第187話、試験官ヴォード
「――というわけで、君たち翡翠騎士団の昇格試験をおれが担当する。よろしく頼む!」
ヴォード氏の登場に、何事かとざわめいていた冒険者たちだが、彼の言葉はさらなる驚きを呼んだ。
冒険者ギルドの職員か上級冒険者が同行しての実地依頼遂行という試験に、冒険者ギルドのギルマスが自ら足を運ぶというのは異例だった。
どうしてこうなった!
聞いてないぞ、こんなの。多少面識があるから、俺は平気だけれど、マルカスとサキリスは、めっちゃ緊張してるし。
「そりゃお前、王都じゃ知らぬ者などいない伝説のドラゴンスレイヤーだぞ!」
と、マルカスが言えば、サキリスもまた。
「ああ、生きた英雄と会えるなんて……」
などと緊張と歓喜が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。
俺はユナと顔を見合わせるが、彼女もまた小首をかしげるばかり。
「どういうことか? 聞いてもいいですか、ギルド長」
「んー、ちょうど手隙の職員がおれしかいなかったのだ。……たまには外に出ないと身体がさび付いてしまうしな」
後者は本音かもしれないが、手隙の職員がいなかった、というのは嘘だろう。これについて、副ギルド長のラスィアさんは何も言わなかった。ただ呆れと諦めの混じった顔をしていたところを見るところ、すでに二人の間では話がついているようだった。……これはきっと、ヴォード氏が何かわがままを言ったに違いない。
なお、のちに、ヴォード氏とラスィアさんの間であったやりとりを聞かせてもらったが、それによると――
「最近、ジンのやつはどうしている?」
「学生冒険者たちを連れてダンジョンに潜っているようですよ」
「へえ、学生とね。奴ほどの実力なら、わざわざ学生と組むことなどないだろうに」
「後進の指導みたいですよ。アーリィー殿下と貴族生を二人」
「ああ、この前、お前が報告してくれた件な。殿下が偽名で冒険者登録したというやつ」
「……何か、ありましたか?」
「何が?」
「眉間にしわが寄ってますよ?」
「……ジンの奴な、俺との約束をすっぽかしてやがるのが気に入らない」
「何か約束をしていたのですか?」
「……お前には関係ないだろう」
「そうですか。……それなら、直接本人に言ったらどうですか?」
「奴が来るのか?」
「ええ、殿下と貴族生二人の、冒険者ランクの昇格試験の申請が出されていました」
「……昇格試験か」
「何です?」
「その試験には冒険者か職員がついていくことになっているな」
「ええ、ジンさんとユナがいるので、誰を送るか悩んでいます。適当な人材がいなさそうなので、最悪、私が行こうかと思っていますが」
「それはズルい!」
「はい? ずるい……?」
「いや、何でもない。そうか、試験員か。王子殿下もご同行されるのだ、下手な人選はできんな。よし、ここは俺がその試験に同行しよう!」
「は……? ギルド長自ら? 何を言っているんですか!?」
「決めた。俺が決めた。もう決まった」
「……」
それはさておき、やる気を漲らせている四十代半ばの大男に、どう言ったものか。正直、ギルド長自ら、というのは予想外過ぎて、俺もちょっと困惑している。
「どういう風の吹き回しなんですか、ヴォードさん。手隙の職員がいないなら、試験日くらい先延ばしにするとかできたと思いますが……?」
「前に車に乗せてくれるって約束しただろう?」
ヴォード氏が顔を歪めた。車に乗せる……あー、そういえば、アーリィー率いる遠征軍の助っ人を要請した時に、そんな約束をしていた。すっかり忘れていた。これはすまないことをした。……というか、それが理由かよ!?
魔法車では狭いかと思っていたが、いまは装甲車がある。まあ、ギルド長には他言しないよう釘を刺しておく必要があるが……。
だって試験クエストがどこでやるか知らないが、メインはアーリィーやサキリスたちであって、ギルド長が行くとなると、サフィロでは定員オーバーだから。仕方ないね、本当に。
そんなわけで、俺たちはギルド建物内の談話室へ場所を移し、試験対象の依頼を確認する。……ゴブリン集団の討伐?
「最近、ひとつの集落がゴブリンに襲われてな」
ヴォード氏直々に、地図を広げて説明される。
「近くで旅人などが襲われる事件も複数、報告されている。盗賊狩りみたいなものだ」
事件の目撃や斥候の報告では、ゴブリンの数は多くても二十ほどらしい。基本、俺とユナ、ベルさんと随行するヴォード氏は手を出さず、あくまでアーリィー、サキリス、マルカスの三人が頑張ることになる。
場所を確認し、現地近くまでの移動は、魔法車で行うこととなった。早く終われば、日帰りできるか? いや、そういうのはフラグというものか。一日かかると踏んだほうがいいかも。今日明日と学校が休みでよかったー。
と、いうわけで、冒険者ギルドからヴォード氏を連れてアクティス魔法騎士学校へ行くというのも芸がないので、ポータルを使って直接地下の秘密通路へご案内。……行き方がわからなければ、場所も誤魔化せるのだ。
翡翠騎士団以外の人間で、地下秘密通路に最初に足を踏み入れることになったヴォード氏は、そこで魔法装甲車デゼルトとご対面!
完全装備のヴォード氏は巨大な八輪車を前に、剣の柄に手をかける。
「新手の魔獣か……?」
「デゼルトと言います。新型です」
俺は装甲車の後部ハッチを開くと、中へといざなう。
「少々狭いですが」
「構わん。おれが乗ると、どれも手狭だが……これは思ったより広いな。いったいこれはどうしたんだ? どこで手に入れたんだ?」
「作ったんですよ」
俺が冗談っぽく言えば、「本当か?」と真顔で返された。俺はそれには答えず、運転席へ移動する。
「あとこの場所も、王室のトップシークレットに含まれる事柄なのご内密に願います」
「教えてくれんというわけか。王室がらみとなれば余計な詮索はしないのが賢明だ」
アーリィー王子がいる手前、ヴォード氏は自重した。まあ、そうするように仕向けたんだけどね。
ユナ、サキリス、マルカスが後部席に乗り、従者ゴーレムであるブラオ、そしてグリューンも続く。
「なんだこれは!?」
高さ一メートル程度の小柄ながら、明らかに人間ではないそれにヴォード氏は驚愕する。俺が答えるより先にユナが口を開いた。
「スクワイア・ゴーレムですよ、ヴォード。お師匠の自作魔法具です」
「これが、魔法具だというのか……!」
驚くギルマスを他所に、アーリィーが助手席、ベルさんが専用席に座る。俺は魔力エンジンを起動させると、後ろの席を見た。
「それでは出発します。席について」




