第1802話、遅かれ早かれ
法が存在しない世界だと、わかりやすい力が全てを決める。
例えば腕力、純粋な力。これには人を従わせる力がある。人間誰しも痛いのは嫌だからだ。
病院行けば治療してもらえるでしょ、なんて現代人感覚だと、これがどれほど恐ろしいことかわかりづらい。
医療が機能していないところで怪我なんてしたら命に関わる。最悪、一生後遺症が残ったり、体の一部を切り落とす羽目になったりと洒落にならない。
そんな世界だから強い奴が偉くなる。腕力が強い奴が。小賢しい弁論も、腕力の前では役に立たない。
「世界から喧嘩がなくならないように、戦争がなくならないように……」
「始末が悪いのが――」
ベルさんは言った。
「腕力で成り上がると、物事をシンプルに考えるようになるってこった。安易な方法で物事を解決するようになる」
食い物がない? あるところから奪え。
「ぶん殴れば、すべて解決する――ってな」
「単純ではある」
俺は肩をすくめる。
戦艦『バルムンク』は、元ウーラムゴリサの空に到着する。
ウーラムゴリサ王国だった無法地帯。オレがルールだとのたまう山賊の頭どもがのさばるここ場所は、弱者からの搾取で成り立っていた。
「所詮は、山賊の知能なんだよな」
ベルさんは容赦なかった。
「こいつら後先考えねえからな。あと数年もすれば自滅するか、強烈な略奪国家が誕生するんじゃねえかな」
「そういや、言われてたよな。勝手に潰し合って滅びるだろうってさ」
「そうそう、シーパング同盟の政治屋どもが、ウーラムゴリサの情勢をそう見てた」
ベルさんは皮肉たっぷりだった。
「だが結論、戦後七年経っても、まだしぶとく残ってやがる」
「とはいえ、搾取される弱者の数は減り続けているからな。本当にもう直、この地方は無法者しかいなくなるんじゃないだろうか」
ベルさんが言う略奪国家が生まれるというのも、あり得るわけだ。この、人から奪うことしか知らない国が何をするかと言えば、自国にないなら他国へ奪え、である。
「ということは、だ」
ペロリ、とベルさんが舌を出した。
「オレ様たちが介入しなくても、遅かれ早かれ隣国に手を出して、どっちみち滅びるわけだ」
シーパング同盟国だったら、同盟軍が反撃し、全力で掃討にかかるだろうし、ヴァラン国もまた国防のために戦争となるだろう。
「将来の悪い芽を摘み取る、というところかな」
まあ、それを待てば、どこからも文句は出ないのだろうが、今まさに奪われている元ウーラムゴリサの民がいるわけで、人道上、見捨てることが難しいわけだ。
「ウーラムゴリサが何かしてくれましたかー?」
今日はベルさん、やたら皮肉を言うね。
「俺たちを気持ちよく戦争に送り出してくれたよ」
まあ、最終的に裏切られたんですけどね。旧連合国の話をしたら、恨み言の方が圧倒的に多くなっていけない。だから人を裏切るのはよくないんだ。
「真に恨まれるべき者たちは、みな黄泉の世界に旅立ったよ」
さあ、仕事をしましょう。
・ ・ ・
そこはもう、村の名前はなかった。
名前があることが襲われる理由ではないか、と住人たちが考えるくらい、テハ・ナトゥの搾取と破壊はひどかった。
実際、廃村もどきに生き残りたちが寄り集まっているという惨状で、村として機能しているかも怪しいところだった。
だが奪う側にすれば、名前があろうがなかろうが、そこに搾取できる人間がいるなら関係なかった。
「見るたびにボロくなってねえか、これ?」
元ウーラムゴリサに一勢力を築く『テハ・ナトゥ』。その尖兵である略奪部隊は、名もなき村を見やる。
「次に来る時までにまともにしておけ、というデド様の言葉は伝えたはずなんだがなぁ」
山賊にしか見えない指揮官がぼやけば、部下の一人が言った。
「手抜きですなぁ! まったくけしからんことです」
「そうだそうだ。デド様の意向にも従えないとは、とんだ怠け者です!」
兜だけお揃い、後は適当な山賊ルックである部下たちが声を上げる。
「これは粛正せねばなりません!」
「粛正! 粛正!」
「どうせ、自分たちが食う分しかないでしょう。デド様とテハ・ナトゥに税を収められないなら、生かしておく価値はありますまい。指揮官殿!」
部下たちは『滅ぼせ』と言っている。その指揮官は、何とも言えない顔になる。こいつらはただ殺戮と略奪がしたいだけではないか。自分の快楽を正当化しようとしているだけではないか、と。
「この調子だと、オレたちが仕事できる村がなくなっちまうぞ……」
「は? 何でありますか、指揮官殿?」
「独り言だ!」
徴収対象の村をことごとく潰してしまっているのだが、いいのだろうか、と不安になる。テハ・ナトゥの指導者デドは苛烈な人物であり、ここのところ徴収量が減っているから、基準を満たせない場所は潰せと通達を出した。
だから略奪部隊は、その命令を真っ当にこなしているのだが……。
――まあ、ノルマを果たせなくて、懲罰くらうのもアホらしい。
「とりあえず部隊を展開。これから村に入って徴収を行う。出すものを出せばよし。出せない場合は――」
「粛正!」
「粛正!」
「……行くぞ」
指揮官は部隊の半分を引き連れ、村へと近づいた。大帝国のお古である下級魔人機――ドリードールもどきが三機、村を囲むように動く。あんな案山子でも、鋼鉄の巨人を前にすれば立ち向かうのは無駄だと馬鹿でもわかる。
さて、今回のお仕事の結果は――
英雄魔術師@コミック第11巻、発売中! ご購入どうぞよろしくお願いします!
1~10巻、発売中! コロナEX、ニコニコ静画でも連載中!




