第182話、古代都市、侵入
町に入るための橋を渡る。石ではあるが、非常にきれいに整っていて、なにやら特殊な加工がしてあるように見える。
何もない橋を渡って、都市に入ろうとしたところ、いきなり歓迎を受けた。
「気をつけろ! 魔法生物だ!」
欄干の上の飾りに思えた魔獣を模した石像――それが動き、牙を剥いたのだ。
ガーゴイル――悪魔の顔に獅子の身体、コウモリの翼を持つ姿は、見ようによっては小型の竜のようでもある。石のような身体を持つそれが飛び掛り、前を行く前衛組が慌てて飛び退く。
「マルカス! 後ろだ!」
正面のガーゴイルに気をとられていた彼の背後に、もう一体のガーゴイルが飛び掛る。
魔力障壁――俺のかざした左手が魔力の壁を作り、マルカスの背中を狙ったガーゴイルにぶつかり、弾き飛ばした。
「すまない!」
マルカスが盾を構え、二体目に備える。
一方、一体目は、アーリィーの正面に迫る。彼女はエアバレットを構え、ガーゴイルの顔面にぶちかました。
飛び掛ろうとしたガーゴイルは、顔面を強打し、一瞬体勢が崩れた。だがすぐにねじれた首がもとの位置へと戻り、咆えた。
お前、アーリィーを狙うんじゃねえよっ!
俺は、一体目のガーゴイルの前に割り込むと古代樹の杖を振りかぶる。『硬化』に加え、魔力を杖先に集中。殴打、その瞬間、集中した魔力を解放。
「インパクト!」
ガーゴイルの首から先が吹っ飛んだ。頭は橋の向こうへ飛んで行き、そのうち堀の水に落ちるだろうが、そんなことはどうでもいい。
「ジン、ありがとう」
「どういたしまして! 無事だな?」
「うん!」
もう一体のガーゴイルはマルカスが盾でいなしつつ、メイスを顔面に叩き込む。そこへ横合いからサキリスがフレイムスピアを突き入れる。
ガン、と穂先がガーゴイルに刺さるが、それもわずか。石のような身体を貫くには威力が足りない。が、突き入れた時点で、サキリスは魔法文字の円を押し込む。炎が爆発的に噴射し、ガーゴイルの身体の中を熱し、溶かして吹き飛ばした。
「ほっ、さすがの威力ですわね、この槍は!」
よろよろとよろめくガーゴイルに、マルカスがトドメの一撃を叩き込むと、魔力で動く石像がバラバラに崩れた。
「やれやれ……」
ベルさんが暗黒騎士形態になると、崩れたガーゴイルの身体を漁り、魔石を引っこ抜いた。
「なるほどねぇ。こんな忘れられたような古代都市でも、魔法生物や防衛人形は生きてるってこったな」
「ガーゴイル、ゴーレム。その手の類はまだ向かってくるか」
俺が言えば、ベルさんは手に入れた魔石を俺に放ってきた。受け取った俺は革のカバンにしまう。
「というわけで、皆、用心しろ。橋だけとは思えないからな」
皆が頷くのを確認し、俺は視線を都市の中央にある、城らしき建物に向けた。
まあ、そう簡単にはいかないよな。
「出発だ」
・ ・ ・
地下水道に隣接する地下空洞にある都市――古代竜がいたのを地下都市と呼称したので、ここは仮の名称として『古代都市』とつける。
俺は、DCロッドの魔力を使って単眼球体を12体、召喚生成。移動する俺たちの前方左右に先行させた。こちらは堂々と中央を行っているので、左右からの挟撃などに備えるためにだ。
警戒の目も、そして俺たちも、この都市で、人の姿を見ることはなかった。
地下水道でも見かけた緑や青のスライムのほか、大ネズミを見かけた。ただ時々現れる黒いスライムは要注意だった。
こいつらは俺たちを視界に捉えるとスライムらしからぬ高速で地面を這って迫ってきた。相変わらず打撃に強く、炎の魔法には弱かったのだが、ファイアエンチャントした武器でも一撃で倒せないという意外な耐久力を見せた。
「くそぅ」
マルカスが黒いスライムにかなり手を焼いていたが、一方でサキリスは余裕で応戦。アーリィーもまたエアバレットではなくサンダーバレットに持ち替えてからは、かなり安定して敵を処理していた。
ちょっと数が多くて、学生たちではキャパがオーバーしそうな時は、ユナが得意の炎魔法で一気に焼き払っていた。魔力糸を繋げての誘導ファイアボールも、八体まで同時に仕留められるようになっていた。……何気に成長早くないですかね、この人。
さて、先に進む俺たちであったが、俺にとっては嬉しくない事態が発生する。
偵察のアイ・ボールが、どうやら例の黒スライムに攻撃されているらしく、次々に消息を断った。……あのスライムは、単眼球体も獲物として取り込むのか。面倒をかけさせてくれる。
さらに追い討ちをかけるように予想外の事が起こる。
「いま、人がいたような……」
それに気づいたのはサキリスだった。この大昔に打ち捨てられたような廃墟も同然の都市に、人だと?
マルカスが口を開いた。
「見間違いじゃないのか?」
「いえ……確かに人だったような」
遠くでしたから、とサキリスは眉をひそめる。魔水晶の輝きがあるとはいえ、言ってみれば星空またたく夜の街を歩いているようなものなので、正直、視界は良好とは言い難い。
ユナが俺のもとへ来た。
「お師匠、どうしましょう? 確認しますか?」
こんなところに住んでいる人がどんなのか、想像してもいい予感がまるでしないんだがね。
原始人みたいな連中? 野蛮人? それともなにやら文明の利器を持っている連中? そもそも人型だからって人間とは限らない。むしろ、獣人や亜人のほうがそれっぽいか?
「……」
俺はDCロッドのホログラフマップを表示させる。……識別表示によると魔物の反応はあるが、人らしき反応はないんだよなぁ。
アイ・ボールを飛ばして目視確認させるか。いや、黒スライムが邪魔してくるだろうか。
ちら、とベルさんを見やり、魔力念話を飛ばす。
『ベルさん、ハエを飛ばせるか?』
『……ハエ? おう、わかった』
黒騎士は小さく頷くと、その左手からほとんど見えないくらい小さな黒い塊が高速で飛んで行った。アイ・ボールとは比べ物にならないほど微細で速いが、はたして黒スライムはこれに気づくだろうか。
なんだか、嫌な予感がしてきた。どこかうまくいっていないように感じる。いや、それ以前に、あの黒いスライムに得体の知れない不気味さを感じている。
あれは、本当にスライムなのか?
見た目はスライムだ。だが足が異様に速く、同時に集団になった時の動きに、どこか組織めいたものを感じる。獲物を見つけたら一目散に向かってくる種で、たまたまそう見えただけ、とも見えるが違和感が拭えない。
……いざとなったら、ポータルでの緊急離脱も視野に入れておくべきだな。
だが、今はまだ探索続行だ。ここで引き返しても、情報がなさ過ぎて対策のしようもないから。
それに現状、別に苦戦をしているわけでもない。ただ、嫌な予感がするだけだから。




