第1829話、底のない穴?
「……これは、なんだろうな?」
ディーシーのスキャンした巨大な物体、その形状を見て浮かんだのは生き物の脳。そこまで皺が浮かんでいるわけではないが、どうしてそう思ったんだろうか。
「芋か? それとも卵?」
ベルさんはそう言った。
「嫌だぜ、また怪獣の卵とか、そういうのは」
最近の怪獣騒動が脳裏をよぎる。ただでさえ巨大ムカデで手一杯だっていうのに、さらにそれを凌駕する巨大な化け物の登場とか御免蒙る。
「ディーシー、これは何だ?」
魔力スキャンで形状以外にわかることは?
「何らかの装置の一部ではないか」
戦術モニターに、もう一枚別のスキャン情報が表示される。
「この物体の下にさらに縦穴があるが、ケーブルらしきものが繋がっている」
「人工物ということか」
ケーブルらしきものが、らしきものではなかったとしたらそうなるか。自然のそれとは考えにくい。
ベルさんは口をへの字に曲げた。
「これはムカデ帝国が現実のものになりそうな空気だぜ」
「地底のかなり深いところにある……地底人かな?」
スティグメ帝国の吸血鬼たちも半分地底人みたいなものだったが、ここにきてさらに深きところに文明があったりして。
「どうするよ、ジン? あれがムカデどもを支配しているんなら、バルムンクのレールガンなり魔導放射砲で吹っ飛ばすか?」
「正体がわからないからなぁ」
俺は腕を組む。
「あれがムカデの集団を操る制御装置であったとするなら、破壊するのは待ったほうがいいな」
制御を失った巨大ムカデがバラバラに動き出したら、それこそ対処に困る。各国境に注意勧告を出したとはいえ、同盟軍やその他の軍でも防ぎきれないのではないか。
「近くに行って、あれが何なのか確認するのが先決だろうな。もしコントロールできるなら、巨大ムカデどもを一カ所に集めることだってできるだろう」
「なるほどなぁ。それなら後始末の手間も省けるか。よし――」
ベルさんは膝を叩いた。
「じゃ、見に行くか。オレらで行くんだろう、ジン?」
「そういうこと」
後のフォローは分身君に任せて、不老不死の俺とベルさんで直接見に行く。
「何かあったら知らせてくれ」
「行ってらっしゃい」
分身君とラスィアが見送る中、俺はスキャンされたマップデータを元に短距離転移。ついで飛行魔法で空中浮遊。
巨大なる大穴。縦に深く深淵にも見える底知れぬ穴。
「この穴――」
暗黒騎士姿のベルさんが、同じく浮遊しながら言った。
「マップでデカいことはわかっていたが、直径どれくらいだ? 300メートルくらいあるか?」
「もう少しあるな。ノイ・アーベント近くのアンバンサーの地下空洞くらいはありそうだ」
そして下から白い大きな物体が浮かび上がってくるように見えた。例の謎物体。
『主、聞こえるか?』
ディーシーの念話が届いた。感度良好、妨害の気配なし。
『聞こえているよ』
『こちらから確認している限りでは、壁面にムカデが数体徘徊している以外に反応はない』
『みたいだな……』
大穴の壁をシャカシャカと動いているのが目に移った。あまり気分のいいものではないな。
『例の物体に近づいている。……表面に生き物らしきものはない』
『いったい何なのだ、主よ?』
『なんだろうね』
卵のような形だが卵ではない。大きさは150メートルくらいというところか。アンバル級クルーザーくらいはあるが、幅があるからそれよりも遥かに大きく見える。
『降りるぞ』
卵のような物体の表面に着地。……何だこれ。靴の底から伝わる感触は。
「金属じゃないな。どう思うベルさん?」
「硬いが金属ではないな。まるで虫系モンスターの外殻のような」
軽くて硬い虫系モンスターの装甲。ちょっと力を入れて踏んだり蹴ったりしてもビクともしない。
「これじゃわからんな」
「一度周りを回ってみるか」
再度浮遊し、今度はその物体の側面や底を見てみる。
「確かに下へとケーブルのようなものが伸びているな。というか、これ浮いているのか?」
ケーブルのようなものであり、支えている柱ではないとすれば、この重量を支えているようには見えない。そうなれば、この巨大卵形の物体は浮遊していることになる。
「何なんだこりゃ?」
「ベルさんがわからないんじゃお手上げだ」
「知らん知らん。オレ様だって何でも知っているわけじゃないんだぜ」
ぐるっと回ってみたが、特に中に入るような出入り口のようなものはなし。ケーブルっぽいものが繋がっているから機械のようでもあるんだが、まったく未知のものだ。
「アンバンサーでもないし、本当に何だこれ」
携帯式カメラで撮影し、データを送信。これはシーパング情報局や馬東博士――クローマに調べてもらう案件かな。
『ディーシー、下のスキャンはどこまで進めた? 底についたのか?』
『こういうことはあまり言いたくないんだが、主』
おや、ディーシーさんの口振りがどこか重いな。
『もしかしたら、その先、地底世界なのかもしれない』
『地底世界?』
おお、何てこったい。どんどんスケールが上がっていけない。
『とにかく、広い空洞がある。広すぎてスキャンが下の地面にまで届かない。天井部分もどんどん横に広がってなお続いている。見ていないのにこういうのも何だか、本当に地下に世界があるのではないかと疑いたくなっているよ、主よ』
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