第1795話、外交も力
ジン・アミウールとゴート・ヴァイナー大帝の会談は、一旦休憩が入った。話し込むというのは意外と時間の流れが早い。
別室で首都を眺めるジン・アミウールをよそに、ヴァイナーはニーク外務大臣とローストル将軍だけを呼び、会談について話した。
「随分と好き勝手言ってくれたものです」
ローストルは、わずかに不満げな顔をした。
「こちらの都合もおかまいなく、ずけずけと……」
「あちらも大公であり、王族でもありますから」
ニークは小さく肩をすくめた。
「シーパング同盟の英雄魔術師。彼の影響力は絶大です」
上から目線でいられるのも、背景が強すぎる影響もある。もっともヴァイナーは、シーパング同盟という後ろ盾があろうがなかろうが、ジン・アミウールはあのスタンスなのだろうと思った。
彼は、連合国の英雄魔術師時代から、最前線で戦い、連合国の希望となった。そこで多くの戦場、地獄を見てきたのだろう。
「あの男が、国や民族に関係なくと言ったのは、そこで見てきたものの影響なのだろうな」
ヴァイナーは独りごちる。
敵だろうが味方だろうが、戦災によって焼け出された集落や住民を多く見てきた。力なき民が蹂躙され、屍を晒している光景を、だ。
死んでしまった者たちに、国や民族は関係ない。死体となってしまえば全て一緒だ。
ジン・アミウールは大義や正義という言葉を嫌っている節がある。
人を動かすには理由が必要であり、自分たちが正しい願う民を動かすために為政者は民にとって心地良い言葉を吐く。民は大義や正義、そう言った言葉を鵜呑みにし、自分たちが手を汚すことの正当性を欲しがる。
それを利用する為政者の詭弁を、ジン・アミウールは蛇蝎の如く、嫌っているのだろう。最前線で戦い続けたが故に。
歴戦の前線の兵ほど、政治屋の言葉を空虚に感じて、斜に構える。ジン・アミウールもその一人なのだろう。
――私は、ヴァラン人の心に巣くっているニーヴ・ランカ人への恨みを利用した。
彼らは、これまで受け続けていた恨みを晴らす機会を待っていた。ニーヴ・ランカ人への虐殺行為は、ヴァラン人皆が賛同しているものと思っていた。いや、思い込んでいた。
だが実際は、どうなのだろうか?
前線で、実際にニーヴ・ランカ人を手にかけたことで、兵たちは喜んだだろうか? それとも女子供を手にかけたことを罪悪感をいだいたろうか?
「ニーク」
「はい、陛下」
「ヴァラン統一の前、ニーヴ・ランカ人排斥の命令を受けて、我のもとから離れた者は何人いた?」
「……末端の者までは把握しておりませんが」
「幹部だけで構わない」
「三人です。軍の方では、またそれなりの数がいたと聞きますが」
「ニーヴ・ランカ人排斥のせいではあるまい」
ローストルは反論した。
「統一がひと段落してようやく平和が訪れたのだ。この七年の闘争、そして大帝国戦争の頃からの者たちもさすがに疲れておったのだ」
「民は疲れていた」
そうだな、とヴァイナーは瞑目した。
「これ以上は、むしろ人身を離れさせるだけか?」
敵と煽ったニーヴ・ランカ人を掃討することで、ヴァラン人の結束が高まるばかりか、むしろ嫌気がさしてしまう者の数を増やしてしまうのではないか?
これから国を大きく、強くしていこうという段階である。民の結束は必要不可欠だが、現状に対する不満を抱く分子は増やしたくないというのが本音であった。
「建国宣言で、ヴァラン人の士気はこれ以上なく高まりました」
ニークは告げた。
「しかし一定数の人間が、これで苦しかった戦いが終わったと受け取った民も少なくないでしょう。兵役を解除し、故郷で家族と共に復興に携わりたいと思う者は多くあると思われます」
少なくとも、命をかけることはもうないと考える者たちを中心に、ニーヴ・ランカ人の排斥、抹殺の任務は厭戦を煽るだろう。早く故郷に帰してくれ、と。
「だが、ここでやめるのは、我が国の未来を危うくさせるぞ」
ローストルは険しい表情で言った。
「何事も中途半端が一番よろしくない。今ここでニーヴ・ランカ人を見逃せば、奴らは必ず力を蓄えて、侵略してくる。そうなった時、我々の子孫にも血の代償を払わされることになる。――陛下、未来のために、ニーヴの豚どもは、徹底的に排除せねばなりません」
未来のために――泥沼の民族対立に終止符を打つために。ローストルは力説した。ニークが口を挟む。
「苛烈な弾圧は、反発を生む。関係のない者にまで同情心をいだかせ、ニーヴ・ランカ人を支援しようという流れが生まれるかもしれない。現に、ジン・アミウールは動いた。これ以上、ニーヴに手を貸す賛同者が増えるのは避けていただきたい」
「現状――」
ヴァイナーは厳かに告げる。
「我々がニーヴ・ランカ人への攻撃を続ければ、ジン・アミウールは戦端を開く。これは脅しでもなく、本当にやるだろう」
神出鬼没の英雄魔術師は、先の大陸戦争でも、寡兵をもって敵中深く潜り込み、大帝国軍を攻撃し続けた。ジン・アミウールがヴァラン国内で軍を攻撃するのは、たとえGEGなる組織がなくとも実行できるに違いない。
「では、あの魔術師をここで葬りますか?」
ローストルは声を落とした。
「我々の邪魔をするのが確定しているのですから、敵です。それに奴は独自の組織を立ち上げ、シーパング同盟とは無関係と言っている。であるなら、奴を抹殺したところで、同盟と戦争になることは――」
「ないわけないだろうがっ!」
ニークが怒鳴った。
「たとえジン・アミウールが同盟と無関係といったところで、彼は、シーパングの王族であり、プロヴィアの王であり、ヴェリラルド王国の大貴族だ。王族がヴァラン国の手で暗殺されたとあれば、これらの国は宣戦布告して、ただちに軍を突撃させてくるぞ! それこそニーヴ・ランカ正当軍のネーヴォアドリス侵攻という愚以上の災厄を招く! 貴様はヴァラン国を滅ぼすつもりか!?」
「っ!」
「ニークの言う通りだ」
ヴァイナーは嘆息した。
「あの男が、単身、我が王宮に乗り込んでこれるのも、その背景があるからだ。こちらが下手を打てば、大臣の言った通り、即開戦だ。そして我が国には、同盟に属するそれらの国々と戦える力はない」
「それでは、陛下」
ローストルは不承不承ながら言った。
「あの男が来た時点で、我々はすでに奴の要求を呑む以外の方法がなかった、ということですか?」
「……」
その沈黙は肯定であった。
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