第1864話、地底への魔法陣
そういえば、この古代都市を徹底的な調査はしていなかったな。
今では超ベテラン、かつての新人だったマルカスやサキリス、そしてアーリィーを連れての探索だったから、そこまでじっくり見ていなかったんだよな。
懐かしいな。まだ十年経っていないけど、もうそれに近いくらい年月が流れている。
閑話休題。
この古代地下都市の主であった魔術師が、地底世界を行き来していた魔法陣のある場所へ、俺とベルさん、ダスカ氏は、シェイプシフター兵と共に向かった。
真っ黒な室内である。
「何だか監房区画を歩いているような暗さだな」
ベルさんがそんなことを言った。
「まあ、あまり清潔感はないよな」
俺たちは長年放置されていた建造物の中を行く。モンスターなどの姿はなし。誰も訪れない場所には出ないよな。……そこを寝床にしているなら別だけど。
そして最下層にある広い部屋に出た。
「着いたようですね」
ダスカ氏が、ほっと一息ついた。ご老人は少々お疲れかな――なんて、この人はこの歳で歩き回っているから、これくらいでバテたりはしない。
ベルさんが鼻をならした。
「真っ暗だ」
照明魔法で照らされても暗く見えるのは床も壁も天井も黒一色だからだろうな。もっと光量を強くすれば、って言うのは簡単だが、それだと逆に眩しくてかなわない。
「魔法陣ってのはあれか……。部屋のデカさに対し、あんまり大きくないな」
「使っていたのは一人だった」
俺は、魔法陣を見下ろす。
「複数で行っていたわけではないからこそ、魔法陣を大きくする必要もなかったんだろう」
「大きな魔法陣を描くのは労力がかかりますからね」
ダスカ氏が専門家らしく告げた。
「間違いがあれば事故のものなので慎重になりますし、この手の魔法陣を描くために使う塗料も特別に練り込んで作られる。それを用意するのも大変ですし、まして描くとなると……」
「だから一人しか使わないから、このサイズってことだな」
ベルさんもまた魔法陣を見下ろした。……床に魔法陣を描くって、少しならいいが、大きいものとなると腰が痛くなりそう。ただでさえ、描くのは精巧なものが多いんだからさ。
「で、これ動くのか?」
「見たところ、大丈夫そうですが……」
ダスカ氏はしゃがんで魔法陣をじっくりと確認する。
「特に図や字が崩れている様子もありませんね……。魔力を通せば起動しそうです」
「とはいっても転送系の魔法陣だからな」
ベルさんは腕を組んだ。
「そのまま鵜呑みにはできんぜ? まったく関係ない場所へ吹っ飛ばされる可能性だってある」
それな。転移と名のつくものを、よく確かめもせず使うのはNGだ。もしかしたらこの世界の過去とかに飛ばされてしまうかもしれない。……などと経験者は語る。
「だから本人じゃなくて、分身を使うんだろう?」
俺は肩をすくめた。いくら俺やベルさんが不死身だっていってもね。帰還不能な場所はノーサンキューというやつだ。
・ ・ ・
「見たところ、地底世界だな」
「俺には岩場のどこかにしか見えないけどな」
そうベルさんに突っ込みを入れて、俺は岩の壁に囲まれた隙間のような道を進む。そこを抜けると広々とした、しかし前後を断崖絶壁に囲まれた場所に出た。
「これは、谷の底か」
グランドキャニオンに匹敵する大峡谷、その底に俺たちはいた。ふむふむ、地底で大峡谷といえば……。現状確認されている地底世界のマップを引っ張り出して確認。
ベルさんが辺りを見回す。
「魔術師が、地底人に見つからずによくもまあ往復できたもんだと感心したが、出てきたところを見て納得だ。こりゃあ見つからねえよ。まさかここに魔法陣が繋がっているなんて思いもしねえだろうよ」
「だな、人がそうそうに来る場所じゃないし」
俺は峡谷の形から、大体の位置は把握する。ウーラムゴリサのある場所よりかなり西。それこそヴェリラルド王国などの西方諸国に近い。
俺はストレージより、アイボール型ドローンを展開させ、周囲の偵察に送り出す。
「俺の予想だとこの比較的近くに、魔術師が何度か潜入した地底人の研究施設があると思う」
「円盤都市はこの近くにないのか?」
ベルさんが聞いてきた。確か――
「ナンバー17が、ちょっと離れた場所にあったはずだ」
第一回の調査では、廃墟都市で動力も動いていなかった。当然、無人だったが、調査隊が無事に帰還しているところから見ても、敵対するシェイプシフターはいなかった。
「ジン、峡谷を調べるのか?」
「都市を除けば、この辺りは空から観察しただけだからな。上からは見えなくても、下からだったら、何か見つかるかもしれない」
シェイプシフターを研究していたのが軍の施設というなら、秘密基地みたく一般からは秘匿されていてもおかしくない。
「あとついでに円盤都市17にもドローンを送っておこう」
正直、今の俺たちはどこどこ辺りと地図などから判断したけど、正確な場所はまだ確定していない。
似たような地形の別の場所にいるという可能性も皆無ではない。思い込みは特に落とし穴に繋がっているものだ。
「魔法陣は正常に作動しているようだから、一度戻るか。ダスカ氏も結果を知りたがっているだろう」
ちゃんと地底に移動できましたよってな。ベルさんは言った。
「それで、その後は?」
「この地底に偵察用の秘密基地を設営する。何をするにしても拠点は必要だからね」
それが済んだら、地底シェイプシフター軍を本格調査しよう。その規模や戦力を含めて。
「だったら、オレ様がダスカ氏に伝えてきてやるよ」
ベルさんが魔法陣へと歩を向ける。
「お前さんは、その間に基地作っちまえよ。時短だ時短」
「わかった。じゃあ、任せるよベルさん」
じゃあ、秘密基地に打ってつけの場所探しから始めますかね。
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