、吹き抜ける風が彼の髪をなぶり、頭ひとつ飛び出したことで周囲が一望できた。
「おおおおおっ――!」
その声は運転席にも届いた。ずいぶんと楽しそうである。
「あっははは――!!」
子供のような声を上げるヴォード氏。身体はでかいが、まだまだ心は若いのかもしれない。そういう素直な反応をされると、こっちも得意になってくるからいけない。
力強く平原を疾走するデゼルト。俺は、試験依頼はアーリィーがリーダーとして指示を出すようにと告げた。俺の試験ではないからな。最近、彼女たちにも指揮役を振ったりしているので、まったく初めてというわけではないが――
「できるか?」
「うん、やる」
アーリィーは頷いた。今回の試験では、基本的に俺たち先輩組はゴブリンとは戦わない。実戦での戦闘力や判断などを判断する場であるから、先輩組が全部やっては意味がない。移動や偵察については、アーリィーたちの要請があれば手伝う。全部自分でやってもいいのだが、何でもかんでも自分たちだけで解決しようとするのもよくない。頼るべきところは頼るのも、冒険者に必要なスキルだ。
とはいえ、試験官であるヴォード氏が手伝うことはない。仮にも彼がその剣を振るうようなことになったら今回の試験、不合格に等しい。
やがて、依頼目標である、ゴブリン集団が潜伏している森の近くに到着した。
事前情報と照らし合わせ、アーリィーの要請で敵情偵察を行う。戦闘前の情報収集はとても大事。基本が身に付いているようで、お兄さんはうれしい。
一つ目の球体を使った偵察で、間もなくゴブリンの集落を発見した。したのだが――
「これ、話が違いませんかね?」
俺は抗議の視線を、ヴォード氏に送った。
偵察結果、最大二十数体程度と言われたゴブリンであるが、実質その三倍、六、七十ほどもいるんですが?
Dランク昇格試験にしては、ちょっと難易度設定おかしくありませんかねぇ……?
「むう、確かにこれは依頼内容との差が大き過ぎるな」
ヴォード氏は認めた。
「ゴブリンとはいえ、ここまで集まれば雑魚とはいえない。C、いやBランク相当だろう。ここは撤退を選んだとしても、試験の評価としては悪くはない。自身の力量を踏まえての撤退ならむしろ高評価と言える」
ただ、この状況を放置するわけにもいかないんだよなぁ――ヴォード氏はため息をついた。すでに周辺に被害を与えているゴブリンの集団である。より大きな規模が潜伏しているとなると、最終的な被害がどこまで拡大するかわかったものではない。
「Bランク依頼に格上げだな。ちょいとゴブリン退治をしてくるか。おれがやるから、ジン、悪いが手を貸してくれ」
ヴォード氏が愛剣であるドラゴンブレイカーを手に取る。
試験どころではなくなってしまった。いや、まだ試験は続行できるか?
「ヴォードさん、彼らにも手伝わせては? 試験はそもそも、Dランク相当の能力があるかどうかを見るんですから」
「Dランクでは手に余る規模だが?」
「そこでSランクのあなたが出張るんでしょう? 上級冒険者の支援や掩護依頼もあることですし……実戦じゃ、ランク云々とか言ってられないこともあります」
俺が意地の悪い笑みを浮かべれば、アーリィーが一歩前に出た。
「ボクらでやれることはやります。このゴブリンたちを放っておくと、もっと被害がでるかもしれないんですよね? それなら――」
「ええ、いいも悪いもないですわ!」
サキリス、そしてマルカスも頷いた。ヴォード氏は、しばし迷う。相手が、そこらの冒険者なら、「お前らには無理だ」と一喝するところだっただろうが、何せ相手は、アーリィー――ヴェリラルド王国王子である。
王子を危険にさらしていいのか? 冒険者になった時に覚悟はできているはず、いやしかし――
ちら、とヴォード氏が俺を見た。
どうやら、俺に判断を振ったらしい。なら、言い出した手前、俺の答えは決まっている。
頷いてやれば、ヴォード氏も頷き返した。
「では、殿下。ちょっとばかし、ゴブリン退治を手伝っていただきます」
「はい!」
アーリィーはヒスイ色の目に強い意志の光を宿している。俺は口を開いた。
「では、アーリィー。ここはどういう手でやるのがいいだろうか?」
周囲の視線が一度俺に向いた。新人たちに協力させる、と言ったが、まさかどう戦うか、その作戦を振るとは思わなかったのだろう。
「そうだね……」
王子殿下は、顎に手をあて思案のポーズ。いきなり振られたが、慌てた様子はない。
「まず前提をどこに置くかによると思う。あくまで集団を散らして、ある程度数を減らすことで任務達成と見るか、極力、殲滅を目指すのか……」
アーリィーは、俺とヴォード氏を見やる。
「もちろん、ジンやヴォードさんを当てにしていいんだよね?」
「ああ、もちろん」
ただ、どこまで役割を割り振るかによっては、試験に影響するだろうことは忘れないでくれよ――というのは黙っていた。それを言ったら意味がない。
俺たちは丸投げされてもゴブリンの集団を蹂躙できる。アーリィーが、俺やベルさん、ヴォード氏を前面に押し出せば、それだけで勝利は疑いようがない。だがそんな楽なやり方は戦術としては正解でも、試験としては不合格といわざるを得ない。
そこのところは、わざわざアーリィーたちを手伝わせようと言った意味を、理解してもらいたいところだ。
・ ・ ・
森の中をアーリィー、サキリス、マルカスが進む。低木をかきわけ、慎重に歩を進める三人。その側面には、ブラオとグリューンが浮遊移動で随伴する。
アーリィーはカメレオンコートをまとい、エアバレットをメインにいつもの装備。サキリスはフレイムスピア、マルカスは先日新調した新型武器『フロストハンマー』に『サンダーシールド』を携行する。
フロストハンマーは片手用の戦闘鎚で、コバルト金属製。霜竜の魔石を改造合成したものが仕込まれ、直撃の瞬間に内部魔力が衝撃波を放ち、さらなる打撃を与える。さらに使い方によっては氷のブレスを思わす冷気攻撃が可能だ。
サンダーシールドは、マルカス用に作られた大型盾であり、盾に電撃発生用の魔石を備える近接用攻防一体の防具だ。
それにしても、わたくしたちが――
おれたちが――
サキリスと、マルカスは前方を警戒しつつ、生唾を飲み込んだ。
『先頭とは!』
心臓の鼓動が早くなり、それが耳にこびりつく。
アーリィーの作戦に従い、ゴブリンの集落を目指す三人。この学生冒険者が敵陣へ接近する。ゴブリン集団に先制の一撃を与え、その後は、敵の攻勢を引き受ける囮として!
殿下も無茶なことを考える――マルカスは思わず歪んだ笑みを浮かべる。
ご自身を囮にされるとは!




